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24 誰も知らない秘密

「イメルダ様、王陛下が、大変です!!!」


 いつもは静かな侍女が血相を変えて呼びに来た。

 バルコニーにいたイメルダは剣の素振りの手を止め振り返る。

 癖の無い滑らかな黒髪が揺れた。


 王がイメルダに与えた部屋に、王は今日も帰って来るはずだった。

 だが、その王に何か起きたようだ。

 イメルダは走りながら尋ねる。


「アロンソが、どうした?」


 東の王国で、王の名を呼び捨てにする人物は、このイメルダただ一人だ。

 アロンソは、イメルダより三十歳ほども年上だ。

 それでも、深く想い合う二人は、王と王の護衛という関係でもある。



 イメルダはこの国に古くからある伯爵家の娘だが、この伯爵一族は代々、陰で王を支える活動を担ってきた。

 ところで、表向きは、妃としても立てる貴族令嬢として生まれているが、一族の決まりで、イメルダは王の妃にはなれない。

 あくまで一族は、その使命を全うするため、王を支える者として独立した立場を貫かねばならないのだ。


 なのに、武術の腕を買われて王の護衛となったイメルダは、白髪の混じる鮮やかな赤髪を持つ、不器用でどこか孤独な王に、思いがけず心を寄せてしまった。

 王も、この人を愛してはいけないと知っていたが、イメルダの真っ直ぐな気持ちに、自分の気持ちを隠し通すことが出来なかった。

 程なくして、王と心を通わせたイメルダは、妃と言う地位には付かないまま、常に王の一番近くにいて、王を守ってきた。


 王は後宮を持っている。

 仕来たりで、領地を持つ各貴族家から、それぞれ妃を迎えることになっているのだ。

 その妃たちの中から、貴族家の勢力に配慮して王が通う妃も選ばれており、次代を担う王の子たちも既に何人も生まれていて、いくつもある離宮に住んでいる。

 その中から王太子も決まっている。


 王は、イメルダが王の護衛に付いてから、後宮に出向くことを止めた。必要もない。

 これも伝統的に、王を守るため、王の兄弟からその影武者も選ばれるのだが、後継ぎも影武者も、成る者は既にいるのだ。



 イメルダは、侍女と共に、王の私的な居間へ急ぎ向かった。

 この侍女にも武術の心得がある。

 それに、イメルダの乳母も務めていた女性だ。

 ずっとイメルダと共に生きてきたイメルダの腹心だ。

 そして、この侍女だけは、イメルダが王の秘密の恋人であることを知っている。


 本当なら、今日もイメルダが王の護衛として王に付き添うはずだった。

 でもイメルダは、今朝、少し熱を出した。

 加えて、今日の王の政務は書類仕事とイメルダの父である伯爵と会うことだ。

 伯爵はもちろん、王を守る立場の人だ。

 だから、王はイメルダを部屋に残したのだ。


 王の私的な居間は、イメルダの部屋からも近い。

 王は珍しく体調の優れないイメルダを気遣って、なるべく近くにいたいと、その居間で執務に当たりながら、伯爵との会談にも臨んでいた。


 しかし、イメルダが駆け付けたその部屋には……

 王と、王の影武者でもある王弟が、対峙していた。

 

