21 順調かと思えば
ゴルドは、ゼントラン王国の王城に捕らえられてから、決まった時間に運動をするよう言われていた。
元来、ほとんど運動する習慣が無いゴルドだった。
なので初めは結構辛かった。
でもゴルドは、無関係な幼い子供にナイフを当てて人質にすると言う罪を犯し、その上、国家転覆や令嬢誘拐と言った謀略の関係者でもあったのだ。
その代償として与えられたのが運動だと思えば、随分と軽い罰に違いないのだからと、ゴルドはちゃんと体を動かしていた。
それが良かったのだろう。
東の王国に、セオドアたちと潜入する頃には、腹筋も薄っすら割れて、かなり走れるようにもなっていた。
顔の輪郭もすっきりしたので、元々のつぶらな瞳も際立つようになった。
「ゴル君も、結構、顔面指数が高いよね」
「ああもう、だから、暑苦しい人たちの仲間に入れないでってば、アンリさん」
ゴルドとアンドリー、やっぱり結構仲良しだ。
それと、潜入作戦下なので、『王太子』や『殿下』呼びはしない。
ところで、久々の母との対面に、ゴルドは緊張しているらしい。
ゴルドは生まれて直ぐに、後宮から出されて離宮で育てられたそうで、実母とも数えられるほどしか会う機会がなかったそうだ。
「ごっ、ま、ご、マリスさん……母上は、僕のことが分かるだろうか……」
最近も、成長期の真っただ中で、二年以上会っていないらしい。
しかもゴルドは依然と違って、すっかり引き締まった体付きにもなっている。
「ゴル君、もしお母上がゴル君のことを自分の息子だと分からなくても、それはゴル君が成長したってことだから、気に病むことはないよ。
もし、悲しい気持ちになったら、あとで一緒に、豆の汁に蜂蜜たっぷり入れて、残念会をしようね」
マリスがゴルドに優しく返事をした。
それにしても、ゴルドはマリスのことを、『ご』から始まる言葉で呼んでしまいそうになるのだが、慣れてきたのか、大抵はマリスも聞き流してくれるようになった。
ゴルドは、泣きそうになってマリスの腕にしがみ付いた。
そこに、セオドアが割って入る。
「ゴル君、もう十五歳なんだから、女性の腕をそんな風に触ってはいけないよ」
(太陽王子め、あなたの考えは分かってますよ。説教めかしてるけど、こんなことぐらいで嫉妬心を起こすのはやめて欲しいな)
ゴルドは、遠い目をしてセオドアを見た。
「そうだマリス。これを街中の店で見つけたんだ。君に似合うと思って」
今度はアンドリーが、マリスに声を掛けた。
潜入は、商隊を偽装して行っているのだ。
東の王国に入ってから、他の商隊と同様に、首都での商業許可を得る為の手続きで、街に数日滞在した。
その途中でアンドリーは、東の王国の伝統工芸品でもある銀細工の腕輪を購入していたのだ。
「マリス、着けてあげるから手を貸して」
アンドリーはマリスの手を取ろうとした。
そこにも、セオドアが割って入る。
「アンリさん、遊びに来ているわけではないので、それは私が預かりますよ」
(なにが人格者だ。了見が狭すぎる。安い腕輪ぐらいいいじゃないか)
アンドリーも遠い目をした。
マリスは違うことが気になって、アンドリーに問い掛けた。
潜入旅のお陰か、この三人目の王太子とも結構打ち解けてきた。
「アンリさん、驚いたんですけど、市井での買い物にも慣れてるんですね」
「そうだよ! マリス、そうなんだよ。普段から時々、出歩いててね。街に降りると、皆の生活が見えてきて良いんだよ」
(こっちの精霊王子も、分かってますからね。できる為政者アピールでしょ。それぐらいじゃ、拷問様の気は引けないけどね)
ゴルドは、更に目を細めて、今度はアンドリーを見た。
因みに、拷問様とは、ゴルドだけのマリスの呼び名だ。
以前、人質を取って立てこもったゴルドはマリスに捕らえられたのだが、そのときに、ゴルドの心にはその名が刻まれてしまった。
「マリス、私だって、店で買い物ぐらいできるよ! 今度、一緒に何か買いに行こう!」
セオドアがマリスにすかさず言ったので、ゴルドは更に更に目を細めた。
(太陽王子は、どんどん、普通っぽくなってくな……)
そんな風に、ゴルドの中でセオドアの小者化が進んでいく中、一行は東の王国の王宮の門に到着した。
セオドアとアンドリーとゴルドと、そしてマリスは、『祝!五百歳 王様万歳!』と彫られた文字の下をくぐった。
ともかく、ここまでは順調だ。
セオドアたちは、遠い遠い異国から来た商隊で、絹織物を商っているという設定だ。
後宮にもその織物を持って入ることが出来た。
何人かの、位の高い妃の所へその品々を見せに行く。
高位の妃はそれぞれの宮を持っているのだ。
ゴルドの母君もその一人だ。
今日のゴルドは、カツラも被ってその鮮やかな赤髪を隠している。
ゴルドは人相がだいぶ変わっているし、そもそも、幼少期に後宮を出てずっと離宮にいたので、全くぐらいに顔を知られていない。
セオドアとアンドリーもターバンで変装をして、つけ髭も付けた。
