14 バレたかと思えば
ここは、ゼントラン王国の王都から東の地域へ向かう街道沿いの拠点のひとつだ。
そこそこ賑わった街で、まあまあ大きな宿もある。
その街の職業相談所の建物に、黒いローブを頭から被った小柄な人物が入館してきた。
黒いローブの者は、二階の掲示板に貼られた求人票を見ているふりをしながら、来館者の話に耳をそばだてていた。
その中で、王都にある王立騎士団本部の施設清掃員として採用されたという女性が、連れの女性と話しているのが聞こえた。
「んー、困ったわ。行きたくない!」
「とにかく清掃員の仕事が決まったんだから、そんな顔しないで」
「あー嫌だ嫌だ、王都の王立騎士団で、女騎士の施設って言ったら、あの、アレの、麗しの王太子様の顔に泥を塗った、あの騎士もいるところでしょ! そんな場所に行きたくない!」
「仕方ないじゃない、王立騎士団って聞いただけで、あとは書類ををちゃんと読まずにサインしちゃったんでしょ」
「そうだけど、今から断ったらダメかな?」
「サインしてたらダメでしょ。紹介してくれたあなたの兄さんの面子が潰れるよ」
「ねえねえ、突然ごめんなさい。その話なんだけど……」
話をしていた二人組の女性の前に、黒いローブを着た、小柄な女が現れて、清掃員の仕事を譲り受けたいと申し出てきた。
そして、『生き別れの妹が女騎士になったはずだが、他の家族には知られないようにコッソリ探しに行きたいのだ』と説明を受け、清掃員に就くはずだった女性は、ローブの女に仕事を譲って、十分な金も貰った。
渡りに船だ。双方、円満に取引が成立した。
目的を果たし、黒いローブを纏った女が、外に出ようと階段を降りてきて、一階のホールに着いたところで、職業相談所の玄関扉がまた開いた。
そして今度は、グレーのローブを頭から被った者が入館してきた。
相談所の中には何人も人がいたが、たいして寒い日でも無いのに、ローブを頭から被っている人物は、黒いローブの女と、入って来たグレーのローブを着た人物の二人だけだった。
「あっ」
自分と同じようなローブ姿の人間がやって来たことに気を取られて、黒いローブの女と、その後ろから階段を下りてきた男性の肩とがぶつかった。
はずみで膝を付いたときに、黒いローブの女のフードが外れて、フードの中から赤銅色の髪が零れ出る。
(しまった!)
赤胴色の髪の二十代と見える女性が、視界にいる人間の数を数える。
ここに居る者は、このゼントラン王国ではあまり見ない髪色に気付いたかもしれない。
数えているのは、始末しないといけない人間の数を確認するためだ。
(一、二、三、四、結構いるわね……八人)
数えているのはジーナだ。
西の王国から、王女タチアーナの侍女「ニーナ」として、策略を講じるためにやって来たジーナだ。
どうやら東の王国出身の工作員で、もしかしたら、老王の血を引くかもしれないというジーナだ。
これまでは、東の王国の王族を示すという赤めの髪をチョコレート色のカツラで隠していたのだが、逃亡中に、そのカツラを紛失してしまったのだ。
王都なら、女性用のカツラも手に入るが、この辺りでは難しい。
それにこの赤髪、染料ではほとんど染まらない性質なのだ。
仕方なく、ジーナはフードで髪を隠していたのに、その大事なフードが外れてしまったのだ。
ジーナは、動揺を隠し、さりげない風を装ってフードを被り直した。
「大丈夫?」
なるべく目立たぬ様に立ち上がったジーナに、声を掛ける者がいた。
普通に立ち上がったのだから、知り合いでも無いのに、わざわざ声を掛けてこられて、ジーナは面倒な心持ちになる。
この声を掛けてきた人物から最初に始末するか。
「大丈夫です。お気遣い頂きありがとうございます。
すみません、眩暈がしてしまって。
この建物の裏手に少し休めるところがあるので、迷惑ついでに、そこまで連れて行ってもらえないでしょうか」
「ああ、眩暈? だったら、いい薬を持ってるわよ。
私、夫のお陰もあって薬にはちょっと詳しいの」
ジーナを気遣って声を掛けてきたのは、グレーのローブを被った、女性だった。
ジーナよりは年上に見えるが、ローブをしっかり被っていて顔がよく見えない。
