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27 故郷に居たかと思えば

 マリス騎士の叔父であるシャールは、母国ゼントラン王国で伯爵位を叙爵され、賜った領地でもある自らの故郷に颯爽と向かった。そのはずだった。

 それなのに今、東の王国の王宮の王の間に、何故だか、シャールは居るのである。

 シャールは、元は東の王国の兵であったトマスを後ろに従えている。


(なんでこんなことになったかな?)


 元来行き当たりばったりが性分と言うシャールだが、今回、気が付けばこんなところにまで来てしまったことに、我ながら呆れてしまう。


 それにしてもトマスは、東の王国の工作員であるジーナの命を受け、ゼントラン王国内でセオドア王太子を襲撃して失敗した賊一味の一人だ。

 しくじったトマスはジーナから自害するように指示されていた。


 セオドア襲撃事件を含め、ゼントラン王国で実行されたジーナの作戦は悉く失敗した。

 ただ、詰まるところ、トマスのせいではない。

 ゼントラン王国側、つまりセオドアの方が、一枚も二枚も上手だったのだ。

 とは言っても、ジーナに死ねと言われてしまったからには、東の王国に戻ったところで、トマスは投獄されるか処刑されるかのどちらかだった。

 それが、東の王国での兵に対する扱いだからだ。

 そんなトマスが母国に戻って来ているのだ。


 本当なら絶対に叶わない里帰りを、現在のトマスの主であるシャールの計らいで実現することができた。

 シャールは、シャールを配下に置きたいと熱望する東の王国の老王の元へ、自ら赴くことにしたのだ。

 それをトマスの手柄にすることで、トマスが処罰を受けることを防いだ。


 トマスは確かに咎人だ。

 それでもシャールは、トマスが罪を償う道も残されていると考えている。

 トマスの方も、シャールに恩義を感じ、命を預けて誠心誠意働くと誓っている。

 そしてシャールは、トマスの家族に一目トマスを会わせてやりたいと思った。

 シャールが東の王国にやって来た目的の一つが、それだ。


 トマスには他にも仲間がいて、作戦に失敗した後もゼントランに潜伏していた。

 その仲間たちはトマスに説得され、多くがゼントランで投降し、今は罪人として労役に処されている。

 しかし中には、一か八かの無謀な賭け……と言うより、自暴自棄のような行動に出て、狼に噛み殺された者たちもいた。

 シャールは、その者たちが身に着けていたボタンやハンカチなどを一人分ずつ集めて、東の王国に持ってきていた。

 一時的に追い払った狼たちが戻ってくる前に出来たのはそれぐらいだったが、それでもトマスに命じて、その遺品をそれぞれの家族に帰すことにした。

 シャールの目的の二つ目が、それだ。


 シャールは今、静かに、だが大変に憤っている。

 狼の森で、セオドア王太子を襲撃した者たちが命を落としたのは、罰を受けたからだと思いたい。

 でも、元を辿れば、東の王国の老王がゼントラン王国を害しようと画策したことが原因なのだ。

 シャールは思い至った。

 元凶を絶たねばならない、と。

 シャールの、三つ目にして最も困難な目的が、それだ。


 幸い、東の王国の老王は、シャールを召し抱えたいと長年に渡って乞うてきている。

 これを利用してやるのだ。


 ところで、シャールはゼントラン王国を出る前に、東の王国へと赴く許可を得ることと、シャールが既にゼントランで叙爵されたことを隠すよう、ティーガーに頼んだ。

 因みに、一方的に頼んだだけで、返事は待たなかった。

 生きてまたティーガーに会うことがあれば、シャールは散々文句を言われるに違いない。

 違いないが、生きていればだ。


 とにかく、そうして、シャールの命を受けたトマスは、森で死んだ兵たちの家族のところを廻ってから、自分の妻と生まれた子供の様子を遠くから眺め、自分が伝説の剣士を説得して東の王国へと連れ帰ったのだと、老王へ伝えさせた。