顔を隠すためでもあるが、とにかくこの二人、顔面指数が高過ぎるので、不用意に、後宮の御婦人方を吸い寄せないための対策でもある。
マリスは何も隠す必要がないので変装のようなことはしなかった。
何人かの妃の前で織物を披露し、あともう一人、別の妃の宮に寄れば、ゴルドの母君を訪ねられるというところまできて、予期せぬことが起こった。
荷物持ちをして妃の宮に入ったマリスに駆け寄って来た人物がいたのだ。
「ねっ、姉様っ! な、なぜ? どうして! 生きて……らしたの?」
突然マリスに近付いて来たのは、六十手前と思しきその宮の妃だ。
不意のことに、セオドアたちも少なからず動揺した。
マリスも、どう見ても年上の女性から、「姉様」と呼ばれて、どうしていいか分からない。
だが、その妃は、すぐに正気を取り戻したようで、
「ああ、ああ、あああ、なんてこと……済まぬ。……そんなわけは無いのだ」
と額を手で覆って言ったので、マリスも応えた。
「いいえ、滅相もございません。大丈夫です。あの、ご気分は?」
「ああ。大丈夫だ。大丈夫。そなたが、妾の姉様に似ていたのだ。済まぬな。
妾の姉様が、そなたのような若い者のはずなどないのに。
……ただ、本当に良く似ている。異国の商隊と聞いたが、そなたの父か母は、この王国出身の者ではないのか? いや、それにしても……」
妃は、マリスを凝視した。
実際のところ、マリスの父はゼントランの王国民だが、母については、赤子の頃に拾われたそうで、その出自は不明なのだ。
ただそんなことより、こんな出来事にマリスは当惑してしまう。
これではセオドアの計画の足を引っ張ってしまいかねない。
セオドアがマリスの横に立って言った。
「お妃様、連れの者が失礼をいたしました。この荷物持ちは、東の王国に親族はおりません。ですが、偶然似た方がおられたようですね。
お妃様、お詫びにこちらをお納めください。織物で作りました壁飾りです」
セオドアは妃との執り成しをした。
商隊を演じるセオドア一行は、後宮に入るにあたり、数名の高位の妃のところのみを訪れることと、後宮の役人と警備兵を同行させることで許可を受けている。
役人が見ている。
目的地はこの宮ではないし、会いたい人もこの妃ではない。
ここに長居をすることは得策ではないのだ。
「それでは、大変失礼いたしました。私共はこれで……」
「待ちや」
セオドアが辞去を言いかけたところで、妃が止めた。
妃は、一番近いところに侍っていた自分の侍女に何かを言い付けた。
するとそのあと、役人と警備兵が何も言わずに宮から去って行った。
「心配せずとも好い。金を握らせて、邪魔な者たちを下がらせたぞ。それにしても済まぬな。詫びねばならぬのは妾じゃ。
だから……そなたたちの要望を叶えようぞ。なんなりと申すが良い。妾はこの後宮で一番の古株での。そなたらの願いを叶えることができようぞ」
セオドアは、事前に、訪れる予定の高位の妃たちについて調べを行っていた。
この妃は確かに東の王国でも、もっとも古い家柄の貴族家出身者だ。
とは言え、自分達はゴルドの母である別の妃に会いに来たのだ。
やはり、なるべく早く、ここを去ろう。
「有りがたきお言葉。それでは、こちらとこちら、それからこの織物をお買い上げ頂けますか?」
セオドアは、やはり荷物持ちとして同行しているゴルドが運んでいた織物をいくつか取り、妃に恭しく差し出した。
侍女がそれを受け取る。
妃の宮には、手の込んだ織物などが、装飾として既にいくつか天井から吊り下げられており、セオドアが選んだ品物も、妃の好みに合いそうだった。
そしてセオドアは、今度こそ退出しようとした。しかし。
「あい分かった。この品々は、言い値の倍額で買い取ろう。それで、その荷物持ち、髪色が違うが染めておるのか?」
妃は、顔が見えないように頭を下げていたゴルドを見て言った。
(しまった!)
商隊を装ったセオドアたちに再び緊張が走る。
妃は、ゴルドの髪色を指摘しているようだ。
この妃は何かに気が付いたと言うのだろうか。
セオドアはマリスを見た。
マリスもセオドアを見て、いつでも行けると目で合図を送った。
「いやいや、ほんに…………この女人は姉様に似ておる。そのような顔をしたら尚更だ。姉様は、まこと、古文書に描かれていた戦神のごとき凛々しい方であった。我が一族は、古くから武芸の誉れが高くての。それがために姉様も……姉様も……」
なんだろう。
セオドアも、以前、マリスを軍神のようだと感じたことがあった。
妃の言った言葉が何かの符牒のように感じられて、セオドアの中に、疑念とも異なる不思議な、予感めいた感情が湧く。
しかし、妃は続けて言った。
その眼は今、頭を下げ続けるゴルドの方に向けられている。
「構えずとも好い。そなた、王太子になったのであろう? 新しい王太子は立っていないのだ。この東の王国の王太子は、今でもゴルド王子、そなたじゃ」