「とにかく、ここに腰かけた方がいいわ」
ジーナが始末しようとしたグレーのローブの女性は、ジーナの言うことを聞き流して、壁際に置いてあった椅子にジーナを座らせた。
女性は相談所の職員に、椅子の使用を断りに行っている。
ジーナは小さな動きで、辺りを見回した。
外は曇っているし、夕方近くで薄暗い。
それに、皆忙しいからか、ここが街道沿いで様々な人が行き交う場所だからか、ジーナの髪に注意を向けた者は、とりあえずいなさそうだ。
ジーナの髪は、ゴルドほど鮮やかな赤ではない。
バレたと思って焦ったが、意識し過ぎることもないはずだ。
一呼吸して考える。
誰かを始末するということは、完璧にやらないといけない。
騒ぎの種をまけば、自分の居場所を知らしめる懸念も生じる。
髪を見られて冷静さを欠いたが、下手な動きはしない方が得策ではないだろうか。
ジーナは思い直す。
それにしても、ちょっとぶつかって膝を付いただけなのに、グレーのローブの女性は、ジーナに構い過ぎだ。
ジーナはさっさとここを出るべきだったのだろう。
もう用事は済んだのだ。
ジーナは王都で王城に潜り込む伝手を探して職業相談所にやって来たが、首尾よくそれを見つけることができたのだから。
ジーナは、襲撃事件に失敗して、王都からすぐに逃走した。
当初は、セオドア王太子を襲った事件だけが失敗したものだと思っていたが、タチアーナを巻き込んだ違法薬物疑惑も、薬物を取り仕切る組織も暴かれてしまった。
しかも、ゼントラン王国でジーナの手足として働くはずだったザルノール公も姿をくらました。
ジーナは、予備で隠しておいた資金を使ってなんとか逃亡生活を送っている。
今朝方に、手下として使っていた兵隊にも、自害という処分を言い渡しておいた。
作戦は失敗したのだ。
しばらく目立つ荒事は仕掛けられない。
今は、兵たちなぞ維持する余力が無い。
皆で助け合ってこの苦境を乗り切る、というような信頼の情は、ジーナたちには存在しない。
ジーナと兵との関係性においては、彼らを自害させるほかないのだ。
(兵などいくらでも替えがきく。今は邪魔なだけだわ)
ジーナの瞳の闇が広がる。真っ黒だ。
「大丈夫?」
また、あのグレーのローブの女性がジーナに声を掛けた。
「ええ、お陰で気分はだいぶ良くなりました。少し休んだら帰ります。お気遣いありがとうございました。それでは」
ジーナはそう言って、話を切り上げようとした。
「眩暈……もだけど……あなた、その、困っているのではないの?
……そうかなって思ったから、それで、声を掛けたのよ」
グレーのローブの女性は、持っていた鞄の中から、透明な瓶を出した。
そこには、いくつかの紙の包みに小分けされた、なんだろう、薬のようなモノが入っていた。
女性は、その包みを四つほど取り出して、何かのメモもまとめて古布に包んでジーナに渡した。
ジーナは言った。
「これが、眩暈に効く薬ですか?」
「……そうね、あなたの役に立つといいのだけど……
私、用が終わったので、失礼するわ。じゃあね」
そう言ったグレーのローブの女性は、相談所に入って来たばかりだと言うのに、そのまますぐに去ってしまった。
ジーナは何度か周囲を見渡して、誰もジーナに気を留めていないことを確かめてから、ゆっくりと建物の外に出た。
ジーナは別に眩暈で困ったりはしていない。
もらった薬を捨てようと道の端に寄って、古布を開いた。
中のメモには、薬の飲み方についての説明が書いてあるのだろうか。
ジーナは一応とメモを開いて見てみた。
そこには。
「これは、普通だと染まらない赤い髪を茶色に染める特別な染粉です。使い方は……」
と書かれていた。
東の王国で王族にだけ現れると言う赤髪。
染めることが難しい赤髪。
それが染められる特別な染粉。
(しまった!)
グレーのローブの女は、ジーナの髪色のことに気付いていた。
しかも、それが「隠したい」ことだという認識も持っていたようだ。
(これは! やっぱり、この人、始末しないと!)
ジーナは、辺りを見渡したが、既にグレーのローブの女はどこにも見つからなかった。




