20 必ずお守り致します
西の王国の王太子、アンドリー王子には剣術の心得が一応ある。
ゼントラン王国の王太子、セオドア王子は、剣術にも体術にも優れ、日々の鍛錬にも余念が無い人だ。
更に、セオドア王子の専任騎士であるマリス騎士は、剣術大会において、セオドアですら敵わなかった人物だ。強い。
剣が振るえるこの三人と、振るえないもう一人の王太子である東の王国のゴルド王子の四人で、思い切った作戦が、今、行われている。
四人は現在、東の王国にいるのだ。
四人は、遠い異国の商隊に扮装をしている。潜入だ。
ゴルドの赤髪も、セオドアとアンドリーの目立つ髪色も、異国のターバンの下に入れて隠された。
ゴルドの身分については、実は怪しい状況だが、とにかく今は、三国の王太子が揃って、宿の食堂で夕飯を食べているところだ。
「おじさん、それ、僕の飲み物だから! それから、さっきも僕のパン食べてるから!」
「お、おじ、おじさん?! ちょっと、子供! お前は、私の、この顔面指数の高さが分からないのか! 私をおじさん呼びするなど、断じてあり得ない!」
「顔面指数とかホント意味分からないから。ああ、暑苦しいってことなら、合ってるかもね?」
「あ、あああ、暑苦しい? 何を言う! この美の精霊と呼ばれる私に、『暑苦しい』の言葉は、絶対、そぐわない! 絶対に!」
十五歳のゴルドだが、三十手前のアンドリーに対して遠慮が無い。
「なかなか仲が良いですね。良かった良かった」
セオドアは二人を眺めて、人格者の微笑を浮かべる。
そのセオドアを、アンドリーとゴルドの二人で、仲良く同時に睨んだ。
先日、マリスはアンドリーに、はっきりと宣言をした。
と、母であるナターリエ王妃からセオドアは聞いている。
「私は、セオドア様の元を離れません」と。
マリスは、国や立場でも無く、アンドリーよりセオドアの傍が良いと、明確に選んだのだ。
それが、セオドアを一人の男性として見てくれていることを意味しないとしても、とにかく、マリスはセオドアを選んでくれた。
マリスは、セオドアの元でないと楽しくないのだと。
マリスは、セオドアを、共に鍛錬する特別な仲間として認めてくれているのだと。
もーーーう、これは、ある意味、満願成就と言っていいのではないのだろうか。
しかもマリスは、本当に、セオドアのことを「セオドア様」と呼んでくれるようになった。
これは、セオドアの願いが天に届いたと言うことではないのか。
少なくとも、暗黒期は過ぎたはず。
(いやいやいやいや、いやいやいやいや。慢心はいけない。絶対にだめだ。私は間違えない。間違えてはいけない)
セオドアはついつい緩みそうになる頬を、引き締める。
セオドアは学んだのだ。
無理に手を伸ばせば、マリスはまた逃げてしまうかもしれない。
そもそも、到達したい場所は「特別な仲間」でお終いではないはずだ。
一方アンドリーは、自分の手には負えないとマリスを諦めただけでなく、ちゃんと、セオドアの計画にも協力すると約束してくれた。
(なんか……マリスさえ居れば、セオドア君は無敵な気がするんだよね)
アンドリーは、自分の頬を引っ張っている太陽王子を見つめて思う。
思うからこそアンドリーは、セオドアの策に乗り、東の王国へと潜り込んでいるのだ。
◇◇◇
東の王国を治めているのは老王だ。
老王は、ゼントラン王国を属国にしたいと、虎視眈々、しつこく狙っている。
老王は、ゼントランを支配下に置いた上で、ずっと対立している西の王国に攻め入りたいのだ。
東の王国は、王の力が大変に強い国だ。
元々、多数の部族が縄張りごとにせめぎ合って暮らしていた地域を初代の王が国として統合している。
王が立ってから、権力がそこに集中し、もとあった部族の長が貴族となって、その貴族家から王の後宮へ、人質として妃を差し出す慣習が長年続いている。
東の王国の王の後宮はいつも、妃たちで溢れかえっているそうだ。
そのため、歴代の王子や王女も、相当数が多い。
特に、当代の王は長く長くその座についている。
少なくとも、ゼントラン王国などの周辺国の記録を見ても、百歳を超えているはずだが、東の王国内では、老王の生誕年についての記録は改竄され、老王の五百歳を祝う石の銘文が、王宮の門に掲げられている。