 イメルダの父は倒れている。

 王と王弟、二人共、抜き身の剣を握っている。

 王弟の剣には、血が付いている。

 そして王は、尋常ではない汗をかいている。


「ようやく毒が回って来たようですね、兄上」

「っ……なぜこんなことを……」

「なぜって、当たり前のことを言わないで下さい。兄上の代わりに私が王になるためですよ」


 クーデター……にしては……

 王弟一人で成し得ることではないだろう。

 それに王弟は様子もおかしい。

 瞳孔が開いて、目が血走っている。


 この東の王国は、互いに仲が悪かった多数の部族を、王が強圧的に抑え込んで作られた国で、そのためか、王宮は陰謀術数の巣窟だ。

 毒や麻薬についても、様々なものが考え出され、用いられている。

 王弟の異様な様子は、その麻薬によってもたらされた状態とよく似ている。


「誰かに唆されて、薬で操られたな……ぐっっ」


 王が血を吐いた。


「アロンソ!」


 イメルダが王に駆け寄ろうとする。

 が、王と王弟が睨み合っているところに、へたに近付けない。


「ハハハ、薬を盛られたのは兄上の方ですよ。完成したばかりの新しい毒薬です。兄上、苦しいでしょう? その毒は徐々に効いてくるのです。

 私が早く楽にしてあげます。だから無駄に動かないで下さいね」


 油断した。

 王の居間は、王の懐で、少し気が緩んでいた。

 毒に慣れているはずの王も、新たに見つけられた毒には耐性が無い。


「ぐうぅっ」


 王がまた血を吐いて、膝を付いた。

 それを見た王弟が、剣を大きく振り上げて、王に襲い掛かろうとした。

 イメルダは、イメルダの家に伝わる小さな円盤型の暗器を、投げた。


「ごわっっ!」


 王弟は倒れた。

 王の元にイメルダが走り寄る。


「アロンソ!」

「ああ、イメルダ、熱は、もう、下がった、のか」

「アロンソ! 私のことなど……あなた……ダメ……いかないで……」


 王は、見る間に力を失っていく。


「こちら死んでいます」


 王弟が絶命していることを、イメルダの侍女が確認した。

 イメルダは一撃で倒したのだ。

 イメルダは……王に縋る。


「いかないで、アロンソ!」

「いいか、イメルダ、わ、たしが、死んだら、それを、隠せ。イメルダ、なら、できる。すげ、かえ、るんだ…………わたしも、前は、兄の、陰、だった……」

「そんな! アロンソ、お願い! いかないで!」

「イメルダ、私の、戦士。わたし、だけの……」


 王の言葉はそこで永久に途絶えた。



 イメルダの『アロンソ』も、王であった本物のアロンソの弟で、王の影武者だった人物なのだ。

 イメルダも違和感に気が付いてはいた。

 イメルダの『アロンソ』は、言われている年齢より随分若く見えたからだ。

 とは言え、イメルダより年上なことは確実だし、それ以上のことをイメルダは気にしていなかった。

 それよりも、『アロンソ』その人に惹かれていた。

 とにかく、年齢のことを口にしたことは無かったし、してはいけないのだとも分かっていた。


 王国では、歴代の王とイメルダの一族の長だけが知る、「王の挿げ替え」がこれまでも度々行われていた。

 その際、王の身近に侍る者は、後宮も含めて入れ替えられる。

 イメルダの一族が、その仕事を担ってきた。

 なので、このようなことも可能だった。

 気が付いて、何かを言い出す者もいない。

 いれば消されるだけだ。


 イメルダの父は、王を庇って大怪我を負っていたが生きていた。

 前回、アロンソ王が発作で急死したときと同じように、『アロンソ』とイメルダが仕留めた王弟の死体を秘密裏に片付けさせ、離宮にいた別の王弟を、三人目のアロンソ王に仕立てた。

 この新アロンソは、イメルダの『アロンソ』よりも更に若く、まだ三十歳にもならない人物だった。


 急時には挿げ替えも可能なようにと、当代の王と見た目が近い王族に目星を付けて影武者にするのだが、今回は、その影武者が謀反を起こしてしまった。

 そのため、急ごしらえされた新アロンソは、さすがに年齢が違い過ぎた。

 年齢差のこともあり、新アロンソの赤銅色の髪は、色を抜いて白髪にされ、その顔には傷ができたとして、マスクやベールで隠すことになった。


 それにしても、イメルダの『アロンソ』が、この挿げ替えを望んだのは、自分がいない世界で、王族である王弟の命を奪ったイメルダが、万が一にも咎人となることを避けたかったためだ。

 事件の背後にいるであろう首謀者も誰かは分からない。

 更に当時、他国との紛争を抱えていたこともあり、王弟の謀反で王が殺されると言う醜聞を、隠したい事情もあった。

 重傷のイメルダの父も、これを理解して、粛々と、ことを進めた。

 この場は挿げ替えても、早々に王太子へ譲位させれば良いのだから、出来るだけ騒ぎにしないことが、一族とイメルダと、何より王国を守るためには必要なのだと、この伯爵も考えた。


 ところがこれは、ある者の目論見通りの出来事だった。

 実は新アロンソこそが、下の兄を麻薬中毒に陥れて、上の兄を殺害させていたのだ。

 新アロンソは、邪魔な兄二人を消し去って、自分が王になろうと企んだ。

 王の挿げ替えについては、前回、偶然見て知っていた。

 挿げ替えで無ければ、そう遠くない将来、既に決まっている王太子が正当に王位を継いでしまう。

 だが、前回、他国に隙を晒さないために挿げ替えを行ったように、王が突然死ねば、王国はそれを隠そうとするに違いない。

 この新アロンソの企みは成功した。

 秘密はまた隠されたのだ。


 新アロンソは、事件の詳細を知る者を消すため、失意のイメルダの命も狙った。

 王太子を殺害し、その罪をイメルダに擦り付けてお尋ね者にしたのだ。

 イメルダの父は、怪我から回復することなく世を去っていた。

 イメルダの一族の後継者はイメルダの弟が務めたが、まだ若かった。

 騒然とする中、一族とイメルダの両方は支えきれない。


 しかも、狡猾で疑い深い新アロンソは、実際は自分の兄の子である、王子や王女を次々と闇に葬っていった。

 自分の治世には邪魔でしかないし、新アロンソと実年齢が近い彼らの存在が不都合だった。



 王から命を狙われたイメルダは、誰にも告げず、潜伏先で子を産んだ。

 ずっと仕えてくれた侍女がこの秘密を守った。


「この子だけは、守りたいのだ」


 子を産んだばかりで立ち上がれないイメルダの隠れ家に、追手が火を放った。

 侍女は赤い髪の赤子を抱えて、闇に溶けるように、そこから去った。

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