26 老王の秘密
ソフィアは、隠された地下室のいくつかある扉の一つを開けて、マリスとアンドリーを扉の向こうの部屋に入れた。
部屋はそれなりの広さがあり、換気のために外気と繋がっているようで、かび臭いような空間では無かったし、家具も置かれていた。
ソフィアの侍女が灯りと食事を用意してくれたが、マリスは携帯食を持っていたので、アンドリーに差し出して自分もそれを摂った。
ソフィアは、そういったマリスの行動にもまた目頭を熱くしたようで、しきりに涙を拭っている。
そして、苦渋に満ちた顔で語り始めた。
―― 東の王国で、今から四十年近く前、王が王の影武者に殺害されるという事件が起きたが、そのことは隠されてしまった
―― 事件のあと、国王は極秘で挿げ替えられており、現在、王を名乗っている者は、王族ではあるが、元々の王からすると『影武者の、更に影武者の交代要員』という人物だ
―― 一代の王が二回も挿げ替わったことに加え、王を神格化する目的で昔の記録が処分されており、王が不死身のごとく語られているが、この老王、実際はまだ七十歳の手前のはずだ
―― ソフィアは、王家と共に、この秘密をずっと守ってきた一族の者で、当初、ソフィア自身には知らされていなかったが、ソフィアは年月をかけて自ら調べ、以前から、王が替え玉であることは突き止めていた
―― しかし、一族の長であるソフィアの兄に問い詰めたところ、ソフィアが敬愛する『姉様』を守るための措置でもあったことを聞き、ソフィアも、このからくりを黙認してきた
―― 老王の秘密が隠されていることを利用し、多くの者たちに『王が不老不死の薬を作らせて飲んでいるため、王の治世は永遠に続く』と信じさせ、老王は東の王国に君臨し続けている
―― そして、老王の恐怖政治を支え続け、老王の邪魔者を悉く排除してきた筆頭が、ソフィアの兄だ
そんな内容だった。
「王がニセ者……そんな者に、皆んなが苦しめられてるの?」
マリスが呻くように言った。
多くの人間を不幸にしているその元凶が、実は存在自体、偽りだというのだ。
「ニセ者と言えば……そうじゃ。公に認められて立った正当な後継者では無い。
しかし、『少なくとも王族なのだから』と、『わが一族が古くから支えてきた仕組みだから』と、そして『姉様のためだ』と、妾も長く、妾自身を納得させようと考えてきた……だが、それは間違いだった…………」
ソフィアが言葉に詰まった。
アンドリーが尋ねる。
「他にも何か有る?」
「……有る」
「何が有るのです?」
「……」
しばしの沈黙のあと、ソフィアはゆっくりと口を開いた。
「あの老王は、姉様の王を殺害した首謀者だ」
ずっと事件を調べ続けていたソフィアは、古い文章に挟まれていた手紙のようなものを見つけていた。
時間がかかったが、忍耐強くその手紙のことを調べた。
そして探し当てた。
手紙に記された内容は、『四』と『四』の護衛を殺害するために新しい毒を精製した、というもので、宛名は『五』と読めた。
ソフィアは、この『四』と言うのが、ソフィアの姉様であるイメルダが仕えていた王のことで、護衛がイメルダを指すということを読み解いた。
イメルダが仕えていた王が、何者かに操られた王の影武者によって毒を盛られて命を落としたことは、ソフィアの兄も認めている。
だがその手紙には、今の老王がことの元凶であることを示す証があったのだ。
手紙の末尾に、差出人の署名があった。
古語で『九』を示す署名だった。
今の老王は、老王の父にとって、実は九番目の子だそうだ。
老王の一番上の兄の名が、アロンソ。
このアロンソは、王太子から正式に王に即位していた。
また、イメルダの仕えた『アロンソ』は、実のアロンソの弟で『四』だ。
更に、イメルダの『アロンソ』の影武者をしていたのが『五』だ。
