33 明かされた秘密
赤髪のゴルド王太子は、今後も、東の王国の王太子と言う身分のまま自己研鑽に励むこととなった。
王族で、他に任せられる人材がいない、と言うのが最大の理由だ。
王太子を空位とするより、対外的に問題が少ないだろうとソフィアが判断した。
ただ、将来の王になるかどうかは、ゴルドの努力と意欲次第だ。
ゴルドはゼントラン王国の王城内で囚われていた身だが、今回、ゴルドを牢から出すに際して、ゼントラン国王からの許可は得ており、このままゴルドは東の王国に留まることにも問題は無い。
ゼントラン王国は、これを、東の王国に対する「貸し」とするのだ。
一方でゴルド本人は、今後、西の王国も含めた三国が、友好関係を築くための礎に自分がなると言う考えを表明している。
ゴルドが、国賓としてゼントラン王国を訪れる日も、遠くない将来、実現しそうだ。
精霊王子と称されるアンドリー王太子は西の王国へと戻る。
そもそもアンドリーは、極秘で母国から出ている。
急いで帰らねばならない。
ただ、アンドリーは、東の王国の後宮にいた一人の元妃に、西の王国へ来て欲しいと頼んだ。
自分の妃とするためだ。
この元妃、人質としての役目を終えても実家に戻ることはなく、東の王国の修道院に入るつもりにしていたのだそうだ。
元妃は、アンドリーの要望に答えを出しかねている。
そして、アンドリーは早々に国に戻らねばならない。
二人が手を取り合うことは難しいかと思われた。
「ジュリア様、貴方様のお心のままに、行きたいところへ行かれればよいのです」
そう言ったのは、この元妃の実子であるゴルドだ。
ゴルドはもう、ジュリアを「母上」とは呼ばない。
親子の情で結びついた関係など、最初から存在しなかったのだ。
そのことに気付いてしまえば、裏切られた痛みや憎しみ、そして思慕の幻影も霧散した。
でも、感謝は残っている。
「僕が今あるのは、ジュリア様が産んで下さったお陰です。そのことは忘れません。どうぞお幸せに」
そう言って、ゴルドはアンドリーとジュリアを残し、一人、その場を辞した。
ゴルドの言葉を受けたジュリアは唇を噛んで、涙を耐えた。
それが、慈しんでやれなかった息子に対しての、せめてもの礼義だと思ったのだ。
結局、ジュリアはアンドリーと共に、西の王国へと渡ることになった。
ところで、ジュリアは確かに美しい女性だが、今は反省しているとは言え、自分の子であるゴルドを老王に差し出そうとした人だ。
それに以前、マリスを妃にしたいと言っていたアンドリーなので、若い女性が好みなのかとも思われていたが、ジュリアはアンドリーよりもいくつか年上だ。
しかしともかく、アンドリーの審美眼に触れる何かがジュリアには有ったのだろう。
二人で並ぶと、案外お似合いだ。
アンドリーとジュリアの二人は、静かに、東の王国から去った。
一方、ソフィアの実家である伯爵家は、ソフィアの遠縁の者が継いだ。
前当主でソフィアの兄であるエミリオは、あの夜会以降、何も言葉を発せなくなって床に臥せったままだ。
ソフィアの頼みで、マリスはイメルダの装束を着てエミリオの病床に立ち、何も言わないでエミリオの手を握った。
そのときだけ、エミリオは微かに笑ったように見えたが、そこからすぐに一切の感情は消えて、その後、表情が変わることは無かった。
東の王国の老王は意識を失って眠ったままと言うことになっているが、王を騙っていた『九』が今後、王宮の地下牢から出られることは無いだろう。
◇◇◇
ここ数日、東の王国の王宮で、ソフィアはセオドアと、いくつかの協議について取り決めを進めていた。
東の王国は、今後もしばらくは王が統治する国体を維持してゆく方針だ。
実際に王はいないので、摂政であるソフィアがこれを代行する。
ただ、ゆっくりと議会制も併用してゆく流れにはなりそうだ。
それから、王の挿げ替えというシステムは、今後二度と実施されないと決まった。
東の王国は、隣国であるゼントラン王国を始め、これまでより格段に他国との関係を開いていく。
そうすれば、王が挿げ替わるなどと言う空中芸もできなくなるはずだ。
王の後宮も解体されている。