 そして、とうとう本日、シャールはトマスを従えて王の間にまで通され、王に会うのを待っている、と言うわけだ。


 東の王国は大国だけのことはある。

 通された王の間は、ゼントラン王国の王城にあった王の謁見室よりも、数倍広く天井も高い。


 だが、薄暗く、老王も薄布の向こうに座っているのが分かるが、顔も良く分からない状態だ。

 その上どこか、空気が淀んでいるような息苦しさも感じる。

 この王の間に居て王に仕えている人々の表情も暗い。


 そのとき、シャールに言葉を掛けようとした老王の元に、老王の侍従が慌てた様子で何かを告げに来た。


「陛下、ゴルド王太子が母君に会いにきたところを捕らえました。間違いなく本人です」

「ゴルド? 王太子? ……いたかな、そんなやつが……まあ、殺すか……

 とりあえず! その話はあとだ。儂は今、大変気分が良いのだ。水を差すな」


 離れている上、囁き声のはずだが、耳の良いシャールには内容が分かった。


(ゴルド?! ゼントランで捕らえられていたはずだ。抜け出せるはずもないし、あいつは改心もしていた。どうやって、この国に戻って来たんだ? あいつ……殺されるのか?)


 王都を離れていたシャールは、セオドア自らも含めた潜入作戦を行っていることを知らなかった。

 ゴルドはシャールをだまして、シャールに賊の武術指南をさせていたジーナの仲間でもある。

 でもゴルドはまだ若く、根は意外と素直なことはシャールも知っている。


「伝説の剣士、よく来た! これからは儂の元でその剣を振るうのだ!」


 老王は、百歳を超えているとは思えない張りの有る声でシャールに声を掛けた。

 思案していたがシャールは応える。


「…………ありがたき幸せに存じます。

 王陛下とそして、私めを導いて下さったゴルド王太子にも、感謝申し上げます」

「ん? ゴルド? ゴルドってさっき聞いた……そのゴルドが……導いたとはなんだ?」

「ゴルド王太子のお導きで、今は私はここにいるのですよ。

 此度、私めが陛下の元に馳せ参じましたのは、ゴルド王太子殿下よりお声掛け頂いたからに他なりません。ゴルド王太子殿下は、その身はゼントランで捕らえられましたが、秘密裏に外と通じて、このトマスに命じて案内させ、私を王陛下の元へとお導きになったのです。

 殿下自身も、機を見て脱出されるおつもりでしたから、もしかすると、既にこちらへ戻っておられるやも知れません」

「むむっ、そうであったか! そのゴルドを、ここに連れて来い……

 なに! 牢にいる? 出せ出せ。ゴルドにも褒美をやるのだ!」


 侍従たちが、また慌ててどこかに消えて行った。


 ◇◇◇


 先ほどまで王の間にいたはずの老王の侍従が一人、音も立てずに、ソフィアの宮に入って来た。

 ソフィアの宮では、ソフィアとソフィアの侍女たちがいて、淡い金髪の侍女がソフィアの向かいに座り、ソフィアのボードゲームの相手をしていた。

 その侍女が振り返った瞬間、その精霊のような麗美さに、侍従は息も出来ずにその場に縫い留められてしまった。


 突然、後宮に侍従が入って来たのに驚いて、その侍女は立ち上がって……応戦の構えを取る。

 ……その侍女、なんだか大変大きい……


「アンリ殿、大丈夫じゃ。妾の手の者じゃ」

「そうでしたか……はあ、良かった……セオと違って、私はそんなに強くないのでね」


 西の王国の王太子、アンドリーが、ソフィアの侍女を装っていたのだ。

 アンドリーを見てソフィアが言った。


「それにしても、まさに白鳥の精と見紛う姿じゃ。良く似合っておるの」

「そうですよね! 美しいですよね。いつもの姿以上に、こっちの方が、より一層、顔面指数が高そうです。罪深い美しさだ!

 どう? マリス、私と居る方がやっぱり楽しいと思わないか?」


「……残念じゃな」

「……残念なんです」


 ソフィアはお世辞だけで言ったわけでは無いが、アンドリーの顔面至上主義に、やはり侍女に扮しているマリスと一緒になって、うんざりした顔をした。

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