23 味方かと思えば
東の王国のソフィア妃は、ゼントラン王国から極秘で入国してきた王太子セオドアに対し、全面的に協力してくれると言った。
しかし、老王の妃であるソフィアが、なぜその老王が命すら狙っているセオドアを助けてくれるのか、セオドアたちとて腑に落ちてはいない。
東の王国では老王が恐怖政治を敷いていて、王は恐れられる存在で、恨まれてもいるはずだ。
だからと言って、そんな都合よく、老王を裏切ってセオドアに味方してくれる者が現れることにも戸惑いがある。
セオドアは、もし掴まりそうになったら、アンドリーを守って脱出するようにマリスに指示している。
この国の王子であるゴルドはなんとかなるとしても、セオドア自身が捕らえられれば、取引の材料にされるかもしれない。
しかしとにかく、アンドリーさえ守り抜けば活路は開ける。
そういう判断だ。
ソフィアが本当に味方なのか敵なのか、はっきりしない中、なんとソフィアは侍女に変装した。
着替えも信じられないくらい速かった。
しかも、三十代なのか四十代なのか、まさしく年齢不詳の仕上がり具合だ。
随分慣れている。日常的にやっているようだ。
そして、ソフィアは侍女になりすましたまま、他の自分の侍女も数名連れて、セオドアたちが扮する商隊を案内し、ゴルドの母である妃の宮へ向かった。
ゴルドの母君である妃は、商隊の到着にも気だるげに対応し、興味もなさそうだった。
何かぶつぶつと独り言を言っている。
ソフィアはまた、そこの宮の侍女にも金をやって人払いをした。
ソフィアが凄いのか、後宮の管理が杜撰なのか、東の王国では、皆、金で簡単に動く。
これで、セオドア一行、ソフィアとその侍女たち、そしてゴルドの母であるジュリア妃が部屋に残った。
ジュリアは、自分の侍女たちがいなくなったことに、気が付いても無いようだ。
「は、母上」
ゴルドが母に近付いた。
ジュリアは訝しそうにゴルドを見た。そして。
「近寄らないで!」
ゴルドに向けて、持っていた扇子を投げつけた。
ゴルドは固まってしまった。
やはり母には、目の前にいるのが自分の息子だと分からないのだろうか。
「ははうえ、僕です。ゴルドです。十五歳、になって……背も、伸びました」
ゴルドの声が少し震える。
ゴルドとジュリアは、二年ほど前に会った折りも、ごく短時間、季節の挨拶をした程度の会話しか交わしていない。
それにここは後宮で、男性の出入りは限定されている。
いきなり大きくなった息子が現れたら、扇子を投げつけるぐらいの反応は致し方無いのかもしれない。
ゴルドの後ろにいたセオドアが、ゴルドの背中をポンと軽く叩いた。
大丈夫だと。
何かあっても励ましてやると。
「母上、驚かせてしまってごめんなさい。でも元気そうで良かった」
ゴルドは、今度は震えずに言った。
「良かった? 良かったですって? 何が良かったの? わたくしの人生を滅茶苦茶にしておいてよくも……」
遮って、ソフィアが出て来た。
「ジュリア妃、そなたの気持ちは分かる。この後宮には似たような妃が沢山いる。でも、ジュリア妃、目の前にいるのはそなたの産んだ子であるぞ」
ゴルドの母、ジュリアが唇を噛んだ。
「……ゴルド、そう、わたくしの子だわ。恐ろしい、あの男の、子供だわ。この子も、あの化け物と一緒に皆を苦しめるのね」
「ジュリア妃、違うぞ。老王の治世は、もう終わる。終わりにする者が現れた。
だから、ジュリア妃もこの者たちの言葉を聞くのじゃ」
ソフィアの実家とジュリアの実家はどちらも大貴族だ。
二人の実家が合わされば、他の貴族たちも、老王を倒す勢力に加わってくれる可能性が出て来る。
「何をおっしゃるの? あの王は不老不死なのよ。老王の治世は、未来永劫、終わらないのよ。
打つ手など何も無いわ……」
ジュリアが当然のことのように言った言葉に、マリスはびっくりした。
ゴルドも以前、「父上は永遠に国王をやるつもりだから、王太子なんて存在にも意味がないんだ」と、似たようなことを言っていた。
不老不死? 永遠に? そんなことが本当に可能なのか。
しかし、ジュリアは当たり前と言う顔をしているし、何かの比喩で言った感じでもない。
物語では、不老不死の薬を飲んだ者が何千年も今世をさまよい続ける、と言うようなものもあるが、それはお話の世界の中のことだ。
東の王国では、本当に長い年月、老王が統べている。
老王は、昔負った怪我の痕を隠すため、人前に出て来る際は薄いベール越しに姿を現すと言う。
直接、老王の顔が見られることは無いそうだ。
老王の指図を侍従が受けて、侍従から大臣達へと様々なやり取りが伝えられる。
そして、老王の意向で、大臣達は度々入れ替えられる。
ある日突然、いなくなる者も少なくない。
不興を買って老王に消されるのだそうだ。
「……違うのだ。ジュリア妃。終わらせることはできるのだ。不老不死などと……本当に信じてしまった者も多いが……違うのだ」
ソフィアが悲しさに満ちた面持ちでジュリアを見た。
ゴルドも母ジュリアを見つめている。
ソフィアはジュリアとは血縁関係には無いが、共にこの東の王国の後宮で生き延びてきた連帯感からか、二人の妃は母と娘のように見えなくもない。
まるで、ソフィアとジュリアとゴルド、三世代の家族が、並んでいるようだ……
(不老不死の王……世代……)
なんの根拠もないが、マリスの中で何かが閃いた。
しかしそのとき、室内に王宮の警備兵が雪崩れ込んで来た。
「ゴルド王子だな。大人しく来てもらおう」
王宮の警備兵は、ゴルドを取り囲んだ。
「は、母上……」
自分の宮に突然警備兵がやって来たと言うのに、ジュリアに動揺は見えない。
前もって警備兵を呼んだのはジュリアだろう。
ゼントラン王国に捕らえられたゴルド王子が、秘密裏にジュリアに面会を求めてきたので拘束するようにと。
ジュリアは、ゴルドが僅かな伝手を頼りに会いたいと伝えて来たのに対し、保身の為、ゴルドを捕まえさせる準備をしていたのだ。
自分の子供を差し出してもだ。
「……」
ゴルドの視線を遮るように、ジュリアは、被っていたヴェールで顔を隠した。
『ツイテコイ』
ソフィアが目だけで、マリスに伝えて来た。
ソフィアはこうなることも、予め見越していたようだ。
そしてこうなった場合、騒ぎを大きくするよりも抵抗しないで機会を伺う方が得策だと、事前にセオドアからマリスは伝えられていた。
セオドアからマリスに下されていた使命の最上位に在るのは、アンドリーを脱出させることだ。
セオドアは自らの両手を挙げて、警備兵たちに対し服従の姿勢を取った。
そのとき、ソフィアの侍女が、こっそりと床に何かを投げた。
キゥオーンー……
ソレは、もの凄い速さで不規則に動き、警備兵たちの中に突進していった。
「うわぁっ!」
一部の警備兵たちが、びっくりして声を挙げた。
ネズミだった。
皆、一瞬そちらに気を取られる。
そして、警備兵たちが我に返ったとき、既にマリスとアンドリー、そしてソフィアたちは、最初からいなかったかのように、その場から消え失せていた。




