17 あの言葉かと思えば
セオドアと話をしたアンドリー王太子は機嫌を良くして、長居は無用と、出されたお茶も飲まずに席を立った。
アンドリーは自身の護衛騎士も連れてここへ来ていたが、セオドアは一番近くにいた、自分の護衛を務める男性騎士の方を向いて言った。
「お客人を部屋までご案内……」
「そこの黒髪の女騎士、部屋に戻るから案内してくれ」
アンドリーは、セオドアが言いかけたことを遮って、マリス騎士を手で示した。
セオドアは、警護の体制上、別の騎士を案内役にすると言ってこれを断った。
実際マリスは、セオドアから離れないでセオドアを護衛しないといけないのだ。
セオドア専任の騎士なのだから当然の判断、と言える。
アンドリーは不服そうだったが、何か言うことは無く、セオドアの部屋を退室した。
「マリス……アンドリー王太子に何か言われた?」
先ほど、アンドリーはマリスに部屋まで案内させようとしていた。
セオドアの知る限り、アンドリーは王太子の責務に自覚を持ち、女性に溺れると言うような人物でも無いが、少し享楽的な考え方を持っている。
マリスを揶揄ったりはしたかもしれないとセオドアは気になっていた。
「……あの、言われたかと言われれば……言われました」
セオドアは、マリスと二人で話すために、マリスを奥の寝室に入れた。
寝室と言っても、応接椅子もテーブルもある。
そこに向かい合って座った。
マリスは、セオドア直属の騎士だ。
そして、アンドリーはセオドアが出迎えた国賓だ。
一見、無駄話だと思っても、マリスが国賓から言われたことをセオドアには報告せねばならないだろう。
なので、マリスは正直に伝えた。
「褒美」のような言葉があったこともだ。
―― 君、綺麗だね
―― 貴族の令嬢で剣も振るえるということか
―― うんうん…………気に入ったよ。褒賞は君にしようかな
―― 君を私の国へ連れて帰りたい。私の傍に居て欲しい
セオドアは真っ青になった。
「アンドリー王太子が、『褒賞は君にしようかな』とマリスに言ったんだね?」
「……そう、おっしゃいましたが、私におっしゃったのか、独り言だったのか、冗談なのかも……分かりかねます」
「…………本当に、分かりかねる? 単なる冗談?」
「いえ、すみません……私におっしゃったように見受けられましたし……冗談では無いかも……しれません」
セオドアががくりと肩を落として、手で顔を覆った。
「あの、殿下、私の対応は間違っていましたか?」
「いや、マリスは何も、何も間違っていない。間違えたのは私で……いや、それは、今日の話ではなくて、いや、何を言ってるんだ……」
セオドアが混乱して狼狽えている。手で顔を覆ったままだ。
ここには、フェリクスもジャスティンもいないのだ。
マリスは、とにかくセオドアを落ち着かせて励ましたい。
マリスは考える。
(何を言えば、元気付けられる?
なんだっけ。最近、ジャスティンがよく言っている、あの言葉が良いのかな?
確か……アンコク……)
マリスは、セオドアの横に跪いて掛ける言葉を探す。
(アンコクキって、『暗黒期』じゃないよね? うーん?……)
マリスがゆっくりと口を開いた。
「王太子殿下……は、二人いるから……セオドア様…………『大丈夫』、ですか?」
良かった。マリスから『暗黒期』と言う言葉は発せられなかった。
脈絡無く、セオドアの内臓を抉るところだった。
「マリス……」
セオドアの直ぐ傍にマリスが居て、「セオドア様」と気遣ってくれている。
セオドアはそれだけで胸がいっぱいになって来た。
セオドアはギュッと拳を握り締める。
「マリス、もう大丈夫だ。ありがとう。アンドリー王太子が君に言った言葉については心配しなくていいからね。君が望まないことは絶対に阻止するから」
「分かりました。でも心配はしていませんよ。
それよりも、セオドア様が大丈夫になられて良かったです。
セオドア様、もうお休みください。明日からまた忙しくなるのでしょう?」
マリスは立ちあがって、部屋を辞すために扉に向かった。
マリスが扉の持ち手に手を掛けたとき、セオドアが声を掛ける。
「マ、マリス……さっきの、その、名前の呼び方なんだけど、王太子が二人いるから、私のことは、先ほどのように名前呼びにして欲しいんだ」
セオドアの顔が少し赤い。
ついさっきまでは青い顔をしていたが、こちらの方がずっと良い。
マリスは応えた。
「かしこまりました。公の場以外では、セオドア様を『セオドア様』とお呼びしますね。お休みなさい、セオドア様」
砦の静かな夜が更けていく。
お休みなさい、セオドア様
お休みなさい、セオドア様
お休みなさい、セオドア様
この晩、セオドアの脳内で何度もこの言葉が鳴り響いた。




