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河澄のり子のこころ旅~心の闇との戦い~  作者: ここグラ
山形温泉旅館殺人事件
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山形温泉旅館殺人事件⑥(遺書と優しさ)

 のり子がすぐに警察に通報し、現場検証が行われた。事件関係者全員が真夜の部屋に集められ、米沢刑事が一つ息をついてから説明を始めた。


「亡くなったのは林藤真夜、この旅館に泊まっていた経営コンサルの女性客です。死亡推定時刻は昨晩22:00~23:00の間、死因は左胸を刺されたことによる失血死。凶器は左胸に刺さっていた果物ナイフです」

「あの……刑事さん。林藤君はその……自殺、なんだべか?」

「恐らくは。テーブルに置いてあるノートPCのメモ機能に遺書らしき文面がありましたし、凶器の果物ナイフに彼女の指紋が付いていましたから」

「遺書……」

「文面はこうです。『神根とは仕事やプライベートの面で何度も衝突しており、遂にカッとなって殺してしまいました。私は罪を背負って生きられるほど強くありません、さようなら』」

「林藤さん……」


 米沢刑事が読み上げた真夜の遺書の文面を聞き、尋ねた将也はもちろん傍に控えている絵麻も涙を流した。かつて一緒に働いた仲間達の死……辛くないわけがない。


「終わったんですね……これで。何とも後味が悪いべが」

「健太さん、そうとも言い切れませんよ」

「何だと!!??」


 のり子の言葉に、健太は目を丸くして驚いている。確かに傍から見れば、これ以上ないくらい【それっぽい】終わり方だ。しかし……今回の事件はそんな単純ではない。


「また君か、聡明な嬢ちゃん。何度も言うが、これは本物の殺人事件なんだ」

「分かっています。ですが、筆跡が残っていたのならともかく、PCのメモ機能なんて誰でも使えますし、真夜さんを装って遺書を書くのも簡単です」

「それはそうだべが……ログインパスワードの問題もあるだろ」

「そんなのは真夜さんがノートPCを操作している時に刺し殺し、ログインが解除されないうちにメモ機能を使って書けばいいだけの話です」

「た、確かに」


 英心はのり子の理路整然とした推理に唸るしかなかった。米沢刑事はそれ程驚いていないようだ。もしかしたら自殺ではない可能性を考えつつも、立場上そう言うしかなかったのかもしれない。


「ふむ、もし自殺ではないとなると……林藤真夜は犯人を部屋に迎え入れたということになるな」

「ええ、不審者が入ってきて呑気にノートPCを打ち続けるわけがありませんからね。真夜さんの体勢から考えると、テーブルに犯人と相対して座った状態で正面から刺されたんでしょう。つまり……犯人は顔見知りです」

「となると、犯人は……この旅館の従業員? 真夜さん、以前ここで働いてたし」

「都子、そうとも限らないよ。健太さんも英心さんも、真夜さんが働いていた時代からの常連。つまり……この場にいる誰もが真夜さんを殺すことが出来たってことになる」

「……どうしてそこまであの人を擁護するっぺか?」


 米沢刑事とのり子、都子が犯人像を話し合っていると、真鈴が我慢できないというような雰囲気で口を挟んできた。その声は低く、最初に会った時の気さくさは感じられなかった。


「神根さんを殺すことが出来たのは、林藤さんだけだべ? 今回遺書も見つかって、凶器に指紋もついていた、疑う余地なんかないじゃないですか!!」

「真鈴さん、指紋は殺した後犯人が真夜さんの手に凶器を握らせれば、簡単に偽装工作できるんですよ」

「それはそうかもしれないべが……密室の件があるのに、どうしてそこまで林藤さんが犯人ではないという線で進めようとするんですか? あの人は……この旅館を潰そうとしているのに」

「真鈴さん……旅館を潰そうとしているから殺人くらい犯すだろう、というのはもはや推理ではありません。あらゆる可能性を私情抜きに考える……それが推理なんですよ」

「そんなこと……そんなこと、分かっているっぺよ!! でも……」


 真鈴は体を震わせ、やりきれないような表情で部屋を出て行ってしまった。彼女は……本来聡明な人なんだと思う。だけどそんな人でも……大切な存在が脅かされそうになると冷静さを失ってしまう。