マリスはセオドアから離れず、騎士として護衛を続けている。
セオドアは今も大変に忙しいが、改革を進めようとする東の王国から、宿題をいくつも投げかけられている。
ゼントランに戻ってもしばらくは休みが取れないだろう。
マリスは、そんなセオドアに寄り添っているのだ。
今も、ソフィアと共に、国と国との話をしているセオドアの、すぐ後ろにはマリスがいる。
その場所に訪問者が現れた。
シャールだ。
シャールは、ソフィアに言われてやって来たのだ。
ソフィアは、シャールの他にマリスとセオドアを残し、他の者を部屋から退出させた。
マリスは、ソフィアの姉であるイメルダという人が、自分に似ているらしいことをシャールに話している。
シャールが苛立たせて冷静さを欠いたエミリオに、エミリオが慕う「姉様」の姿を見せることで、エミリオに戦う意志を放棄させた。
そんな作戦が成功したのも、マリスがイメルダに本当に似ているからだろう。
それに、イメルダが東の王国から消えたと言われる時期と、赤子だったマリスの母マリ―アがゼントラン王国に現れた時期はどうやら重なっている。
だから、イメルダがマリ―アの母親なのかもしれない可能性に、マリスも思い至った。
マリスがイメルダの生まれ変わりだと言う話より、その方がよほど現実味がある気がする。
ただ、双子の兄のソードならともかく、弟のシャールにはマリ―アが赤子だったころの記憶は残っていない。
ソードとシャールの両親は、病の床で、マリ―アが森で拾われた子供であったことを言い残したが、来るかもしれないマリ―アの追手から逃れるために、手がかりとなるようなものは全て燃やしていたのだ。
でも一つ、マリ―アの髪は今でも一部だけが、鮮やかに赤い。
そのことだけは、シャールも両親から、必ず秘密として守るように言われていた。
イメルダとソフィアが姉妹で描かれた古い絵を見せてもらったシャールは、マリ―アの赤髪のことと、そして、国境にある狼の森で拾われたと言う秘密を、意を決して、ソフィアに明かすことにした。
話を聞いたソフィアは、顔を手で覆って、声を上げずにしばらく泣いていた。
マリスの方は、驚きと同時に、本当にソフィアと血が繋がっている可能性が出て来たことで、何だか、包まれるような安堵も感じる。
セオドアも驚いたが、以前にソフィアが話したことが何かの符牒のように耳に残っていたことを思えば、すんなりと納得できた。
ソフィアにとってイメルダは戦神だった。
セオドアにとってマリスは軍神だ。
イメルダは『九』に殺されたと言う話だが、やはり、死ぬ前にマリ―アをこの世に残したのではないか。
そして、マリ―アの赤い髪が意味するのは……
「やはり、姉様と恋仲だったのは、姉様の王だった御方だ」
赤い髪は東の王国の王族を示す。
とは言え、当時の王族で成人男性は他にも存在した。
だから、イメルダの秘密の恋人が本当に王だったのかは定かではない。
最早推察するしかないが、ソフィアが言うならそうなのだろうとセオドアは思った。
「それにしても、姉様の吾子は黒髪では無いのであろう? さすればマリス殿は、姉様の孫で、そして、姉様の生まれ変わりでもあるな」
確かに、マリスの瞳の色はシャールに似ているのだ。
つまり、父であるソードに似ている。
それでも、絵の中のイメルダは、マリスそのものに見える。
イメルダの絵姿に、シャールはマリ―アの面影も感じるが、マリスとイメルダは、似ているを越えて同一人物にしか見えない。
その絵を見つめて、念のためにとシャールが尋ねる。
「ええとー、ソフィア閣下は、マリスを東の王国に留めたいとかって、思ってないですよね……」
「妾は、真に、マリス殿の幸福を願っておる。マリス殿の望まぬことは、絶対に妾も望まぬぞ。マリス殿は……マリスは、ゼントランに帰りたいか?」
今度はソフィアがマリスに尋ねた。
その表情には、深い深い親愛と寂しさが滲んでいる。
そして、血縁者らしいソフィアと離れることに、マリスだって後ろ髪を引かれないわけではない。しかし。
「はい、帰り……たいです。帰ります。私は、ゼントラン王国の王太子、セオドア様の唯一の専任騎士ですので」




