16 ご高齢かと思えば
西の王国からゼントラン王国に、とある大臣が賓客として訪れた。
セオドアとタチアーナ王女を巻き込んだ、ゼントラン王国内での襲撃事件が起こり、タチアーナが幽閉されたり、保護されたりしている間に、当初より予定されていた二国の合同軍事演習が延び延びになっていた。
今回、その軍事演習の式典に同席するため、西の王国から大臣が訪れたのだ。
しかし、この大臣がご高齢と言うことで、体調を慮って、軍事演習以外の公式行事は省かれることになっている。
しかも、西の王国で学術院の院長を務めるというその方は、名誉職で大臣を名乗っているような人物で、学究肌でもあり、国政にもあまり関わりが無いそうだ。
そう言った事情から、前回のタチアーナ王女に対するものと比べて、今回のゼントラン側の応対は随分地味に抑えられている。
慣例にも則り、王族の出迎えも無い……
と、表向きはなっているのだが、今、セオドアは、ゼントラン王国と西の王国との国境にある砦に出向いている。
しかも、セオドアは王立騎士団の一騎士に扮して、そして国賓を出迎えているのだ。
騎士を装っているセオドアの近くには、マリスもやはり騎士団の騎士服で控えている。
マリスは久しぶりに、王立騎士団の騎士服を纏って思う。
古巣の制服は、やはりしっくりくると。でも。
マリスは王立騎士団に戻りたいとは考えていない。
今のマリスの居場所はセオドアの傍らにあるからだ。
因みに、セオドアは王城にいることになっているので、セオドアの側近たるフェリクスとジャスティンも、今日は王城で留守居役だ。
セオドアは、白い髪と白い髭に包まれた大臣を先導し、砦の貴賓室へと案内した。
ゆっくりと歩を進めていた大臣は、部屋に入って扉が閉められたとたん、スタスタと動き出して長椅子に腰かけ脚を組み、セオドアに声を掛けた。
「どう? 上手く演技できてたんじゃないか?」
「アンドリー王太子殿下、お目にかかる栄誉に心より感謝いたします。お変わり無いようで何よりです」
「セオドア王太子殿下は、相変わらず、極めて顔面指数が高いね。久々に会えて大変嬉しく思うよ」
アンドリー王太子殿下、と呼ばれた御方は、自分の白い髭を撫でた。
が、どうやら付け髭だ。
そして、「王太子殿下」と呼ばれているから王太子なのだ。
そして、その身分を隠して、西の王国からゼントランに入っている、と言うことだ。
それにしても、とマリスは思う。
(王太子と言う星の元に生まれる人は、皆様、煌煌しているものなのだろうか。このアンドリー殿下も、白髪で髭もつけているのに、なんだか……眩しいな……)
そうなのだ。
このアンドリー殿下、カツラを被って老人に扮しているようでも、身に着けている宝飾品が結構派手な上に、顔立ちも自信に満ちている雰囲気を漂わせている。
「アンドリー殿下、いいえ、大臣殿、ご高齢の身で長旅はお疲れでしょう。本日はこの砦で、ごゆるりとなさって下さい」
セオドアはアンドリーに、大臣の演技を忘れないで下さいと釘を刺して、部屋を辞した。
アンドリーは手だけでそれに応えた。
◇◇◇
さて、ご高齢の大臣を招いているという手前、砦で休ませる必要があった。
セオドアも今日は砦に宿泊する。
そして、セオドアが騎士のフリをしていると言っても、やはりセオドアの護衛は必要だ。
マリスと、それからあと二人の男性騎士が、セオドアのための寝室に繋がる前室に詰めることになっている。
セオドアは奥の間で休んだ。
このところ、アンドリーを迎えるために、セオドアは不眠不休で準備していたのだ。
その休んでいるセオドアを、夜も更けてから訪ねて来る者がいた。
扉の廊下側にも護衛騎士が立っている。
その護衛騎士が扉をノックして、部屋内のマリスたちに客人の訪れを告げた。
セオドアが休んでいることが分かっていて、それでも告げたのだ。
相応の御客人と言うことだ。
マリスが内側から扉を開けて、礼を取った。
「ふむ。ご苦労だね。それにしても……」
予想通り、やって来たのはアンドリーだった。
マリスの横を通って部屋に入ったアンドリーは白い髭を外し、手に持ってクルクル回しだした。
応接椅子に腰かけると、白髪のカツラも取った。
(お伽話に出て来る、白鳥の精のようだ)
珍しくマリスが比喩表現を使って感想を述べている。