「妹尾君には……後で私から説明しておきます。彼女はただこの旅館を愛してくれている、それだけなんだっぺ」

「分かりました、オーナー。今回は密室ではない以上、現状では他殺なのか自殺なのか判断が難しいです。これから更に捜査を進めますので、これで解散といたします」


***


 のり子達は自分達の部屋に戻ったが、どこか重苦しい空気が流れていた。それは……普段ムードメーカーな都子が暗いことが一番の原因だろう。


「どうして……こうなっちゃうんだろう」

「都子……」

「あんなに優しい真夜さんが殺されて、せっかく仲良くなれたと思った真鈴さんと仲違いすることになって……誰も悪いことをしていないのに、どうして」

「世界って残酷よね……優しさが人を傷つけるなんて」


 水羽が都子に寄り添い、都子の表情の曇りが少し晴れたように見えた。確かに優しさが報われない時もある、だけど……


「それでも……人を救えるのは、やっぱり人の優しさなんだと思う」

「のり子?」

「だから私は……真夜さんを殺した犯人を絶対に捕まえる!! 誤解されても責められても、それでも優しさを与えることを諦めなかったあの人を、殺した犯人を」

「のり子……うんっ!!」

「……都子ちゃんが惚れるわけよね」


 のり子の真っすぐな目と言葉に、都子の表情から曇りが消えた。水羽の呟きは都子に聞こえなかったようだが……水羽の温かい微笑みはとても印象的で、綺麗だった。


「うむ……さすがだべ」

「米沢刑事!!??」

「抜群の推理力だけじゃなく、その美しい心……双葉刑事に聞いていた以上だよ」

「米沢刑事は……真夜さんは自殺だと思っていますか?」

「いや、あれは他殺だ。さっきは立場上、ああ言うしかなかったがね」


 部屋の入口で、再び米沢刑事が手を叩いてのり子を称賛していた。やはり彼も他殺だと思っていたのか……


「君はどうして、他殺だと思うんだ?」

「あまりにもわざとらしすぎる終わり方だというのもありますし、遺書の文面が当たり障りが無さすぎます。文章の癖っていうのはどうしても出てしまいますから、ああせざるを得なかったんでしょうが」

「なるほど、確かにその通りだっぺ」

「米沢刑事は……どうして他殺と?」

「凶器の指紋だよ。確かに林藤真夜の指紋が付いていたが、あまりに綺麗すぎる。自殺は覚悟が必要だし、当然激しい痛みに襲われるから、どうしても手は震えるものだからな」

「さすがですね……」

「何、これくらい君なら見れば一発で看破しただろうよ」


 やはりこの人も優秀な刑事だ……今回の捜査は彼と一緒に進めるのが良いだろう。のり子は改めて米沢刑事への信頼を深め、捜査を開始した。


「真夜さんの死が他殺だというのはもう間違いないでしょうが、となると峻さんと真夜さんを殺害したのは同一犯と考えて間違いないでしょう」

「それは……動機から?」

「そういうことだね、都子。この事件の動機は、この旅館の存続問題だというのはもう確定と言っていい」

「うむ、俺もそう考えている。そういう意味じゃ、先程集めた事件関係者全員に動機がある。動機から犯人を絞り込むのは、難しいだろうな」

「はい。となるとやはり鍵となるのは竣さん殺害時の密室トリックですが……その前にある程度犯人を絞り込んでおきたいんです」


 いくら動機から犯人を絞り込むのが難しいとはいえ、ある程度犯人の絞り込みをしておかないと密室トリックを暴くのにも支障が出るからだ。


「確かにそうだが、決して簡単なことではないっぺよ?」

「はい。一番手っ取り早いのは、言葉の矛盾を暴くことなんですが」

「ねえのり子ちゃん、推理の邪魔をして申し訳ないけど、都子ちゃんちょっと休ませた方が良いと思うの。随分まいってるみたいだから」

「水羽さん、のり子が頑張ってるのに私だけ休むなんて」

「気にしないで都子、誰だって休養は必要なんだから。都子は今がその時ってだけ」

「……ありがと」


 敵視していた真夜の本当の優しさを知って自分を責めている時に真夜が殺され、仲良くなった真鈴とも仲違いとなれば、本来心が強くない都子には酷だろう。


「それじゃ……ちょっと横にならせてもらうね」

「もう都子ちゃん、寝るならちゃんと布団に入って寝なさい」

「良いじゃないですか。疲れているんですし、床に寝るくらい」

「……え?」

「のり子?」

「そっか……それじゃ、アレは」


 キョトンとしている都子は、何かに気づいたようなのり子の反応が気になった。


「都子、ありがとう。これで……犯人の正体が分かったよ」

「……ええええ!!??」

「何だかよくわからないけど……お手柄だね、都子ちゃん!!」

「え、えへへ」

「水羽さんもですよ。さて……あとは密室の謎だけです!!」

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