山形温泉旅館殺人事件⑦(密室の謎と物的証拠)
のり子達は密室トリックを暴くため、真夜の部屋に向かった。のり子はまず入口のドアに着目し、次に部屋の鍵が見つかった場所を確認して一つ息を吐いた。峻が殺害された後に一通り確認済みだが、何か見落としがないか改めてチェックしたのだ。
「ドアは外開き、オートロックではなくて鍵穴に鍵を差し込んで開けるクラシックな構造。内側から鍵を開けたり閉めたりするのも、ツマミを回すオーソドックスなもの……」
「鍵そのものもクラシックな形のものに見えるが、複製は難しいタイプらしい」
「となると、合鍵は使えないですね。最も、今回は恐らく衝動的な殺人でしょうから、仮に合鍵を作れるタイプだとしても作る暇はなかったでしょうが」
「え、どうしてそうなるの、のり子」
「凶器が、峻さんが旅館側から借りた果物ナイフだからだよ。計画的なら事前に凶器を用意しておくものだけど、今回は峻さんがたまたま借りたものを使ったわけでしょ? つまり、峻さんが果物ナイフを借りた後で犯人は殺害を決意したってことになる」
「あ、そっか」
都子はのり子の説明に納得したようだった。米沢刑事は静かに頭を縦に振っている、彼も気づいていたということだろう。
「なので、トリックそのものは大掛かりなモノではないってことになります。それこそ、この旅館にあるものを使ったシンプルなトリックかと」
「なるほど。しかし、言うは易く行うは難し、それが分からないから苦労しているっぺが」
「そうよね。オートロックなら扉を閉めれば勝手に鍵がかかるけど、そうじゃないから外から鍵を使わないといけないし」
「その鍵が部屋の奥にある、真夜さんの鞄の下にあったんだもんねえ」
「そういうこと。入口の近くにあったのなら、ドアの下の隙間から投げ入れるなり長い定規を使って押し込むなり出来るけど、そうじゃないわけで。そもそも」
「この旅館の客室の入口のドアの下の隙間はほぼ無い。鍵自体はおろか、紐すら通らないから、紐を使って鍵を送り込んだり外から紐で鍵をかけるという手も使えないし、だべ?」
「おっしゃる通りです、米沢刑事」
のり子を含め、4人全員が頭を抱えた。つまり、オーソドックスな密室トリックは構造上使えないということ……のり子は改めて状況の難しさを感じた。
「ああもう、何とかならないの? このトリックさえ解ければ、真夜さんが犯人じゃないって証明できるのに」
「実は……密室にするだけなら手があるんだけどね」
「え……そうなの、のり子ちゃん!!??」
「はい、この旅館にあるものを使った、シンプルなやり方で」
「教えてもらって良いべか、河澄さん」
のり子は頷き、米沢刑事に依頼して準備を整えてもらった。仕掛けに使う道具を確認した後、のり子は順を追って話し始めた。
「まず入口のドアの鍵のツマミに紐を括り付けて、反対側の紐の先にそれなりの重さの氷の塊を括り付けます。今回は警察に買ってきてもらった氷を使いましたが、この旅館は客室に冷凍庫が常備されているので、簡単に作れますしね」
「そっか。紐はたこ糸辺りなら用意は簡単だし、旅行なら持っていてもおかしくないもんね」
「そういうこと。で、氷の塊を天井に接するまで伸ばして、セロテープで何枚か重ねたティッシュで下を覆い、やはりセロテープで天井に貼り付ける。ティッシュは部屋に常備されていますし、セロテープも持ち合わせていても何ら不思議がないモノです」
「ティッシュで氷の塊を支えるなんて……出来るの?」
「何枚も重ねればいけますし、あくまで一時的なモノです、それこそ数分間で良い。客室には踏み台も常備してあるので、天井へ手が届かない心配もないですしね」
のり子は都子と水羽の疑問に答えた後、仕掛けの設置を完了させ、すぐに部屋の外に出た。まだ部屋の鍵は開いた状態である。
「あとは入口のドアから部屋の外に出て、仕掛けが作動するのを待つだけ。所詮はティッシュとセロテープ、氷の重さや溶けた水によるティッシュの強度低下によりティッシュとセロテープごと床に落下し、その衝撃で紐に繋がっている入口のドアの鍵のツマミが回って、鍵が閉まる!!」
「ほ、本当だ……」
「なるほど、このドアの鍵のツマミ自体はさほど重くないし、落下の衝撃で十分動くっぺ」
「でものり子ちゃん、これだと氷とティッシュとセロテープが床に残っちゃうよね? それに落下の衝撃で音がして、真夜さんが起きてしまう可能性も」
「ご心配なく。水羽さんも言ってましたが山形は暑いので、氷は朝までに余裕で溶けます。それに、溶けたことにより発生する水でティッシュは小さく目立たなくなりますし、セロテープは元々透明。床はカーペットですから音は抑えられますし。真夜さんは耳栓をして寝ていたので起きることはまずありません」
