30 決戦の日 1
東の王国の王宮には、大国であると言う威信を示すための、絢爛豪華な大広間がある。
本日はここで、シャールのお披露目をするための夜会が開かれることになっている。
老王は待望の伝説の剣士を得たことに歓喜し、自分の家臣として広く認知させようと、急遽準備をさせたのだ。
老王はシャールに、東の王国の伝統的な刺繍を施した豪奢な剣士の衣装を用意したが、体躯の良いシャールは、初めて着たそれをなんなく着こなしていた。
伝説的な天才剣士と呼ばれるに相応しく、紫の装束はシャールにとても良く合っている。
「本当に大変良くお似合いですよ」
「…………そうか……こんなものは着心地が良ければそれでいいのに……余計な飾りが多くて気を遣うぞー」
トマスに言われて、シャールは一息付いた。
知らぬ間に緊張していたことに気付く。
しかし、かと言って気を緩めるわけにもいかない。
シャールはトマスから聞かされていた。
老王には非公式の護衛がいて、この護衛は、建国以来、王家を守護してきた伯爵家の当主だそうだ。
この護衛、トマスの知る限り、信じられないぐらい強いと言う。
そして、老王はこの護衛に命じて、目障りな人物を片っ端から抹殺してきた。
国としての枠組みも法も、そして善も悪も全て無視して、ただこの護衛は、王の命令だけで動くのだ。
この護衛が老王の側にいることで、老王は長く長く権勢を誇ることができていると言う話も聞いた。
不老不死の王と、心を持たない最強の護衛。
東の王国とは、化け物と怪物が統べる国なのか。
シャールは今日、夜会の催しとして、この怪物護衛と御前試合を行うことになっている。
貴族たちがダンスを踊る大広間で、剣を交えるのだ。
そして、シャールが勝てば、老王の護衛を取り仕切る役目を、怪物護衛と共にシャールも担うことが許される。
シャールは怪物護衛との試合を、自分が誰よりも強いと知らしめるために必要だと老王に要望した。
だが実のところは、シャールが老王の側近となって、老王に剣を向ける機を伺うことがシャールの本当の目的だった。
(そんな暗殺みたいなこと、俺には、そもそも無理だったかな……)
シャールは、自分の性格が実戦向きで無いことを知っている。
そして、シャールは数日前のことを思い出した。
◇◇◇
老王は誰のことも信用していない。
四十年近くもずっと王を守ってきたと言う怪物護衛のことも、後宮に人質を取ることで支配していると言う。
老王に示すべきは忠誠心ではない。
だとすれば、シャールの強さを老王に見せた上で、褒賞や地位を要求したなら、自分も老王に近付くことが出来るのではないかとシャールは考えた。
案の定、老王からは、試合で勝てれば伝説の剣士の願いを叶え、老王の近くに侍るのを許すと言われている。
老王は、金や名誉でシャールを支配できると考えているのだ。
そこまではなんとかなりそうだ。
まあしかし、シャールに出来ることで、シャールの怒りを収める方法を、シャールは他に考え付かなかった。
シャールは謀が得意ではない自覚がある。
いざ老王に剣を向けて……そのあとはどうするのだ?
