18 心得たかと思えば
西の砦から王城に戻ったセオドア王太子が随分と晴れやかな顔をしていることに、側近のフェリクスとジャスティンも、すぐ気が付いた。
二人きりというわけでもないが、セオドアはマリスを連れて外泊をした。
もしかしなくとも「何か進展があったに違いない」と二人もにらんでいる。
そうです。進展。ありました。
セオドアが、マリスから「セオドア様」と呼んでもらえることになりました。
ここまで長かったですね。
もちろん、「セオドア様、お休みなさい」の言葉は、セオドアの胸の中で、今も折に触れてジワジワ響いている。
しかしだ。この方がいた。
「セオドア殿下。私と、君の専任だと言うマリス騎士と二人で、お茶会をしたいんだ。マリスとお茶を飲むくらいは……良いよね?」
「アンドリー殿下。マリス騎士は職務がありますし、それに彼女は平民出身です。国賓とのお茶会の席は恐縮するので遠慮したいと申しております」
榛色の騎士服を着たマリスはセオドアのすぐ後ろに立っているが、マリスとアンドリーを直接喋らせないように、セオドアがマリスの話を代弁した。
マリスは小さく云々頷いている。
「いやいや、ちゃんと調べてるから。誤魔化されないよ、セオドア君。
マリスは確かに平民出身らしいけど、今はエゼルセフ公爵邸内に、自分の部屋をもらって住んでいるそうじゃないか。公爵は娘が一人増えたような話も周囲にしているらしいね。それに、マリスの実の叔父君は英雄だ。
そもそも、一人しかいない王太子直属の専任騎士って、もう爵位とかで測れないくらいの地位にあるよね?」
(おお、アンドリー王太子、しっかり調べてますね……)
(おお、アンドリー王太子、なかなか鋭いな……)
フェリクスとジャスティンは顔を見合わせた。
西の王国からゼントランには大使を始めとした外交官が派遣されているが、現在の大使は、アンドリーの母方の伯父だ。
ゼントランで起こった出来事にも、アンドリーは詳しい。
「セオドア、今回私は、大臣のフリして来てるから、私のためのお茶会も舞踏会も催されないだろう? せめて、事情を知っているマリスとのお茶会ぐらいは良くないかな?」
「従兄殿、お茶会なら、私とフェリクスとジャスティンでお付き合いしますよ。なんなら今だって、一緒にお茶を飲んでいるじゃないですか」
「それは……違うでしょ」
アンドリーは不満だ。
因みに、アンドリーの妃は、正妃が数年前に病気で他界している。
他に政略結婚の側妃が二人いて、近いうちに一人が正妃に据えられる予定だ。
アンドリーは、王太子になる前こそ、恋人と噂される女性が常に複数在ったが、今は、女性関係でのいざこざを抱えていない。
王太子の御子も、王子が三人、既に生まれている。
妃や後継ぎの問題もひと段落しているので、身分や出自に拘らず、気に入った女性を近くに置きたいと考えているのが伺える。
「今回の提案、ちゃんと頑張るから。だから、お茶会ぐらい良くない? 別にそこで変なことなんてしないよ。
それに聞いてるよ。マリスって、えげつないぐらい強いんだって? 絶対に私じゃ勝てないから」
確かに、一緒に酒を飲む、と言う話ではないし、マリスの方が強いのもそうだろう。
セオドアは、以前、西の王国に留学のために滞在していた。
そこで、西の王国の騎士団総帥の元、アンドリーと剣術の稽古も行っていて、アンドリーの力量も知っている。
アンドリーは、王族としては強い方かもしれないが、マリスや、マリスの叔父のシャールのような達人級の使い手ではない。
その上、アンドリーはマリスが強いことを分かった上で申し出ている。
言わないが、剣術大会でセオドアがマリスに一撃で伸されたことも知っているようだ。
だから例え、アンドリーが何かを仕掛けたときに、マリスが反撃して怪我などをさせても、それを逆手には取れないのだ。
アンドリーは、思案しながら言う。
「……うーん、マリスがダメなら……そうそう、ゼントランの青き大輪の薔薇君、とのお茶会でも良いね。彼女の顔面も極めて指数が高いからね。それに彼女なら、混み入った事情も理解できてるでしょう? しかも、セオドアの伴侶になるんなら、身内も同じだろうし。
そうだ! マリスと薔薇君と私との三人一緒でなら、別に良くない?」
シレーヌの話がアンドリーから出て、マリスはピクリと反応してしまう。
万が一にも、シレーヌをアンドリーの妃にしたいなどと言う話が出るのは、マリスとしても、絶対に避けたい。
「アンドリー殿下、その薔薇君のご令嬢は、つい最近婚約が決まったのですよ。もちろん、私と、ではありません」
「そうなんだ。でもお茶会くらい良くない? それか、その薔薇君の妹君もいたよね? やはり可憐だと聞いているよ。
なんかさ、私を嫌らしい人間みたいに思ってない? 違うよ。とにかく、顔面の麗しい女性とお茶会がしたいだけなんだよね。君の計画にやる気出すためにも。
だから、マリスと薔薇君と妹君が一緒になら、良くない?」
今度は、フェリクスがピクリと反応してしまった。
アンドリーは、ゼントランで未婚の貴族令嬢を一人一人把握しているのだろうか?
それにしても、アンドリーの方だって、ちょっと引くに引けない感じになってきているようだ。
セオドアの態度が頑ななことで、落としどころが探せない。
しかもアンドリーは今回、セオドアの求めに応じて、内密にゼントランを訪れてくれたのだ。
ゼントランとしても、アンドリーの機嫌は損ねたくない。
マリスがジャスティンに目配せをした。自分は大丈夫だと。
ジャスティンが、セオドアの、一滴も飲まれていないティーカップを新しいものに交換しながら、大丈夫、と口の形で伝えた。
「…………従兄殿、分かりました。ただ、お茶会の出席者は、アンドリー殿下とマリス騎士だけでなく、他の者も同席させます」
「セオドアも、そこの側近たちも、とにかく、男性は遠慮したいなあ」
「心得ています」
その翌々日の午後、王城で王族だけが入ることを許された温室に、アンドリーは案内された。
温室内に入って、白い髭とカツラを取り、やれやれとアンドリーは一息付く。
アンドリーより先に待っていたのは二人。
一人は、温室の植物に溶け込みそうな色合いのドレスに、不釣り合いなチグハグの化粧をしたマリス。
今日のマリスは、シレーヌが、マリスの涼やかな美貌を引き立たせぬようにと作り上げた渾身の作品だ。
ドレスは地味過ぎ、顔は派手過ぎで仕上げられている。
そして、もう一人は、その存在だけで、空気に重みを与えるかのような力強い瞳に太陽のような金髪の、ゼントラン王国たった一人の妃、ナターリエ王妃だった。




