13 一人かと思えば
爵位を賜り、シャール・ソードフェン伯爵になってしまった剣士シャールは、領地の一つであるシャールの故郷を目指して王都を発った。
シャールは王の謁見が終わったその足で一人、すぐに出発したのだ。
街道を行く途中で宿に入ったシャールは、宿の食堂で、くり抜いた木の器に入ったものをごくごく飲んでいた。
そこそこ賑わった街の、まあまま大きな宿だった。
結構な人が集まっている。
そのシャールに、足音を立てない歩き方で男が近付く。
シャールは、しかし、気配にも敏い。
男の腕を捻り上げた。
「ぃ、ぃ、ぃたぃっ、シャ……さ……」
男は大声を出すのを我慢した。
男の方こそ見つかったらまずいからだ。
シャールは覚えていた。
この男、ジーナの手下の一人だ。
「おまえ、よく俺の前に現れてくれたな! お前は少し罰を軽くしてやろう。だから他の仲間の居場所を吐くんだぞ」
シャールは怖い顔で言った。
男は、縮み上がるでも、ふてくされるでもなく言った。
「シャール様、助けてください。私も仲間も、罪を認めます。だから助けてください」
「そんな言葉にはもうだまされないぞ。
前も、『ゴルドが命を狙われているから鍛錬して欲しい』とか言って、おれに罪の片棒を担がせたじゃないか!」
「違うんです。今度こそ嘘ではありません。私達はもう、東の王国には帰れません。帰ったら殺されます。この国にいても、見つかったら、自害させられます」
東の王国の兵は、敵の捕虜になりそうになった場合に備え、毒を携帯している。
自死するためだ。
「シャール様、私と仲間の多くはこの街に潜伏しています。この街から出た仲間もいますが、やつらは東の王国に戻ると言っていたので、見つけることもできます。
でも……先日、私の前にジーナ様が現れて……全員、即刻、自害せよと……」
ジーナが容赦のない人間だとシャールも知っている。
そうか、ジーナは今も、闇の中にいるのだ。
「シャール様、私は、私は、国に妻を残して来ました。妻は子を産んだはずです。
私は、もう、その子に会うことはできないでしょうが、それでも、遠くから、その子のために、何かしてやりたい。
ゼントランの囚人は労役で給金が貰えると聞きました。私が受ける罰がどのようなものになるかは分かりませんが、叶うなら、残りの人生をゼントラン王国に尽くして、国にいる妻と子を少しでも助けたいと思います。
だから、どうか、どうか、私と仲間を、ジーナ様から助けて下さい!」
シャールの兄ソードは、病の為に、自分の子であるマリスが生まれ出る前に亡くなっている。
ソードは、無念だったと思う。
今の、この男の話に、ソードのことが少しだけ重なった。
シャールは、甘いと思ったが、この男の頼みを聞いてやることにした。
とにかくシャールには、今、やらなければならないことが二つある。
その一つが、シャール自身が指南した賊を全員捕らえることなのだ。
シャールは、小さなため息をついてから、宿の主人に頼んで作ってもらった白っぽい飲み物を飲み干した。
◇◇◇
シャールが、ゼントランの東の端にあるシャールの故郷に到着したとき、故郷の人々から、マリスの母マリ―アが不在であることを聞かされた。
マリーアは一人、王都に向かったらしい。
マリーアは大丈夫だろうか。
マリーアは赤い髪の秘密を隠すために、目立たぬ様に生きてきたのだ。
しかし、とにかくシャールには、まずやることがあった。
シャールは、一人の従者を連れている。
この者は、王都からの旅の途中から従えて来た者で、元は王都で騒ぎを起こした賊の一味だ。
この従者、本当に不本意なのだが、シャールの弟子と言えなくもない。
そしてこの従者が、賊の仲間の内、母国へ戻ると言った者たちを追って、シャールをここまで連れて来ている。
二人は、賊の仲間内だけが知る移動経路の目印を見つけては辿って来たのだが、なんとそれで、シャールの本来の目的地に到着することとなったのだ。
本来の目的地、つまりシャールの故郷だ。
この元ジーナの手下、トマスは、街道沿いの宿場街で仲間たちと潜伏していた。
そして、そこにいた仲間でトマス以外の全員が、秘密裏にゼントラン王国の牢へと『保護』されている。
シャールは、その街の役人経由で、ティーガーに手配を頼んだ。
一方で、残る仲間を追って、結果、故郷に着いたシャールだが、奴らは国境を越えて東の王国に入る経路に、この近くの森を選んだと見て良さそうだ。
こっちも捕らえれば、シャールの目的の一つは果たされる。
先ほどまで、道端で何かを探していたトマスが、また、なんでもないような木に付けられた仲間の残した目印を見つけた。
その目印とは、一見すると意味など無いようなものだが、模様のある釘を三本、等間隔にならべて家屋や生えている木などに打ち付けておくと言うものだ。
釘はごく新しいものだった。
目印が打たれてから、それほど日数は経っていない。
それにしても、シャールの故郷は長閑な場所だ。
まとまってよそ者が入れば、目立つはずなのだが……
「おーい、シャールー、久しぶりだなー」