自分でも上手く行くとは、とても思えない……
「でも、やるしかない……」
そのとき、シャールの部屋の窓を小さく叩く者がいた。
シャールの部屋は四階にあって、バルコニーも無いのだが……
「…………マっ! えっ? また、このパターン……」
マリスだった。
シャールを待たずに、勝手に窓を開けたシャールの姪は、普通にドアから入るみたいに入室してきた。
「シャール、久しぶり!」
シャールの驚きをよそに、マリスは普通に嬉しそうな顔でしゃべっている。
「……おいおい……なんかさ、窓から入って来るの、多くないか? で、今度は何? もしかして俺を止めに来たのか?」
「やっぱり、シャール、なんか無謀なこと考えてるんだね。でも、まあまあ私も無謀なことやってるから一緒かも。それと、皆ーんな無謀なことやってるから、その辺、摺り合わせに来た」
マリスはシャールに経緯を説明した。
ゴルドについてはシャールも知っていたが、セオドアや、西の王国の王太子までもが東の王国に潜入していることと、ソフィア妃についても伝えた。
「……ものすごい偶然が有ったんだな……まあ…………運命、なのか……そうか……」
マリスの話に、シャールはそれ以上の言葉を失った。
マリスが言ったのでなければ、とても信じられなかっただろう。
そしてシャールは思うところがあると言うような顔をしている。
「ところでマリス、これから、『セオドア』王太子の所にも行くのか?」
「えっ……何? い、いや? わ、私は、イ、イカ、イカナイ」
「んっ? マリス? どうした? 顔が……赤くない?」
「ナイナイ!」
「いやいや、何かあっても俺のことは自分で何とかするから、心配無用と伝えてもらおうかと、思っただけなんだけど……」
ソフィアに匿われているマリスたちだが、セオドアともソフィアの手の者を通して連絡を取れるので、不慣れな場所で、マリスが離宮にいるセオドアの元を訪ねる必要は無い。
だから、行かない。
だから、何も、動揺するようなことは無い。
なのにマリスは、シャールが何気なく言った『セオドア』と言う言葉を聞いただけで、おかしな反応をして顔を真っ赤にしてしまった。
マリスはついに自覚したのだ。
挙動不審なシレーヌや、リリアーヌを見ていたマリスだが、自分もそうなるなんて思ってもみなかった。
こんな、敵地真っ只中で、命を懸けるような緊迫した状況なのに、セオドアのことを想うと、マリスは顔から火が出そうなほどの恥ずかしいような気持と、それでいて、セオドアに会いたくて仕方が無い気持ちが交互に湧いて抑えられなくなるのだ。
とにかく、目の前の課題に集中しよう、マリスは自分の顔を叩いた。
シャールがまたまたびっくりした。
◇◇◇
夜会が始まった。
王宮の広間には、東の王国の貴族たちが次々と入って来た。
老王が二十年以上も心待ちにしていた伝説の剣士が、とうとう、東の王国にやって来たのだ。
ゴルドも入場して、一応、他の者たちよりも一段高い所にいる。
ゴルドよりも更に高い位置であり、広間を見渡せる二階の部分に老王も現れた。
やはりその動きは、どう見ても百歳のものではない。
しかし老王の姿は、いつも通り、今日も薄い布越しに透けて見えるだけで、その表情まではよく分からない。
そして、いつもと違って、濃い緑色の装束を纏って灰色の髪をした細身の男が老王を隠す薄布のすぐ横に立っていた。
それが、老王だけが命令できると言う護衛だ。
六十歳と聞くが、四十そこそこに見える。
怪物護衛も、老王と同じ不老不死の薬を飲んでいると専ら噂されている。
この護衛、常は人前に現れない。
今日は伝説の剣士の求めと言うことで、特別に姿を晒している。
精悍な風貌に加え、表情の無い顔立ちからは、一層の恐ろしさを感じさせる。
そのとき、広間の扉が開かれ、本日の主賓が現れた。
「伝説の剣士……」
皆が一斉にシャールを見つめる。
東の王国の伝統的な衣装を纏ったシャールは、大変目を引く仕上がりになっていた。
若い令嬢などは、その醸し出された色気に当てられて、足元をふらつかせる者もいる。
そこここから、ため息のような感嘆の声が聞こえてくる。
老王は大変に機嫌が良い。
「さあ! 伝説の剣士と戦いたいと思うものがあれば、この場で、剣を振るうが良い! 勝てれば褒美を取らせようぞ!」
老王の掛け声に、その場が静まり返った。
しばしあって、老王の護衛が、自らの胸を掌で叩いて参戦を示した。
今日の夜会の、見世物が始まる。
その場の皆が見つめる中、シャールと老王の護衛が剣を持って対峙した。




