自然の洗礼
ズン ズン
ビルのように高い木々に覆われたの下を、鉄の巨人たちに囲まれた九つの人影が、人の背丈ほどある草花をかき分け歩んでいく。
スラン・バウイク潜入から30分。一行は目的地であるドーピングフラワーの群生地へと、着実に向かっていた。
「あぢぃ~……」
そんななか、身体を手で仰ぎながら、ビルは自身の足元の木の枝を踏み越えていく。
「おいおい、アンドロイドに熱いとかあんのか?」
「なぁキッド。あんたが機械に詳しくねぇのは知ってるが、排熱機能まで知らないとは驚いたぜ」
「私たちアンドロイドも、脳の役割を持つ部分が熱を持ちます。必然、気温にも左右されるんですよ」
「やっぱ精密機械ってのは、そこらへん面倒なもんなんだな」
キッドマンが感心にも似たため息をつくと、背後のエグゾジャイアントから、若い声が響く。
『なんでも気温によりますよ。僕らの乗ってるこれだって、寒すぎると関節が動きづらくなりますし、キッドさんの銃だって、熱いところじゃ銃身が温まりやすくて撃ち続けられない。何でもそんなもんです』
「あぁ……そう言われると納得だ。説明がうまいな。あー……」
『コナー・オブライエンです。お好きに呼んでください』
「そうか。悪いなコナー、この年になると物覚えがな……」
そんな二人の会話を聞き、左に位置するバリトンが申し訳なさそうに声を上げた。
『すみません、うちの若いのが生意気に……』
「はっはっは!気にするな!キッドは気にしておらん!」
「それに、数日一緒に過ごすんですもの。楽な話し方でいいのよ」
『ははは、そういってもらえると、気が楽ですな』
笑いながら話す三人の左側では、エンブラムが不満そうに唸り声をあげていた。
『うーーむ……』
「どうかしたかい?エンヴィー」
『ここのところ、心を燃やし足りんのですよ!これじゃ消化不良だ!!なにかありませんか!!』
「おいおい、放火に走らないでくれよ……」
『何を言いますかアレクさん!!奴らのように新年なく燃やすわけでは無い!!心を!!血潮を熱く燃やしたぎらせてこそ!!生きる活力が生まれるというもの!!』
「だからって自ら燃やしに行くこたないだろう……」
「実戦で灰になってしまったら困るから、すこし抑え目で……ね?」
『うぅ……了解いたしました!!』
「まったく……ただでさえ暑いのに、余計暑苦しいぜ……」
呆れるアレキサンダーを後ろに見ながら、ガストンのエグゾジャイアントの肩に乗るアナは、小さく笑い声をあげる。
「フフ、アレクもう疲れてる」
『そりゃあそうだ。あいつはいつもあぁだから、初めて会う奴はしんどいだろう』
身体をよじり、胸部のメインカメラでエンブラムの機体を見ながら、ガストンは笑いながらアレクに不憫さを抱く。
『それより、どうだアナ?そこからの眺めは』
「すごく綺麗!周りの森が全部見える!」
『はっはっは!そうかそうか!』
あかるく笑うガストン。しかし、すぐに笑い声は消え、まじめな声色へと変わる。
『……こんなとこだ、いつ何があるかわからん。楽しめるうちに楽しんで、休めるうちに休んでおくといい』
「……そんなに危険なの?まだ何もないけど……」
「危ないよ。とってもね」
二人が話していると、テリーがガストンのエグゾジャイアントに気を伝って飛び乗ると、アナの隣に腰かけた。
「スラン・バウイク。直訳で”蛇の腹”。ゲノムワンが流出したとき、高濃度のものが当時のコンゴ盆地に流れ込んでできた、巨大森林なんだ。当時の国々の焼却とか、サハラ砂漠の一部が残ったりとかで、蛇の模様みたいにまだらになってることも、この名前になった理由の一つだよ」
「”一つ”?まだ理由があるの?」
テリーは遠く前を見つめながら、言葉を続ける。
『変異したのは、森だけじゃない。動物たちもさ。自然の王国だったアフリカの動植物たちが軒並み変わった。他の場所よりも凶暴に、凶悪に。でも、アフリカの国は壊滅していない。それは、この森にすむ絶対的な”王”が、それを許さないからさ」
そう言って、テリーは腰に差していた何かを広げ、アナに見せる。
「それは?」
「さっきそこで拾った、王の”抜け殻”さ。大きいでしょ?」
「すごい……ウロコがびっしり……大きさも布団みたい……」
「これでもかなり小さいほうさ。多分ちぎれたんだろうね」
鱗模様の刻まれた大膜を再び腰にしまい、テリーは続ける。
「『蛇王』。国や村で呼び方は違うけど、この肩書だけは変わらない。この森をあまねく統べる、超巨大大蛇。今だに全体像を見た者はいないって言われてる。尻尾を見るとラッキーとも言われてるね」
「蛇が頂点……だから蛇の腹……」
『それだけじゃないぞ』
と、二人の会話にガストンが入ってくる。
『この森は滅多に生存者を出さない。迷い込んで生還できたのは、3パーセントぐらいだな』
「そんなに少ないの?!」
『あぁ。なにせ……』
『レーダーに反応あり。何か来ます』
ガサッ
コナーがガストンに警告した直後、右前方から草木を鳴らす音が響く。異音を察知した全員が、だれ言うでもなく足を止め、それぞれに武器を構える。
しかし、テリーは至って平常だった。
「みんな、大丈夫。狂暴な奴じゃないよ」
「……確証がない。危険すぎる」
「大丈夫だよ。なんなら、僕見てくるね」
そう言うと、テリーは軽い身のこなしでエグゾジャイアントを飛び降り、音の下方向へかけていく。
「おい!テリー!!」
「うぅむ……何かあればことだぞ……」
「僕が見てこよう。みんなはそのまま……」
サムが銃を両手に駆け出そうとしたその時。
ガサガサガサッ!!!
