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15 間違えたかと思えば

 ゼントラン王国のセオドア王太子は、ずっと自らに言い聞かせている。


「間違えない、間違えない、絶対に、間違えない、マリスには間違えない」


 マリスに王太子直属の専任騎士に就いてもらうことが出来て、セオドアは、それで何かのステージが何段か上がった錯覚に陥っていたようだ。

 自分の気持ちに気が付いてから、どんどん、想いは深くなる。

 マリスの輝きは増すばかり。

 マリスの着る、榛(はしばみ)色の騎士服の凛々しさに、顔が緩んで仕方が無い状態だった。

 理想形王太子にも魔が差す瞬間がある。

 だから、間違えてしまった。

 だから、今、呪文を唱えている。


「絶対に、間違えない、マリスには間違えない」


 ◇◇◇


 セオドアの専任騎士にマリスは復帰した。

 表向きの職務は出奔前と変わらない。

 王太子の警護、と、王太子との鍛錬、だ。


 セオドアはマリスに、「行き過ぎた行動があって不快な思いをさせてしまい申し訳無かった」と謝罪した。

 それからのセオドアは、マリスと二人きりにならないように、常に、ジャスティンかフェリクスか、他の護衛騎士かを伴うようになった。


 最近、フェリクスがちょいちょい短時間の休暇を取るので、その分、セオドアの補佐役として、ジャスティンは貢献している。

 そのことで、マリスは少しだけ思う。


(リリアーヌの恋人役を選ぶときに、フェリクスの方が良いかなと思ったけど、ジャスティンに頼んでいても、ちゃんとやってくれたろうなって、今なら分かるな)


 それにしても、時々ジャスティンが「アンコクキー、アンコクキー」と歌うように呟いているのが、若干気になるのだが。


 話が逸れた。

 ところでだ。セオドアはマリスに対して、分かりやすく、余所余所しくなった。

 武術鍛錬も、セオドアはいつもジャスティンと組むようになり、なのでマリスはフェリクスと組んでいる。

 そのフェリクスが、鍛錬の時間に抜けることが多いので、マリスは一人、剣の素振りをしている時間が増えた。


 マリスは…………そのことで、自分の中に、何か蟠(わだかま)るものを感じてしまう。

 素振りばかりしていることについてじゃなくて、フェリクスと組むことについてじゃなくて、セオドアと組まないことについてだ。


 しかも今は、西の王国から再び国賓を迎えるための準備が始まり、セオドアが見る間に忙しくなってしまった。

 タチアーナ王女のときも、セオドア主導で対応していたが、今回は、セオドアの求めに応じて相手方がゼントラン王国を訪れることから、セオドアの責務も大きいのだ。

 そのため、セオドアの武術鍛錬自体が一旦取り止めとなってしまった。


 マリスにとってセオドアは、出会う前は空想上の生き物のような、実存性のない対象だった。

 だから、突然セオドアご本人がマリスの目の間に登場したときに、王太子その人だとマリスには考えすら及ばなかった。

 それから、期せずして、一緒に過ごす時間が増えた。

 当初は何かの罰なのだとひたすら耐える時間。

 それが段々と慣れていって、とうとう……楽しい、という感覚さえもマリスの中に生まれていた時間。


 これまでだって、セオドアが何かをマリスに仕掛けてきて、マリスが驚いたり、困惑したり……ということは少なからずあった。

 でも、セオドアはいつだって、にこやかな表情を崩さず、王国の太陽たる輝きに満ちていて、マリスはとりあえず、王太子の側に居ることを許されているような気がしていたのだ。

 例えそれに、嫌がらせか何かの、理由があったとしてもだ。


 「……」


 そうだ。そうです。

 マリスは王太子の側に居ることを許されていた。そして。

 マリスも、そのことが嬉しいと感じていた。

 マリスは…………王太子の傍に居たい、のだ。


 なのに、それに気が付いてしまったのに、セオドアはマリスと微妙な距離を取るようになってしまった。


(あっちから寄って来たと思ったら、今度は離れるのって、勝手過ぎない?)