「カーペットが湿っていたところで、風呂に入ったからとかトイレで手を洗った後だからとかと思うのが普通だしな。ティッシュやセロテープが床に落ちていたり天井に張り付いていたところで不自然じゃないし、古い旅館なら猶更だっぺ」
のり子の推理と米沢刑事の更なる説明に、都子は目を輝かせて喜んでいる。これで真夜を救えると思っているのだろう。しかし……
「やっぱりのり子は凄いよ!! これで解決だね」
「ダメなんだよ都子……これじゃ」
「え?」
「このトリックだと密室は作れても、紐が入口のドアの鍵のツマミや床に残ってしまう。それだと、トリックは一発でバレちゃうの」
「た、確かに。もしそんなのがあったら、のり子が見落とすわけないしね」
「峻さんの死体の第一発見者は、のり子ちゃんと都子ちゃんと将也さんと絵麻さん……4人全員が見落とすなんてあり得ないよね」
都子と水羽の言葉に、のり子は頷いた。今までこのトリックのことを話さなかったのも、のり子自身この欠点に気づいていたからである。
「そもそも、その後警察が見落とすわけがないべ。酒田夫妻が犯人で、部屋に入った後に河澄さんと今時っぽいお嬢ちゃんの目を盗んで紐を回収したと考えることもできるが」
「持っていた鍵をこっそり床に投げた、くらいなら可能でしょうが、それなりの長さの紐をバレずにその場で回収というのは難しいです」
「だよねえ……うう、せっかくトリックが解けたと思ったのに」
「でも、密室にすること自体は出来たんだから、前進はしたんじゃない?」
「そうなんですが……紐を回収する方法がどうしても思いつかないんです。犯人は既に部屋を出て、鍵は部屋の中なんですから」
光は既に見えているのに届かないもどかしさ……のり子が頭を抱えている中、都子がもじもじしている。どうしたのだろうか。
「どうしたの、都子」
「その……興奮してトイレ行きたくなっちゃって。雰囲気的に言いづらいなあって」
「もう、そんなの気にしなくていいのに。でもそういうところが都子ちゃんの可愛いところかな」
「えへへ、ありがとうございます水羽さん。それじゃ、行ってきますね」
照れながら頬をかき、都子はトイレに向かった。まったく……こういう重苦しい雰囲気を変えれる力は都子の魅力の一つよね。
「トイレのドアフックに浴衣の帯がかかってるのって、風情があって良いよね。元々かかっていたんだっけ?」
「うーん、真夜さんもはっきりは覚えてないみたいよ」
「まあ、分かるような気はするけどね。トイレのドアのことなんて、私も特に気にしないし。それじゃ、行ってくる」
「……え?」
外開きのトイレのドアを開け、中に入った都子を見送りつつ、のり子は目を丸くした。のり子が考えている間に都子がトイレを済ませて、戻ってきた。
「お待たせ。あれ、のり子どうしたの、神妙な顔して」
「ありがとう都子、おかげで分かったよ」
「え……それじゃ」
「うん、密室の謎は……完全に解けた!!」
「す……凄い凄い!! さすがはのり子!!」
「もう、言ったでしょ、都子のおかげだよ」
のり子の言葉に、都子は無邪気な笑みを浮かべた。何というか……今回は都子に助けられてばかりだな。
「それじゃのり子、早速犯人を捕まえに行こう!!」
「いや……まだだよ都子」
「え、でも密室の謎が解けて犯人も分かったんでしょ?」
「証拠がないのよ。状況証拠はあるけど、物的証拠が、ね」
「そ、そっか。うーん、証拠ねえ」
都子は再び頭を抱えてしまった。犯人はあの人で間違いない、だけどあの状況証拠は誤魔化そうと思えば誤魔化せる。
「犯罪を証明するのって難しいわねえ。私じゃいくら頭捻っても思いつかない」
「あはは、水羽さん髪振り乱して考えてる」
「本当、毎回クールにこれを証明してるのり子ちゃんって何者なの?」
「そんな余裕ないですよ、毎回いっぱいいっぱいで……え?」
「どうしたの、のり子?」
急に神妙な表情になったのり子を、都子と水羽が不思議そうに見つめている。そうか、今回の殺し方なら可能性はある。
「米沢刑事、一つ調べてもらいたいことがあるんですが」
「ふむ……なるほど、分かった。至急調べてみるっぺ」
のり子の指示を受け、米沢刑事は部下にすぐに連絡をしてあることを調べた。程無くして結果が出た、彼の表情は……明るい。
「河澄さん……君の言う通りだったべ」
「やはり……犯人にとっては、皮肉な話ですね」
「のり子、それじゃあ」
「うん。これで……物的証拠も万全よ!!」
のり子の言葉に、都子の表情が花が咲いたように明るくなった。あとは犯人を捕まえるだけ、もうこんな悲しい事件は……終わらせないといけない!!
~あとがき~
読んでくださり、ありがとうございました。
次回から解答編に入ります、この事件の犯人は誰でしょうか?
みなさんも推理してみてください。




