11 二人かと思えば
さて、マリスとシレーヌの侍女が、しばらく甘いお菓子は食べられなくなったというのに、シレーヌとリリアーヌの二人姉妹の父、エゼルセフ公爵は食欲もすこぶる旺盛らしい。
今、エゼルセフ公爵邸の食堂では、公爵とその娘たちが、一緒に晩餐を取っているところだ。
「マリス、この貝は公爵家の領地で採れたのだ。王都では中々手に入らないものでね。マリスに食べてもらえると嬉しいよ」
自身もその貝を頬張りながら、ニコニコ顔で公爵は言う。
そんな人でしたっけ? というぐらい、好々爺の顔をしている。
それも仕方が無いだろう。
長く懸案事項だったことが解決するだけでなく、望外の幸運に恵まれそうなのだ。
公爵は上上上機嫌だ。
(リリアーヌは、王太子の側近に嫁ぐのだ!)
願っても無い良縁だ。
次代の王の近くに侍ることが確実な、王家の信頼も厚い侯爵令息にリリアーヌは嫁ぐのだ。
リリアーヌには婿を取るつもりだったので、公爵家から出てしまうことには寂しさを感じるが、何も王太子妃になるわけでは無い。
会いたいときには会えるのだ。
第一、リリアーヌが望んでいる、という事実の方が重要だ。
リリアーヌとその令息は、揃いの眼鏡で公爵の前に現れた。
いつの間にと思ったが、二人で頬を染め合って大変仲の良さそうな様子だった。
こっそり、二人が手を繋いでいるのも、公爵は見逃さなかった。
高位貴族同士の婚姻としては珍しいほどに、二人が幸せな家庭を築く未来が見える。
(シレーヌは、公爵家に残ってくれる!)
こちらも願っても無いことだ。
シレーヌが王太子妃になれば大変名誉なことには違いないが、大切な娘シレーヌと、めったに会えなくなってしまうところだったのだ。
父娘という関係性も無くなって、公爵はシレーヌの臣下として、遠くから仕えるだけの存在になるはずだった。
しかも、セオドア王太子の妃と言う立場は、命の危険性と隣合わせなのだ。
高位貴族としての役目を果たすためだと、そんな死地に赴くような覚悟で娘は輿入れするはずだったのに、シレーヌはこれからも公爵家に、父の側に留まってくれると言うのだ。
しかも、婿でも構わないとシレーヌに求婚してきたのは大変優秀な青年だった。
爵位持ちで血筋も問題無いが、そんなこと以上に、国王や騎士団団長の信頼も勝ち得ていると言うではないか。
事情があって地領は持っていないが、公爵家にいっぱいあるので問題ない。
煩わしく何か言ってくるような親族がいないと言うことの方に、より価値がある。
親族は、いるにはいるが、口を出せるような立場を失っているのだ。
青年の血縁者が罪を犯したことでそうなっているが、まさにその事件で、青年は王から直々に褒賞を得るという功績を挙げている。
様々考慮しても、エゼルセフ公爵家の将来にとっては間違いなく良縁だ。
何よりこの件も、シレーヌが心から望んでいる、という事実の方が重要だ。
(そしてマリスを我が家の養女にして、マリスを王太子妃にするのだ!)
マリスを公爵家の長女に据えるのだ。
王太子自ら王に願い出て、専任騎士なる役職を創設したらしいが、王太子の魂胆は見え見えだ。
シレーヌもリリアーヌも、間違いないと言っている。
マリスは、王太子に怪我を負わせた不届き者だと思われていたが、その王太子から望まれているのだ。
ガタガタ言ってくる貴族家の口は、我が公爵家で塞いでやろう。
そしてマリスが、シレーヌと公爵家を救ってくれたことに報いるのだ。
もちろん、公爵家から王太子妃を出すと言う従前からの望みも叶えられる。
今現在、客間にマリスを滞在させているが、このまま公爵家にいてもらう為に、令嬢マリスの部屋も誂えているところだ。
そうだ。この歳になって、娘が一人増えるのだ。……増えるのだ!
あとは、王太子の専任騎士という立場から、いつ公爵令嬢という立ち位置に持ってくるかだ。
近頃は、シレーヌが見立てたドレスをマリスは着用して、皆で夕食を共にしている。
マリスは「練習」と言っているが、王太子妃になるための「練習」だな。
何よりマリスなら、王太子妃になっても、王妃になっても、暗殺者を返り討ちにしてくれるだろう。
それどころか、王太子の身まで守ってくれる。
現王妃も武芸の誉れが高い方で気が合うことだろう。
王妃が気に入れば、王が文句を言うことも無い。
ある意味、マリスはこの世で一番の、王太子妃適任者だ。
しかも、こうやって一緒に食事をしていても、マリスの所作は悪くないのだ。
平民出身のはずだが、幼少期より指導を受けていたらしい。
王太子妃にとなると、更なる教育が必要だとは思うが、素地があるのと無いのとでは雲泥の差だ。
それに、我が家には、シレーヌと言う打って付けの教師もすぐ傍にいるではないか。
(こんな幸運に包まれて……どうして浮かれないでいられようか!)
公爵は、貝の料理のお代わりを給仕の者に言い付けた。
そのとき、公爵の、パンパンに膨らんでいたお腹の上にあった上着のボタンがポーンと弾けてとんだ。
マリスとシレーヌとリリアーヌで顔を見合わせて、そして公爵の娘三人が笑い出した。
(なんて、なんて、なんて、暖かで幸せな世界なんだ!)
公爵は、嬉しさに涙を滲ませる。
そこで上品に微笑んだマリスが諭すように公爵に言った。
「エゼルセフ公爵家は今後ますます栄えることでしょう。
そのためには、公爵閣下が健康を維持することが何より大切ですよね。
さあ閣下、食後は汗を流しましょう。
まずは、公爵邸の庭を二十周ぐらい走りますか?」