手紙は、『九』から『五』に宛てて書かれたものに違いないと、ソフィアは推察している。
『九』は『五』を唆して『四』を殺害させ、自分を王に挿げ替えさせたのだ。
何かの証拠とするには難しいだろう。
そもそも、王の挿げ替えを、王国も老王も認めないに違いない。
王の毒殺などと言う事件自体、存在すらしない事柄なのだ。
「妾は、このことを知って、しかし、何もできなかった。妾の一族は、長く罪を重ねてきた。挿げ替えのことを明るみに出すことが、妾にはできなかった……」
ソフィアの伯爵家では、ソフィアの父である前伯爵が家門を上手く治めていた上、この前伯爵は王にも意見し国も支えていた。
そして、伯爵家には、皆が神のように崇めるイメルダがいた。
四十年前、その前伯爵とイメルダと言う、二つの大きな柱を突然失い、伯爵家は王の言いなりでしかその務めを果たせなくなった。
ソフィアは、マリスを見る。
「老王はたくさん殺して、まだ殺す気だ。自分の子すら、作戦の道具や便利な工作員として利用することしか考えていない。妾は、それを黙してやり過ごしてきた。
しかし、姉様は……姉様は………………老王に殺されたに違いないのだ。そうでなければ、妾の前から完全に消えてしまうことなど、有り得ないのだ。
それでも……それでも、姉様がどこかで生きていて、もしかしたらまた、妾の前にふらっと現れてくれるような、そんな儚い希望に妾は囚われてきた。
姉様は……しかし、妾の前に、生まれ変わって今日現れた。このままではいけないと妾に伝えるために、妾の目を覚ますために」
ソフィアは、マリスとアンドリーに、絵画と手紙を見せた。
どちらも古いもののようだ。
アンドリーは思わず、大きな声を上げそうになった。
「なっ! これ…………マリス……だね」
絵の中には、十歳ほどだろう黒髪の少女と、やはり黒髪の秀麗な女性が描かれており、少女はドレスを着ているが、女性の方は騎士服のようにも見える出で立ちをしている。
その女性が、確かに、マリスととても良く似ている。
……と言うか、マリスそのものだ。
ソフィアとマリスたちが出会ったのは、今日の出来事だ。
絵具の乾く時間を考えれば、マリスの顔を見てから、この絵画を用意したとは考えにくい。
アンドリーが絵の裏側なども確認したが、この絵画が描かれてから相当の年月が流れていることは見て取れた。
ソフィアが、嘘や、妄言を吐いているわけでは無いと、マリスとアンドリーは顔を見合わせた。
古い手紙は、ソフィアが話していた中で出てきたものだった。
古語にも詳しいアンドリーは、やはり、ソフィアの説明に納得した。
とは言え、マリスはソフィアの言う姉様でもないし、ましてや、姉様の生まれ変わりだと言われても、戸惑いしかない。
確かにマリスにも、マリスの母のことについては、「もしかして……」と言う思いが湧かなくはないが、母の出生に関することは、手掛かりも何も、マリスはまったく知らされていない。
「ソフィア様、話して下さってありがとうございます。私はソフィア様の姉君様のことは、まったく存じませんので、そのことに何も言えませんが……」
マリスの言葉にソフィアが微笑んで応えた。
「良いのだ。分かっておる。姉様に会いたいという妾の一人勝手な願望じゃ。それでも、妾はマリス殿のためなら、助力は惜しまぬぞ」
マリスは続けて言った。
「ソフィア様は、私たちが老王に譲位させられるとお考えですか?」
老王は、思った以上に、利己的で、話の分からなさそうな相手だ。
嫌な奴であることは間違いないだろう。
「勝算は……ある」
ソフィアは、マリスを見つめて言った。
「勝算は……マリス殿、そなたじゃ」
その頃セオドアは、薄暗い牢の小さな窓から、決意を新たにしていた。
(絶対に生きて、ここを出て、マリスに再び会うんだ)




