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34 明かされない秘密

「国王陛下、マリス騎士に関する報告は以上です。そして、このことは必ず内密に願います」

「……………………う、うむ」


 セオドア王太子は、つい先ほど、東の王国から極秘に帰国し、早速、父である国王と会っている。

 セオドアと二人で話をしていた王のステファンは、騎士マリスの生い立ちについての報告を聞き、しばらく黙っていたが、何度か息を吐き、ようやくと話し出した。


「……いや、しかし、確たる証拠は……無いのであろう? 赤髪のことや、似ていると言うだけでは……なんとも」

「その通りです。ですが……ソフィア摂政閣下も、マリスが東の王国の王族や貴族に繋がる血筋だと言い出すことは無いと、内々に一筆書いてくださいました。

 東の王国が、マリスを担ぎ出すことはありません。

 ですので、最早、何かの証も必要ないのです。

 それに、そもそも、ソードフェン伯爵とそしてマリス本人も、知られることを望んでいませんし、一切口外しないと誓っています」


 マリスの祖父に当たると見られる東の王国の『アロンソ』王は、実は影武者だった人で、正統に王位を継いだ本物のアロンソ王ではなかった。

 それだけでなく、この辺の話をいろいろ突いて行くと、東の王国の暗部に触れ過ぎてしまう。

 王族の御落胤だと言う話でも、マリスにとって、良いことばかりではない。


 因みに、西の王国のアンドリー王太子も、マリスが東の王国の貴族であるソフィアと血の繋がりがある可能性については把握しているが、マリスが王族とも関係があるとまでは知らない。

 ただ、アンドリーも、何かありそうだと勘付いているような顔をしていた。

 しかし、そもそも年月が経っていることもあり、マリスの生い立ちについて、何かを言うことはしないと、アンドリーも約束してくれた。


 いずれにせよ、かなり前のことで、はっきりしたことは誰にも言えないのだ。

 不用意に誰かに利用されないよう、マリスと東の王国との関係は明かされないままにしておくことが一番良いだろう。

 と言うのが、マリスの幸福を願ってやまないソフィアの判断だ。


「……う……む」


 王が唸ったところで、セオドアは今後の話をすることにした。

 セオドアは、今回、王太子として、国のために東の王国の『老王』を倒した。

 今回の作戦、セオドアの想定とは違った展開で進んだが、セオドアが行動を起こさなければ、運命のような偶然も、ずっと起こらないままだったのだ。

 それに、セオドアの機転と根回し無くしては、東の王国の貴族たちの協力も得られなかったはずだ。


 表向き、セオドアの潜入作戦のことは今後も伏せられるが、ソフィア摂政が、ゼントラン王国と東の王国との新しい友好関係をセオドア王太子が取り持ったとして広く知らしめることは間違いない。

