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28 王太子の秘密

 シャールの機転のお陰で、ゴルドとゴルドの家来と言う設定のセオドアはそれぞれ捕らえられていた牢を出され、ゴルドが王太子になるまで住んでいた離宮に入ることとなった。

 ゴルドはゴルドとして認識されているが、セオドアはゼントランから連れて来たゴルドの従者、と言うことになっており、まだ、セオドア王太子だとはバレていない。

 セオドアは変装もしているがそれ以上に、まさかゼントランの王太子自らが、東の王国まで、のこのこやって来ているなどとは皆思いもしないようだ。

 お陰で、セオドアは今のところ無事だ。


 対して、ゴルドは落ち着いているが、実母に拒絶されたことを悲しんでいないわけはないだろう。

 ゴルドの母であるジュリアは、自分の命を危険に晒さないために、ゴルドの命を売ったのだ。


「ゴルド、ゴルドの母君は、君が憎くて捕らえさせたのではないよ。それは分かっているね」


 慰めにもならないこと言ってしまったとセオドアも思ったが、何か言わずにはいられなかった。


「そうだね。セオさん。僕もそうやって生きて来たから分かるよ。この国で王宮にいる者は、死なないように頑張るだけで精一杯だからね」

「……そうだね、そんなこと、君には分かりきったことだよね。私が軽々しく言ってはいけなかったな。すまない。」

「さすが。セオさん。言い方が人格者っぽいね」


 ゴルドは薄く笑った。


 それにしても、ゴルドが育ったと言う離宮は、後宮と比べると随分簡素な場所だった。

 もちろん、牢よりもずっと居心地は良いのだが、床に貼られたタイルも、所々剥れたまま、長く補修もされずに放置されているのが分かる。

 ゴルドがしばらく留守にしていたとは言え、仕えている使用人もごく少ない。

 その上、戻って来たゴルド王子に対しても、皆、どこか余所余所しい。

 ゴルドはここで、目立たぬように努め、生きながらえて来たのだ……

 ゴルドのこれまでの人生や母君との関係性を想い、セオドアの胸は痛んだ。



 さて。感傷にばかり浸ってはいられない。

 ここから次の一手をどう出るか、だ。

 一度捕らえられはしたが、セオドアがセオドアだとは認識されていない。

 ソフィア妃と言う足掛かりも見つかった。

 東の王国の内情は、綻びだらけのはずだ。

 必ず、付け入る隙があるはず。


 セオドアが東の王国に留まって中から老王の政治を崩せば、ゼントラン王国と、西の王国も入れた三国の和平に繋がる道も見えるのではないか、というのがセオドアの目論見だった。

 協力してくれそうな有力貴族たちへの餌となる外交施策もいくつか用意していた。


 セオドアは何も、世の為人の為に自分を犠牲にしようと思っているわけではない。

 東の王国の内側にいて、老王から次の王へ平和裏に譲位させることを成し遂げた暁には、もちろん、ゼントランに無事帰ることも計画の内だ。


 そのために、特に手始めはアンドリーと協力して、東の王国の貴族家との結びつきを得たいと思っているし、現在、合同軍事演習のために集まっているゼントラン王国と西の王国の軍事力も、交渉に際して、圧力を加える手段の一つとするつもりだった。

 内から外から、出来得る限りの方法で、東の王国をなんとか攻略したいとセオドアは策を練ったのだ。


 簡単なことではない。

 それでも、老王の独裁が続けば、政情が安定することはない。

 老王はまたしつこく、何かを仕掛けてくるだろう。


 そして、そんな母国の為だけではなく、何より、三国の和平が成ると言う特大の功績を挙げれば、自分の王太子と言う立場があっても、「欲しいものを欲しい」と言える権利が得られるとセオドアは考えたのだ。

 セオドアは、その権利が、絶対に欲しいのだ。


(私の個人的な我儘だと……しか言えないな)


