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12 祝いの言葉かと思えば

 話も時間も、だいぶ巻き戻る。



 本日、ゼントラン王国で新たに叙爵される人物がいる。

 マリスの叔父、シャールだ。

 シャールはソードフェン伯爵となって、領地も飛び地で複数賜る。

 領地自体はそれぞれ大きいものでは無いが、ゼントラン王国のほぼ東西南北に散らばっている。

 そして、領地には東の王国との国境線を有するマリスやシャールにとっては故郷である地域も含まれている。


 今回、東の王国の老王の元へシャールが連れて行かれる危惧があった。

 老王は本当にしつこくシャールを得たがっている。

 老王は、自国にシャールを迎えるために、爵位も領地も用意していると言う。


 そこで、剣の天才、生ける伝説としてその存在を知られていたシャールを、母国ゼントラン王国に留めるために、以前にも上がった叙爵の案が、ようやく今日、施行されるのだ。

 その上、シャールの兄で、マリスの父であるソードの名前がシャールと共に、名誉を受けることになった。

 実は国の内外で、シャールではなく「ソード」が、天才剣士の名として広く知られているため、「ソード」の名を残したのだ。


 二十年ほど前にも、叙爵のような話はあった。

 そのときはシャールも、どこかの国や地域や立場に縛られることを億劫がり、話が途中で立ち消えになったことに、シャール自身は安堵していた。

 しかし今回は、ティーガーの差し金か、ゼントラン王国の中で飛び飛びの地領をもらえることになり、シャールがあちこち放浪する場所と理由も作られた。

 シャールとしても仕方ないかと感じている。


 そもそも、国家に歯向かう賊に、知らずにとは言え、武術指南していたシャールなのだ。

 まだ、汚名返上のために逃げた賊たちを捕らえることもできていない。

 せっかく王立騎士団の騎士になれた姪のマリスを、辞職させてしまった。

 とりあえず国王から言われたことには、「ありがたき幸せ」で答えようと、シャールは決めている。


 シャールにはティーガーが付き添う。

 作法もティーガーから指導を受けた。


 それにしても、マリスも、ケビンも、側にいない。

 謁見の間に入らないまでも、控室ぐらいには付き添ってくれてもいい気がする。

 本当にそう思う。

 あの二人はシャールの弟子たちで、さんざん可愛がってきたのに、シャールの緊張にも、一応の晴れ舞台にも、寄り添ってくれないなんて薄情すぎる!


「ソー……じゃない、シャール、二人から手紙預かってるからね」


 控室でティーガーがシャールに二通手紙を渡した。

 早速、シャールが分厚い方の手紙を開封した。


「親愛なるシャール……」


 手紙の一つはケビンからだった。

 シャールはもう、三行目ぐらいから泣いてしまう。

 ケビンは、これまでシャールにとても世話になったことを丁寧に書いていたのだ。


 貴族の庶子だったケビンは、幼少の頃に、父の正妻から冷遇された母と二人で身を隠すように逃げたのだ。

 そのことで辛い時期を経験している。

 それでも、王立騎士団の騎士になれたこと、今は騎士団の任務に鋭意あたっていること、そして、自分の人生の目標のために邁進できていることも含めて、全て、シャールとの日々のお陰だと、流麗に書き連ねてあった。

 そして、シャールの栄誉を誇りに思うことと、職務のために王都を離れていてシャールに付き添えないことの詫びも記述されていた。

 さすがケビン。さすが愛弟子。


 ティーガーに貸してもらったハンカチで、涙と鼻水を拭ったシャールは、二通目の手紙を開封した。

 こちらにも祝いの言葉が書かれているのだろう。

 案の定、マリスのしっかりとした筆圧の強い字が目に入った。


「親愛なるシャール、

 国王陛下から何か賜ったら、今度こそお母さんに気持ちを伝えてください。

 以上、マリスより」


 シャールは、膝から、崩れ落ちそうになった。

 今、それ、言う! いや、今だからか…………


 これまで、マリスがずっとシャールに言いたかったことを、シャールも分かっていた。

 故郷にいる頃、シャールが旅に出発するという日の朝、幼かったマリスはシャールの服の端を掴んで、「…ぅかないで、おとぅ……」と微かな声で言いかけて止めて、そして手を離すのだ。