草むらをかき分け、巨大な影が飛び出した。
しかし、その正体を見た一行は、唖然とした表情で棒立ちになってしまった。
「な、なんだこりゃ……?」
「大きいわねぇ……」
皆の前に現れたのは、大きな二本の角を携えた、高さだけでもレオンハルトと同等の巨躯を誇る、スイギュウだった。
そんなスイギュウの後ろから、テリーが少し息を切らして顔を出した。
「ギガントバイソン!このあたりじゃめったに見れないよ!」
その後ろから、さらに数体のギガントバイソンがのそのそとこちらに歩いてくる。
「可愛い……」
敵意がないと見るや、ラプターを使って地表に降りたアナの顔に、ギガントバイソンの一匹が頬を擦り付けてくる。
「わ!くすぐったいよ!」
「おぉ!随分なつっこいではないか!」
「おとなしくて可愛いわね!よしよし」
「肉付きもいい。焼いたらうまそうだな……」
「変なこと言わないでください、キッドさん……」
皆はそれぞれ、自陣を横断するバイソンたちを撫で、遠くから見つめてかわいがる。
そんな中、エイペックスプレデターズの面々は、いぶかしむような声で話していた。
『四……いや、七……かなりの数いますね』
『小規模の群れか。内陸部から移動してきたのかな?』
『ここら辺は植生も違う……口に合わないはずだ……いったいなぜ……』
と、テリーが突然顔を上にあげると、しきりに鼻を鳴らす。
「!みんな!戦闘態勢!」
「なに?」
アレキサンダーがテリーに顔を向けた直後。
グオアアア!!!
突如樹上から雄たけびが響いたかと思うと、一つの影が、アレキサンダーの頭上から飛び出した。
それは、まるでムササビのような膜が足についた、バイソンと同じ大きさの虎だった。虎は一行の前に躍り出るや、中心を歩く一匹のバイソンの喉笛にかみついた。
ブモオオオ!!!
他の仲間が逃げ去る中、バイソンは苦しそうな声を上げながら、その場で自信を襲った何かを振り払わんと暴れまわる。
しかし、襲撃者は頑として首からその牙を離さない。
次第にバイソンの動きが鈍重になってきたその刹那。
ゴギ
鈍い音が響いた直後、今まで旺盛に暴れていたバイソンはその巨体を地に伏せ、完全に動きを止めた。
バイソンをしとめた虎は、次は周囲を取り囲むアナ達へ、その鋭い視線を向ける。
「おいおい……今度はバカでかいトラかよ?」
「この巨体でしなやかな身のこなし……厄介ですね……」
『そこに居座られたんじゃあ、皆さんを巻き込む……攻撃もできん……!!』
エンブラムが歯がゆそうな声を上げ、一瞬警戒が緩んだ直後。シェリーめがけ、虎は目もくれず飛びかかった。
「おや、エサではないものを排除する気ですか」
小さくつぶやいた直後、シェリーの足が地を蹴りえぐる。
[アタックステップ・グラン!!]
直後、シェリーの蹴りが虎の胴体に直撃し、その身を大きく吹き飛ばす。
ギャウン!!