道の向こうから、荷車を馬に引かせて歩いて来た男性数人が、シャールに声を掛ける。
ティーガーがシャールの叙爵祝賀会を開いて広く世に知らしめると言っていたのに、シャールは、王との謁見後すぐに王都を発っている。
この辺りの人々も当然、シャールの叙爵のことをまだ知らない。
シャールも気軽に返答する。
「おー、久しぶり。んー? なんだ、その荷物」
シャールに声を掛けた者たちは、荷車の荷台に食料を運ぶ木の箱を大量に乗せていたのだ。
「あー、今、代官の館に旅役者の一座が来てて、そこに届けた帰りなんだ。
なんでも、たくさん食べる一座だそうだ」
シャールがチラッとトマスを見た。
トマスが微かな動きで頷いた。
この辺りは、森を挟んで東の王国と接している。
しかし、その森には獰猛な狼が生息していて、人間の行き来が阻まれているのだ。
この辺りの狼は大型で、獲物を巣に持ち帰る習性がある。
だから、国境を超える目的で森に入った人間は、狼の獲物になって巣へ運ばれることで、国境を越えられる可能性があるのだ。
昔、赤子のマリーアと一緒にいた老女がそのようにして東の王国からやって来たと見られている。
もちろん、狼にとって獲物とは食料だ。
マリーアは生きていたが、これは普通ではあり得ないことだ。
だが、トマスの仲間は、何人かが生き残る僅かな可能性に掛けて狼の森を抜け、国境を越えようとしているのだろう。
代官の館で騒ぎを起こせば、巻き込まれて怪我をする者が出るかもしれない。
シャールとトマスは顔を知られているため、『旅役者の一座』が代官の館から出発する直前まで、そこには近付かないことにした。
そして、代官の館で旅役者の上演会が催され、大変な好評を博したと言う話がシャールにも届けられた。
故郷を飛び出した主人公が、戻って母と再会するという演目に、聴衆は大いに涙していたらしい。
旅役者の一座は、報酬の代わりに提供された食糧でしっかり腹ごしらえをしてから、翌朝、代官の館を発つということも聞いた。
シャールとトマスは、日の出に合わせて仲間たちが森に入ると目星を付けた。
旅役者を装う賊たちは、作戦に失敗した上、責務を放棄しているのだ。
東の王国に戻ったところで、見つかったら処刑は免れない。
それでも、狼の森を抜けると言う無謀な賭けに出るくらい追い詰められた者たちだ。
素直に言うことを聞いてくれるかは分からない。
シャールとトマスは、夜が明ける前に、代官の邸をこっそり訪ねた。
邸の使用人はシャールの知り合いだ。
「旅役者一座なら夜中過ぎに出発して行ったぞ。なんだか急いでるみたいだった」
「なんだって!!」
(まさか、明るくなる前に森に入ったのか?)
それでは狼の餌になりに行くようなものだ。
シャールはトマスと急ぎ森の入口まで馬を駆った。
そこは、木に打たれた賊の目印を確認していた場所で、そこからトマスの仲間が森に入るのだろうと推察できていたからだ。
「何か聞こえる」
シャールは呟いた。
森の中は鬱蒼と木が茂っており、馬を走らせることも出来ない場所だ。
そしてこの森の主は狼だ。
絶対にそれを忘れてはいけない。
シャールは、四方八方に気を巡らせながら、しかし、ものすごい速さで森に駆け込んでいった。
しばらく進んだところで、木々が途切れ、少し開けた荒地が見えるところまで来て、シャールは近くの木に登った。
トマスは付いて行くのがやっとだったが、しかし、訓練された者だったので、なんとかシャールに追いついて、同じように木に登った。
そこから見えたのは……
そこから見えたのは、シャールが以前、武術講師として指南した、東の王国の兵士たちが、狼たちに引き摺られて行くところだった。
狼も何頭かは、剣で切られて倒されている。
しかし、狼はすぐに仲間を呼ぶことができるのだ。
勝敗は明らかだった。
(やっぱり、暗いうちに森に入ったのか!)
トマスの仲間だった、東の王国の兵士たちは、一か八か、夜が明けるより前に森に入ることで、大きな森を通り抜けるための時間を稼ごうと考えたのだ。
シャールは、木から降りた。
周囲はようやく明るくなってきていた。
そして、シャールは思いっきり走って、ここからなら届くという場所から、手に持っていた袋を狼の群れに向かって遠投し、再び走って戻り木に登った。
袋には、狼が嫌う、刺激臭のする粉が入っていた。
狩った獲物の数が多くて手こずっていた狼たちは、森の奥の方へと去って行った。
シャールとトマスは、狼が残していった、トマスの仲間の元へと近付いた。
動きのある者が……一人もいない。
「ト……マ……」
一人いた。
でももう、息をするのもやっとのようだ。
シャールが憤る。
「なんでこんな無茶なことを!」
「ど……こ……い……ても……しぬ……う……めい」
失敗した東の王国の兵士に、生き残るすべは残されていない。
最後の一人も、完全に動かなくなった。
シャールは、これで残った賊を全員捕らえたことになる。
しかし、マリスが以前言ったように、救国の英雄になった気持ちには、どうしてもなれなかった。