 そんなとき、シャールはいつも、聞こえなかった体裁で曖昧に微笑んできた。

 でも、マリスがシャールをどう呼びたかったのか、シャールも気付いている。

 それにしても、マリスも、シャールがずっと、マリスの母を想っていることを知っていたのか。


 いやいやいやいや。マリスの母以外、全員が気が付いているのだ。

 そもそも、マリスの母に求婚する権利をめぐって、マリスの父であるソードと、ソードの双子の弟であるシャールで、昔、決闘したのだ。

 そしてソードがシャールに勝って、その後、ソードはマリスの母と結婚した。


 しかし、ソードとマリスの母との幸せな時間は長くは続かなかった。

 ソードは、マリスがまだ母のお腹にいる頃に、病で天に召されている。


 ソードが居なくなったのだから、次はシャール、というわけにはいかないだろう。

 マリスの母は亡くなったソードを想い続けている。

 例え、父を知らないマリスがシャールにこそ父の面影を見ているとしても、ソードの位置に、双子のシャールが撞球のように入れ替わることは、してはいけないことなのだとシャールは思っている。

 ソードの代わりを自分が務めることは、ソードへの裏切りなのだと。

 ……いや、それは言い訳で、シャールは自分が、ソードの代理品になることが……


「はー、ここも拗れてるもんねー、シャール、あなた、この先二十年後も、やっぱり拗らしているつもり?」


 くっきり読みやすいマリスの文字が目に入ったティーガーが、項垂れているシャールに問いかける。

 ソードはシャールの双子の兄で、ライバルで、ソードにだけは天才剣士シャールも敵わない。


「シャールさ、結局のところ、マリーアからどう見られるかが……怖いのね」


 マリーアはマリスの母親だ。

 マリーアはソードとシャールの両親が、東の王国との国境線となっている森で拾ってきた赤子だった。

 側には元は上等だったろう衣服を着た老女が倒れていたが、老女はもう冷たくなっていた。

 国と国との境にあるその森を、人が通り抜けることはできない。

 この森の主は人間ではなく、大型の狼だからだ。

 人を寄せ付けない場所だった。


 赤子が無事だったのは奇跡と言うほかない。

 赤子も大変に質の良いおくるみを着せられていた。

 そして赤子は、鮮やかな赤い髪をしていた。

 東の王国の王族が珍しい程に鮮やかな赤髪を持つと言う噂話はゼントランでも知られていた。


 見るからにわけ有りの赤子だったが、ソードとシャールの両親は、その赤子を自分たちの子供として育てた。

 幸いにも、どこからも追手のような者は来なかった。

 そのため、そのマリーアと名付けられた赤子は、ソードとシャールの妹分としてすくすく育つことが出来たのだ。

 成長に伴って、マリーアの髪の赤さも目立たなくなり、うなじの内側の方に少しだけ、赤髪が残るぐらいになった。

 そしてこの髪色のことを知る者は、今ではマリーアとシャールだけだ。

 マリーアの髪の赤い部分は、専用の薬草で染められていて、今も隠されている。


 マリーアは、大らかで温かい女性だ。

 シャールにとってマリーアは、好きだとかどうだとか、もう、どんな言葉も当てはまらないぐらいに特別な存在だ。

 そのマリーアから、シャールの中に、マリーアの最愛のソードの面影を見出そうとされたら……シャールは……


「マリーアから、ソードの代わりとして見られるの、耐えられない?」


 ティーガーもシャールと同じことを考えていたようだ。


「でも、シャールの好きな人は生きているのよ。それなのに伝えなかったら、後悔しない? 会えなくなってから、その想いを伝えようとしても遅いのよ」


 ティーガーがシャールに優しく言った。

 ティーガーが想いを伝えたかった相手は、もうこの世の人ではない。


「もう良くない? さんざん、あちこちで『ソード』って呼ばれてきたんだから。

 マリーアが間違って『ソード』って呼んだとしても、笑って応えてあげればいいじゃない」


 ティーガーは少し声を震わせていた。



 謁見の間に参上したシャールの面前には、国王ステファンの唯一の妃として悠然と微笑んでいるナターリエ王妃と、そして、分厚い眼鏡を掛け、俯き加減で顔色も宜しくないステファンとが、王座に掛けていた。

 王妃は大変にこやかで、対して国王は、なんだか顔が引きつって? いる。

 それにしても。


(王妃殿下でしたかーーーー)


 昔、剣術大会で苦戦した幻の女剣士が目の前にいることに気が付いたシャールは、最大の敬意を持って王家への忠誠を誓い、そしてシャールは、やり残した仕事に取り掛かることにした。

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