ガストンを飛び越え、その身を大木に大きく打ち付けた虎は、痛む体を無理やり起こし、鋭い相貌を依然としてアナ達に向け続ける。
しかし、先ほどとは状況が違った。
ダダダダダン!!!
鋭い銃声が、ガストンのエグゾジャイアントが持つ銃から鳴り響く。
虎は一瞬ひるむが、即座に目線をガストンに据える。しかし、その目は怯え切っていた。
『行け』
鉄の巨人から発せられた二文字は、意味が分からずとも、その覇気で虎の戦意を完全にそぐ。虎はグルグルと喉を鳴らしながらも襲い掛かることはなく、再び森の奥へと消えていった。
「なんだったんだ、今のでかい虎は……」
『アサシネートタイガー。カメレオンみたいなカモフラージュ能力を持った、樹上性の虎だ』
『特殊な皮膚構造なせいで、レーダーにも映らない。厄介な捕食者です。……この虎も、本来はここら辺にはいないはずなんですが……』
バガン
と、アサシネートタイガーが去っていった方向から鈍い音が聞こえると同時に、何かが降ってきた。
ボドッ
それは、半分かじられたアサシネートタイガーの頭だった。
「今度はなんだ!!」
アレキサンダーの言葉に呼応するように、周囲の草花をなぎ倒し、新たな巨獣が姿を現す。
巨大なはさみと先端が鋭い尾を携えた、10メートルはあろう黒光りする大サソリが、はさみをガチガチと鳴らし、小さな木をなぎ倒しながら現れる。その口は、アサシネートタイガーの地で赤黒く染まっていた。
「巨大サソリ!?」
『ランドスコルピオン!!ここらの土壌動物のトップだ!!』
ギシェエエエ!!!
耳障りな鳴き声を響かせ、ランドスコルピオンは一向に猛進してくる。
『させんよ!!!』
と、一行の前にバリトンが立ち、盾を構える要領で腕をランドスコルピオンに向ける。瞬間、エグゾジャイアントの腕から巨大なエネルギーバリアが発生。追突してきたランドスコルピオンをものともせず、動きをその場で封じた。
『それしきのタックルで、ここは通れんぞお!!』
瞬間、バリトンは盾の角度を巧みに変え、スコルピオンの体を傾けると、そのまま頭を掴み持ち上げる。突然前足が地につかなくなり、スコルピオンは焦って暴れるも、バリトンのエグゾジャイアントはピクリとも動かない。
と、バリトンのエグゾジャイアントの肩からミサイルランチャーが四門姿を見せる。
『吹き飛びな、ベイビー』
四門のランチャーから放たれたミサイルは、正確にスコルピオンの腹に命中する。しかし、爆発が起きることはない。だが、スコルピオンの動きは徐々に止まり、やがてだらりと力なくはさみを地に垂らした。
『ふぅ……なんとかなりましたな』
「な、何をしたんだ……?」
『高電圧を流す、制圧用のミサイルを使ったまでのことです』
「死んじゃったの……?」
『いや、一時的な麻痺程度ですぞ。しばらくすれば、また動き出すでしょうな』
皆が唖然としていると、ガストンが武装を改めて整え、皆に呼び掛けた。
『さ、今のうちに移動しよう。目覚めて追いかけられたら厄介だ』
「そうだね……よし、先に進もう」
皆が進む中、アナは再度後ろを振り返り、巨大サソリの体を見つめる。
そんなアナに、ガストンは再び語り掛けた。
『アナ。なぜ生存者が少ないのか……こうやって絶えず捕食者たちが襲ってくるからだ……』
この森の洗礼を肌身で感じ、アナは皆と同じく、歩を進めるのであった。
スラン・バウイク潜入から2時間経過。
幾度となく襲い来る超獣たちの猛攻をかいくぐりつつ、一行は先へ進んでいく。
しかし、絶え間ない自然の脅威にさらされ、その歩みは鈍重なものとなっていた。
つい数分前に食獣植物の襲撃を受けた一行に、ついに限界の二文字がよぎり始めた。
「ふぅ……何とか退けたな……」
「やだ……蜜で体中べたべた……」
アレキサンダーとエリザベスがよどんだ顔色で歩く中、バリトンは自身の肩に乗るテリーを気に掛ける。
『ご気分はいかがですかな?』
「まったく……良くない……」
『解毒剤を打ったとはいえ、麻痺花粉を直に吸い込んだんだ。しばらくは治らんだろう』
そんなガストンの言葉を聞き、キッドマンは呆れ声で話す。
「まったく……考えなしに木の実をとろうとするからだぞ、ビル」
「そういうあんただって乗り気だったじゃねぇかよキッド……」
「気持ちはわかるぞ……我も菓子を口にしたい気分だ……」