 東の王国は、ゼントラン王国、ひいては西の王国とも強い協力体制にあるのだと内外に示すことで、自国の保持を図りたいと考えているからだ。


 そしてマリスも、作戦に少なくない貢献をしている。

 いや、マリスのお陰で、ソフィアの協力が得られ、こんなにスムーズに、ことが進んだのだ。

 マリスとシャールがいなければ、セオドアは今も東の王国に潜伏して、地道な作戦を余儀なくされていたかもしれない。

 それになんと言っても、マリスへの想いがセオドアの原動力だった。

 マリスがいたからセオドアも頑張れた。

 王にもそれが分かっている。


 セオドアの尽力とマリスの貢献。

 王も良く理解している。


 セオドアは計画通り、マリスを妃にする許可を王に願い出た。

 加えてマリスには、マリス自身が望まない限り、王妃としての政務を求めないことも条件に付けた。

 王は頷いた。

 息子に絆されたからでは無く、熟考の上でだ。


 シャールの活躍は、ゼントランが東の王国との新しい友好条約を締結したことと合わせて、すぐにもゼントラン王国内で報じられることになっている。

 東の老王は、東の王国で最も強かった戦士を、シャール・ソードフェン伯爵に試合で倒されたために、ショックを受けて卒中で倒れ、意識不明になったとされているのだ。

 マリスはその英雄の姪だ。

 更にエゼルセフ公爵やブリッツオーフェン侯爵も、マリスの後見人になることを、以前より公言している。


 そして何より、王の妃ナターリエも、「マリスが良い」と言っている。

 王妃には絆される王のことを、王妃も分かっているので、王妃は自分の要望を出すことについてはいつも慎重だ。

 そのナターリエが様々考えた上で、そのように進言したのだ。

 ステファンもそれが分かっているので、頷かぬわけがない。


 過去にも、政務を行わなかった王妃はいる。

 ステファンの母君であった正妃も、事情はだいぶ異なるが、妃の政務には一切携わらなかった。

 マリスが、平民出身の妃だからと侮られて不快な思いをしないよう、公の責務とは一線を画す方針でも良いだろう。

 マリスには優秀な補佐官を何人か付ければよいし、何より、マリスが横に居るだけで、セオドアに危害を加えようとする輩を抑止するのに、十分すぎる程効果があることを思えば、それはそれで大変価値のあることだ。

 王族の求心力を低下させると言う懸念には、対策を練れば良い。


「何かと準備も有るだろうが、王太子には婚約者がいると、早く知らしめたいところだな」


 王太子妃候補筆頭と目されていたエゼルセフ公爵令嬢シレーヌが子爵位のケビンと婚約したことで、早速、社交界からもセオドアの妃の座を狙う動きが活発化している。

 こちらは、エゼルセフ公爵が睨みを利かせているようだが、それでも、王太子妃の椅子に群がる連中は少なくないのだ。

 更に今後、西の王国とゼントラン王国と東の王国の、三国の協力関係をセオドアが導いたと公になれば、前から良かったセオドアの評判が天を突くことは間違いない。

 他国からの婚姻の申し入れも恐ろしいことになるだろう。


「その件ですが……陛下、しばらく待って頂きたい……

 ……父上、私は間違えてはいけないのです」


 そうだ。セオドアは間違えてはいけないのだ。

 だいたい、残念ながらセオドアはまだ、マリスを唯一の伴侶にしたいとマリスに伝えてもないし、言ったからと言って、諾をもらえる段階にも無い。

 少なくとも、セオドアはそう考えている。

 王の予期せぬことをセオドアが真剣な顔で言ったので、王は少し首を傾げた。


「そうか。なんかよく分からんが……」


 セオドアの父であるステファンは、西の王国の思惑によって、初恋のナターリエが妃になってくれると言う奇跡のような幸運を得た。

 対して、この女性が良いと、藻掻いている我が息子を見ていると、微笑ましいような羨ましいような気持ちにもなる。


 ステファンも少し前に、初めて、ナターリエに縋った。

 シャールが王城に現れたときだ。

 そのとき、ナターリエはステファンに言ったのだ。

 ナターリエの想い人は、ただ一人、ステファンなのだと。


(……何度思い返しても、あの日の幸せに浸れるな…………だが……)


 一方で、ナターリエは今も何かを隠している。

 ナターリエの秘密の宝箱は、今も、ナターリエの真意を閉じ込めたままだ。

 ナターリエが嘘や偽りを騙っているとは思っていない。

 でも、ナターリエは思い遣りに溢れた女性だ。

 その思い遣りで、ステファンに真心を寄せてくれているのだろう。

 それは、ステファンがナターリエに向ける、胸の高鳴るような心情とは、正直、異なっている気がする……


 それでも、ステファンはナターリエを問い詰めたりはしない。できない。

 運が良かっただけでナターリエを娶らせてもらえた自分が、これ以上を望んではいけないとステファンは常に自分に言い聞かせている。


 けれど、目の前にいるセオドアは、マリスと言う愛しい人から、自分だけを誰よりも望んでもらうために、慎重に考えを巡らせているのだ。

 努力をしないでいては、ステファンのように、綻びのある心しか手に入らないのかもしれない。


「よし、セオドア。そなたは間違えてはいけない。自分に都合の良い解釈は失敗の元だ。よく考えて、注意深く行動するがいいぞ」

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