それからこの老王、自分が長く統治者でいられることを早くから分かっていたのか、どうやら、自分の親族、そして、自らの子である王子や王女を、次々と闇に葬ってきたらしい。
老王は、自分の王と言う地位を脅かす存在を、身内も身内以外も、悉く消してきた。
ゴルドが沢山いた兄弟姉妹の中で生き残れたのは、王の好みに合う鮮やかな赤髪を持っていたことと、あまり賢そうでないイメージを維持したためだ。
今回、このゴルド、セオドアの潜入作戦で重要な役目を負っている。
元々は、シャールを連れ帰れと指令を出されて東の王国から追い出されていたゴルドだが、その任務に失敗し、あえなくマリスとセオドアに捕らえられてしまった。
しかし、改心したゴルドはセオドアに協力することを誓い、この作戦に同行している。
セオドアとアンドリーは、ゴルドを通して、秘密裏にゴルドの母君と面会するのだ。
ゴルドの母である老王の妃は、東の王国の貴族家出身だ。
ゴルドの話だけでなく、セオドア独自の調査でも、ゴルドの母が有力貴族から送り込まれた王への人質であることが分かっている。
この貴族家の領地には、地勢的にも重要な部分が含まれている。
そのゴルドの母と、セオドアは面会するのだ。
そして、セオドアは。
セオドアは、ゴルドの母との面会を足掛かりに、老王を倒す、ことにしたのだ。
ゼントラン王国と西の王国は、好戦的で狡猾で対話のできない老王の崩御を、ずっと長く待っている。
だが、それではダメだと、セオドアは考えている。
つい最近も老王は工作員を使って、ゼントランや西の王国内で、人体を蝕む薬物を広めようとしたり、襲撃や誘拐といった企ても行わせている。
ゼントランではほぼ未然に防ぐことができたが、西の王国では違法薬物が広まり、複数の貴族家が取り潰しとなる事態にまでなった。
それに、独裁者である老王の死後、こちらの求めるような後継者が立つとは限らない。
それ以上に、今度は東の王国内が混迷する可能性も高い。
内戦になれば、ゼントランにも飛び火して、少なくない被害がもたらされることも十分考えられるのだ。
そういった事態を避ける為、ゼントランの征服を目論むことが合理的では無いと考え、西の王国との睨み合いを止めて協力関係を築くことのできる、理性的で話合いのできる王に立ってもらう必要がある。
そのために、セオドアだけでなく、アンドリーも連れて東の王国に潜入した。
長く、老王の独裁的な支配を受ける東の王国で、王を倒そうと働きかけることは至難の業だ。
こちらも、ゼントラン王国と西の王国から、それぞれの王太子が出向くと言う離れ業で、なんとかその糸口を見つけたい。
そのために大胆な潜入作戦に出た。
もちろん、こんなことが見つかれば、命を狙われるか人質に取られるか、ただではすまない、危険な作戦だ。
西の王国に対しては、アンドリーの生存を必ず第一に優先するとセオドアは誓った。
また、セオドアに何かあった場合で、今後もゼントランに御子が誕生しなかったら、アンドリーの御子である王子から一人、ゼントランの後継ぎとして迎えることも確約を得ている。
西の王国としても、タチアーナのことで大きな借りが有るとは言え、セオドアの案に乗ることはかなり厳しい判断だ。
そのためアンドリーは、セオドアに思い留まらせようと説得するつもりで母国を出たのだが、マリスのことが有って、セオドアと協力することに方針を変えた。
どちらにせよ西の王国としても、敵対する東の王国との関係には、間違いなく打開策を求めていたのだから、アンドリ―としても、今は致し方ないと言う結論になっている。
セオドアの側近、フェリクスとジャスティンも、セオドアの意見に賛同して従う。
フェリクスとジャスティンはゼントランに残って、後方支援と、セオドアと西の王国からやってきた高齢の大臣が、ゼントランにいることを装っている。
ゼントラン王国の、王も王妃も、セオドアの覚悟に賭けることにした。
そしてマリスも、騎士として力を尽くすことを、心に決めた。
「セオドア様の元を離れません」と言葉にしたことで、マリスは、自分の気持ちを改めて認識した。
マリスは、セオドアの傍に居たいのだ。絶対に。
だから必ず、セオドアを守り抜いて、また鍛錬で共に汗を流す日々を取り戻すのだ。