それくらい稀有な見目の、本当に絵物語の挿絵に出てくる精霊のような人物が、マリスの前にいた。
アンドリーは浮世離れした麗人だ。
髪の色は、西の王国の王族を示すという太陽のような金髪よりも更に淡い色をしていてきめが細かそうだ。
タチアーナと同じ緑色の瞳を持っている。
マリスが事前に読んだ報告書によると、二十九歳だというから、ケビンと同年代だ。
マリスと一緒に控えの間で護衛に付いていた騎士はセオドアを起こしに行った。
別のもう一人は、お茶の用意をしている。
マリスは、セオドアが待たせている状態のアンドリーから、何か言われたらすぐ応答できるように、少し距離を取りながらも、アンドリーの斜め前に立った。
「ふむ。やはり。君、綺麗だね。最初に出迎えてくれた列に並んでたときから思ってたんだ。
私はね、美しい人を見つけるのがとっても得意なんだよ。
セオドアは分かりやすく美人だろ。
でも、君は、化粧もしていないのかな? 着飾ってもないし、やもすると、埋もれてしまうところだけど、私の眼は誤魔化せないよ」
アンドリーの言う「君」と言うのが、どうもマリスを指しているようなのだが、こんなお戯れに怯んでいては要人警護は務まらない。
マリスは何も言わずに少しだけ会釈した。
だいたいこの空間で、一番の美人様は間違いなくアンドリーご本人なのだ。
「なんか所作も綺麗だね。貴族の令嬢で剣も振るえると言うことか。さすがナターリエ王妃殿下が主導するゼントラン王立騎士団の騎士だね」
ナターリエ王妃は、アンドリーが言ったように、王立騎士団の改革に力を注いでいる御方だ。
ナターリエは、元は西の王国の王女だったので、アンドリーの叔母君にあたる。
「うんうん…………気に入ったよ。褒賞は君にしようかな」
褒賞は君に?
なんか、不穏な響きの言葉が、アンドリーから発せられた。
しかし、動じてはいけないのだ。マリスは自分に言い聞かせる。
だが、アンドリーは続けて言った。
「君、黒髪が美しい騎士君、君を私の国へ連れて帰りたい。私の傍に居て欲しい」
奥の間に続く扉が開いた。
「お待たせしました、アンドリー殿下。
ああ、すでに、カツラは外しておられますね。ここは、来る者が限られている区画ですから大丈夫ですが、外では『ご高齢の大臣』で通して頂くよう、宜しくお願いしますよ」
セオドアが冗談ぽく笑みながら、それでも早足でやって来た。
セオドアが来て、マリスはこっそりと安堵の息を吐いた。
「いやいや、セオドア殿下、急に来てすまない。実は、今回の君の提案のこと、難し過ぎるから考え直さないかと言いに来たんだよ。ところが今しがた、やる気が出て来てしまった。
だから、考え直すように言うことを考え直すよ」
「? そうですか。アンドリー殿下にそう言って頂きありがたいです。三国の未来のためには、今回の案には是非とも乗って頂きたい」
セオドアとアンドリー、二人の美しい王太子が向かい合って、にこやかな笑顔を交わしている。
何故だか、空気は冷たい気がするが。
「セオドア、西の王国は、タチアーナのことでゼントラン王国に借りを作ってしまった。その借りが有って、今回、セオドアの案を無下には断れなかった。
それでも、私としても、相当無茶なことをやらないといけないからね。だからさ、三国間の友好が得られた暁には、国にではなく、私個人にご褒美をくれないかな?」
「なるほど。その条件如何で、アンドリー殿下のお気持ちが確固たるものになるのでしたら、こちらも協力したいと思います。
ところで、どのような事柄をお望みなのですか?」
「セオドア、簡単なことだよ。
ゼントラン王国から西の王国に、一種の人的支援を願いたいと思ってね」
「……アンドリー殿下がおっしゃるのは、ゼントラン王国の、例えば、伝統的な木工細工の職人を、西の王国のアンドリー殿下の元に一定期間滞在させるようなお話でしょうか?」
「ああ、そんな感じだけど、できれば、ずっと私の傍に居て欲しいんだよね」
「? ご要望は分かりましたが、無理矢理、誰かを派遣するわけには行きません。ただ、希望者を募れば、アンドリー殿下のご所望に見合う人材は見つかるかと思いますので、善処させて頂きたい」
「セオドア、無理矢理でなければ問題ないよね?」
「……そうですね」
アンドリーが、今日一番の笑顔でにっこりと笑ったところで、セオドアも不穏な何かを感じつつ、太陽の笑顔を返した。