 セオドアは、王国の王太子なのだ。

 勝手過ぎても問題ないはずだが……



 マリスには、こんなときに、話を聞いてもらえる相手がいる。

 以前はケビンだったが今は、シレーヌとリリアーヌだ。


 無期限休暇のあと、マリスがセオドアの騎士に戻ると決めた際、世話になったエゼルセフ公爵にもその挨拶をして、公爵邸を辞することを伝えた。

 すると公爵からは慌てて引き留められた。

 それこそ、涙ながらに縋って留められた。

 シレーヌとリリアーヌからも滞在を伸ばすよう説得された。

 そこでマリスは、少しだけ出勤にかかる時間が増えるが、とりあえず、公爵邸から騎士の仕事に通うことを、フェリクス経由でセオドアに申し入れた。

 セオドアは、マリスが騎士に戻ってくれるならと二つ返事で許可を出した。

 

 公爵は、マリスのために部屋を整える工事をそのとき既に発注していたのだ。

 公爵はマリスを大恩人として厚遇したいと言う。

 まだまだ、もてなし足りないと言う。

 父を知らないマリスは「お父様」という存在に泣きつかれると弱い。

 なので、了承した。

 そして、王城は目の前だが、防犯上の理由とのことで、マリスは毎日馬車に乗って登城している。


 マリスの防犯? 意味あるかな……と考えてはいけない。

 公爵閣下の体面もあるだろう。

 マリスも従うことにした。

 と言うことで、現在のマリスの居所は、エゼルセフ公爵邸だ。


 ところで、ケビンは、実父の爵位を継ぐこともあって、今、忙しい。

 そんな中でも、ケビンはエゼルセフ公爵邸を訪れて公爵との面会に臨み、正式にシレーヌとの婚約と婚姻を申し入れた。

 リリアーヌの作戦も功を奏し、公爵はケビンを大変気に入って、二人の婚姻を公爵も歓迎すると宣言した。


 シレーヌはリリアーヌと協力して、まずは婚約式と、そのあとに控える婚姻式の準備に急ぎ取り掛かることになった。

 そのため二人共忙しいのだが、でもシレーヌもリリアーヌも、マリスのことは、何を置いても優先すべき事項と心得ている。

 二人にとって、今やマリスは掛け替えの無い大切な人だ。


「それでマリスは、王太子殿下が身勝手だって、感じてしまうわけね」

「マリス姉様は、ジャスティン様に自分の居場所が奪われたようなご気分なのかしら」


「……二人共、私の拙い説明で、だいたい事情が分かるのね。さすがだわ」


 マリスが言ったので、シレーヌとリリアーヌが笑った。


「だって、マリスって分かりやすいから」


 そう言って、また笑い合う三人は、今、ドレスを着てお茶を飲んでいる。

 シレーヌとリリアーヌは分かるのだが、マリスもドレスを着せられている。

 夕食時、都合が合えば公爵も同席するのだが、その際はドレスを着て欲しいとシレーヌからお願いされた。

 確かに、それがマナーだろう。


 それに以前、国賓の警護の際に、女騎士のサーラ副隊長が、必要に応じてドレスを着ていたのをマリスも見ている。

 盛装することもあると聞いた。

 マリスも、今後の騎士の務めのために、ドレスの経験は積んでおくべきだと考えた。


 だいたい、ドレス自体も、公爵家が既に何着も用意してくれていた。

 以前、マリスは城下で、成り行き上とは言え、令嬢のドレスを試着したことがあり、以降、その店で誂えられたマリスのドレスはサイズもぴったりだった。

 その上、マリスに合わせてか、比較的動きやすいデザインが選ばれていた。


 なので、夕食に限らず、公爵邸でのマリスはドレスを着用している。

 マリスは、筋肉を使うことに関しては、何事も勘が良い。

 子供の頃から仕込まれた所作もあって、結構、様になっている。

 もちろん、早朝に、騎士の訓練服での鍛錬も続けている。


 そう言えば、フェリクスが公爵邸を訪れた際に、マリスは、ドレス姿でフェリクスを出迎えたこともある。

 フェリクスは言っていた。


「セオドアも、今日のマリスのドレス姿を見たかったでしょうね。私が見たって言ったら、がっかりしそうです」


 マリスは考える。

 セオドアが本当にマリスのドレス姿を見たがるだろうか。

 タチアーナの城下散策のときにも、ドレス姿のマリスがセオドアの目にも入ったはずだ。

 しっかり見られたような気がするが、セオドアは覚えているだろうか。

 あのとき、ほんの僅かな時間だけだったが、セオドアにドレス姿を見られて、不思議に、むず痒いような気分がした。


 自分の膝をすっぽり隠すスカートの滑らかさを感じながら、マリスは知らずに頬を染めていた。

 シレーヌは、誰かを想ってだろう、マリスがそうなっていることに気が付いた。


(順調だわ。一見間違ったと思ったことが、実は次の何かに繋がっているのね。

 ちゃんとマリスも殿下の方に気持ちが向いている。

 このままいけば、二人は、お互いの唯一になれるのではないかしら)

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