そんな疲労困憊の皆を見、サムはすぐに立ち止まった。
「よし、少し休憩しようか」
「「「やったー!」」」
休憩の二文字を聞いたとたん、ビルとキッドマンはその場に座り込む。
「ふぅ~……足腰にきついぜ……」
「ともかく休みだ!飯にしようぜ飯に!」
「はいはい、今準備するから待っててね。テリーは?食欲ある?」
「ない……」
「今は安静にしているといい!おぬしのぶんはちゃんと取っておくからな!」
そう言って豪快に笑うレオンハルトに、皆もつられて笑顔がこぼれる。
しかし、シェリーは一人険しい顔をしていた。
「?どうかしたかいシェリー?」
サムの声を聴いたシェリーは彼を一瞥すると、突然皆に呼び掛けた。
「皆さん。急でなんですが、テレパシーインカムをオンにしてください。プレデターズの皆さんも、通信回線を私に」
「?どうした急に?」
「お願いします」
「お、おう、わかった」
言われるがまま、皆はテレパシーインカムを起動し、耳に着ける。
それを確認してから、シェリーは話し始めた。
「先刻から、何者かにつけられています」
「数は?」
「2……いえ、3人です。先ほどから隠密が雑になってきているところを見るに、長いこと監視しているようです。恐らくランドスコルピオン襲撃時……もっと前からかもしれません」
「だれが何のために、こんなとこまでついてきてる……?」
「……ベルセルクをばらまいてるところかもしれんな」
レオンハルトの言葉に、皆の緊張が高まる。
「ともかくです。何としてもとらえなければ」
「とらえるったって、どうやって?」
「ご安心を。私に作戦が……」
「火起こし用の薪をとってきます。ビル、手伝いを頼みます」
「あいよ」
数分後、二人は薪拾いのため、一行の輪から外れていく。
そんな二人を、ひそかに追跡者が追っていく。
草木をかき分け、一定の距離を保ちながら、追跡者は二人を追う。
と、突然強大な葉が上からたれ、追跡者の視界を覆った。
慌てて追跡者は葉を払い、二人がいた方向へと視線を移す。
しかし、二人の姿は忽然と消えていた。
「よぉ」
突然、背後から短い声が聞こえたかと思うと、追跡者の体が突き飛ばされ、地面へと倒れこむ。その隙逃さず、ビルは銃を向け、シェリーは足で追跡者の体を踏み、身動きを封じた。
「こんなとこまでついてくるたぁ、なかなか根性あるじゃねぇの」
「何者ですか?どこの差し金ですか?お答えいただくまで、身柄を預からせていただきます」
そう言って、二人は追跡者の顔を見る。
しかし、眼前にいる者の顔は、およそ”顔”と呼べるものではなかった。
「!?な、なんじゃこりゃ!?」
「カメラ型の……頭?」
二人がとらえた追跡者。その頭は、取り付け型の監視カメラと同じ形をしていた。
二人が唖然としていると、テレパシーインカムに通信が入る。
「こちらサム。二人とも、大丈夫かい?」
「え、えぇ。問題なく拘束しました。ただ……」
「?ただ?」
「頭が……カメラの形した奴なんだ」
「カメラァ?何言ってんだ?」
「新手のアンドロイドかしら……?」
「さぁなぁ……詳しく調べないことにゃなんとも……そっちはどうだ?」
「おおよその位置はつかんだ。これから拘束に」
ザーーーーー
「あっつ!!なんだ!?」
突然、インカムの通信が途切れ、砂嵐のような雑音が流れる。
「テレパシーインカムが通信不良……?んなことあるか……?」
考えこみながら、ビルはあたりを見回す。特段通信の邪魔になりそうな障害物はなく、ただうっそうと木々が茂っているだけであった。
「俺の奴の故障か……?なぁシェリー。インカムで通信できねぇかやってみてくれ」
ビルは何度か耳の部分をいじりながら、シェリーに声をかける。
しかし、返事がない。
「……?シェリー?」
不審に思ったビルが振り返ると、シェリーの首元に光るものが見える。
ナイフだ。何者かが、後ろからナイフを首にあてているのだ。
「!!シェリ……」
ガチャ
ビルが駆け寄ろうと足を一歩出したその瞬間。横から銃が向けられる。
抵抗の目をつぶされたビルが両手を上げ、銃を向けた何者かを見ようと、体を動かす。
「!!?こいつぁ、どういうことだ……?」
ビルの目に入ってきた人物。
その者の頭は、ブラウン管テレビのような形状をしていた。
to be continued