 確かにそう言えるかもしれない。

 それでも、王国と王国民の幸福に加えて世界平和さえも、セオドアの私利私欲と共存できるはずなのだと、セオドアは考えている。



 ところでゼントランから、マリスの叔父でもあるシャール・ソードフェン伯爵も東の王国に来ているようだ。

 セオドアは、マリスの紹介で、シャールと共に鍛錬をしたこともある。

 簡単な手合わせ程度のことだったが、シャールのことは、さすがに伝説の剣士だと感じた。

 一方で、シャールが快活で気持ちの良い人物だとも知っている。

 だいたい、富や権力を疎うシャールが、老王に寝返ったとは考えにくい。

 何か事情があるはずだ。

 いずれにせよ、シャールにもセオドアの策を後押ししてもらおう。

 使える駒は、全て使うのだ。


 どうしても手に入れたいと言う強い気持ちを得たことで、人格者と言われるセオドアも、そんな風に戦略を練った。


 ◇◇◇


 セオドアが今回の潜入計画でゼントランを出る前に、マリスを居候させているエゼルセフ公爵から、ある打診を受けた。

 公爵本人が、王城のセオドアを訪れて、話を持ってきたのだ。


「王太子殿下、我がエゼルセフ公爵家はマリスを公爵家の養女にしたいと考えております」

「そのような動きがあることは聞いていたよ。公爵は、上手く、外堀を埋めているようだね」


 エゼルセフ公爵は、家門の貴族たちを使って、セオドアの襲撃に関わる複数の事件でマリスが大活躍したことと、そのマリスの後ろ盾としてエゼルセフ公爵が立つ予定だと、社交界に広めている。

 実際、マリスを公爵邸に引き留めた上、公爵令嬢であるかのような待遇でマリスを扱っているのだ。

 その上、その話を、わざわざセオドアに言いに来た。


「殿下、なるべく早い時期に、マリスを専任騎士のお役目から解いて頂きたい。幸いにも、マリスは行儀作法などの基本が既に出来ておりましてな。さほどお待たせせずとも、とりあえずは相応しい姿に仕上がりますよ。公爵邸内では毎晩、私も一緒に、ドレスを纏ったマリスと夕食を共にしております。これが中々……」


 セオドアのこめかみ辺りがピクっと動いた。

 令嬢姿のマリス……セオドアの知らないマリス。

 セオドアは、マリスがドレスを着ている姿を、見たことはある。

 でも短い時間だけだった。

 それなのに公爵は、頻繁にそんなマリスを目にしていると言うのか……

 しかも食事を共に……毎晩って……


「……」

「……ええと、コホン。王太子殿下……いやいや。そのようにお怒りになられても……私は、その、マリスの父になるわけですから……お許しを。

 いやはや、父親相手に……嫉妬なさると言うのも、如何なものかと……」


 知らぬうちに怒気や冷気が外に出ていただろうか、とセオドアは我に返る。

 セオドアもわざとらしいが咳ばらいをした。


「エゼルセフ公爵、公爵が、公爵家の為だけでなく、マリスに恩義を感じ、マリスの人となりを好んで、後ろ盾になりたいと考えていることは理解している。マリスは素直な質だから、公爵の気持ちを聞けば、それに応えるかもしれない。

 それでも、それでも私は……マリスが騎士の役目に誇りを持っていることも尊重したいと思うのだ」

「マリスを騎士のまま……愛人になさるおつもりか?」

「いや。それは無い。マリスは私の、唯一の、妃としたい。

 ……まだ、公には言えぬが」


 女騎士の中には、夫や子がいる者もいるが、高位貴族に嫁ぐ女性が騎士を続けるのは前例が無い。

 ましてや、セオドアは次の王なのだから、マリスが唯一と言うなら、マリスは次の王妃になるのだ。


「ほほう……人格者と誉れ高い殿下ですが、随分、個人的な願望をお持ちのようですな」

「そうなのだ。昔、詩人が勝手に付けた鎧に見合わない人間なのだと、自分でも気付いてしまった。だから、妃のことは自分の決めた人にしたいと思っているし、同時に、その妃になる人の志も大事にしたい。

 そして、その我儘を言うために、今、作戦を考えている。

 それにそもそも、そうでないと、マリスと言う女性の心は得られない……のだよ」


 命令されれば、マリスは従ってくれるかもしれないが、それでは永遠にマリスの気持ちがこちらに向かないような恐れがセオドアにはあった。

 最悪、いつかのように、マリスは逃げ出してしまうかもしれない。


「エゼルセフ公爵、私は、間違えてはいけないのだ」

「……殿下、よく分かりませんが……分かりました。とにかく、マリスが我が娘にならなくとも、エゼルセフ公爵家としましては、全面的にマリスの支えとなることをお約束致します。

 私とて、王族の外戚とならなくても、それ以上の幸せを日々噛み締めておるところでしてな」


 柔らかく笑う公爵の顔を見て、公爵の言う幸せの中にマリスも含まれているだろうと言うことが、セオドアにも感じられた。

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