反撃開始
声を張り上げ、パウロは戦闘態勢をとる。
そんな彼を見て、アナは困惑のあまり尋ねる。
「な、なんで戦うなんて……」
その問いに、パウロは震える声で答える。
「君は正義が何なのか、僕に思い出させてくれた!僕はその正義に従う!!困っている人に……君や、この国の人々に手を伸ばす!!そのために、今ここでこいつを止めたいからさ!!」
そんなパウロの叫び声に反応するように、ガイラスがむくりと起き上がり、アナ達を眼前に据える。
「この死にぞこないの道化が……おとなしく引っ込んでりゃいいものを!!」
と、ガイラスの声を聴いたパウロの目つきが変わる。
「道化で結構!!それで誰かの笑顔が守れるのなら!!僕は本望だ!!」
「あ……?」
ふいに、パウロと目が合う。
その瞬間、ガイラスの体に怖気が走った。
(なんだ……?こいつの目……)
何かが違う。ガイラスはそう直感した。
先ほどまで恐怖で委縮していたパウロとは違う。
何かが吹っ切れたような、はたまた何かがとりついたような。
そして、ガイラスはこの感覚に覚えがあった。
「……ジャスティスマン……」
ーー五年前 パウロをかばったジャスティスマンの体に、自身の鎌を突き刺した直後。
「ギハハハハ!!こいつ!!パンピーかばって刺さりやがった!!ギハハハハハハハハ!!!」
即座に鎌を抜いたガイラスは、ジャスティスマンの体を何度も何度も切りつける。
「哀れなもんだなぁえぇ?おい!!馬鹿なガキ一人守るために自分で死にに行くたぁよぉ!!!ギハハハハ!!!」
笑いながら、ガイラスは何度も何度も切りつける。
何度も何度も。
何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も。
笑いながら切りつける。
しかし、当然手が止まった。
パウロをかばうジャスティスマンが、ゆっくりとガイラスを見たとき。
ひびが入ったマスク越しに、ふいに目が合った。
その目から、言いようのない恐怖を感じたのだ。
「あ……?」
ガイラスの手が止まった直後。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおああああああ!!!!!」
野獣のごとき咆哮を上げ、ジャスティスマンはガイラスの胴めがけて拳を突き出す。
咄嗟にガイラスが体の向きを変えてよけようとするが、間に合わない。
ガイラスの胴体左に拳が直撃した瞬間。
ゴジャッ!!
形容しがたい生々しい音が、路地に響く。
「がっ!!があああああ!!!」
と同時に、辺りに淡緑色の液体が飛び散り、ガイラスがその場に崩れ落ちる。
彼の体は、左部分がきれいにえぐれていた。
「ま……まず……い……このままじゃ……」
死を直感したガイラスは、逃げようと羽を広げる。
その直後、一本の腕が伸び羽を掴む。
ガイラスが恐怖の形相で後ろを振り浮く。
羽を握っていたのは、ジャスティスマンだった。
再び、ガイラスは彼と目が合う。
「ひっ」
彼の目には、明確な殺意と、狂気にも似た正義の意志がこもっていた。
「待て……」
ガラガラとうがいをしているときのような音を響かせ、ジャスティスマンは苦し気につぶやく。
背中越しにその言葉を聞いたガイラスに、もう戦意は残っていなかったーー
(あの時だ……あの時と同じ……何かに狂った奴が……覚悟を決めたときの目……)
冷や汗をかきながら、ガイラスの脳裏に五年前の雪辱がよみがえる。
(あの時だけだ……後にも先にも……恐怖を……命の危機を覚えたのは……ただのコスプレだ……ただの真似事をしているだけのパンピーだ!!!……なのに……それなのになぜ……)
「なぜ……あいつと同じ目をしている……!!」
ガイラスはパウロの目を見つめる。
彼の目に、あの日のジャスティスマンが見えた。
正義のためなら命もなげうつ。狂気にも似た正義を。
と、パウロが口元に笑みを浮かべて答えた。
「僕がジャスティスマンだからだ!!」
瞬間、憤怒の表情に変わったガイラスは羽を広げ、パウロとアナに突っ込んできた。
「ぬかせ雑魚がああああああ!!!!」
豪速でガイラスがこちらに突っ込んでくる。
「パウロ!!あいつあなたを狙ってる!!どうするの!?」
アナが慌てる中、パウロは冷静に深呼吸をすると、ガイラスをその目に見据えた。
「さて……倒すと意気込んだはいいものの、まずは……」
瞬間、パウロは誰もいない方向へ走り出す。
「人命優先!!」
「え!?」
驚くアナをよそに、パウロは走りながらアナに話す。
「アナ!!君の右後ろに一人残ってる!!僕がガイラスの気を引くから、助けてあげてくれ!!」
「あなたはどうするの!?」
「人のいないところを全力で逃げる!!なぁに、普段の走り込みよりは楽なもんさ!!」
そう言って、パウロはあらぬ方向へと駆け出して行く。その間にも、ガイラスはまっすぐアナのほうへ飛んできていた。
アナが迎撃するために身構えるが
「待てコラァ!!!」
そんなアナのことを気にも留めることなく、ガイラスはパウロを追って飛んでいった。
一瞬唖然としたアナだが、すぐにハッと我に返り、右後ろを見る。
そこにいたのは、頭を抱えてうずくまっているレイモンドだった。
「レイモンドさん!」
アナは急いで駆け寄り、レイモンドを起こす。彼の顔には、明確な恐怖が宿っていた。
「あ、アナさん……」
「ここは危ないから、避難して!」
「そ、それができればいいんですが……こ、腰が抜けて……」
「じゃあ、これにつかまって!」
そう言って、アナはラプターを一機浮かばせる。
「行くよ!しっかりつかまってて!」
レイモンドがラプターを掴んだのを確認し、アナは彼の腹に腕を回し、自身も浮かんで持ち上げると、車列が待機している方向へと飛んでいった。
「まさか……ジャスティスマンが……死んでいたなんて……」
運ばれている最中、レイモンドは震えた声でつぶやく。
「……知らなかったの?あなたも」
「えぇ……我々は彼の仕事の後始末要因でしかありません。直接的な関係はないんです……」
「なんで彼のことを調べなかったの?こんなに動いていたんだから、いろいろできたはずでしょ?」
「それは……彼のプライバシーにかかわりますし……彼の足跡は殆どありませんでした。そもそもそんな暇も時間も、我々政府には……」
と、突然レイモンドの顔が何かをあきらめたような表情に変わる。
「……いえ、ただの言い訳ですね……本当は彼に甘えていたんです。治安が最悪だった当時から今まで、一切の報酬もなく、無償で治安維持を行っている、ヴィジランテである彼に」
「甘え?」
「彼の素性がわかれば、国は援助を行うことになるでしょう。それに、もしかしたら彼の活動で不祥事が起こった場合、国が後始末をしなければならなくなるかもしれない……政治家はとにかく”支出”と”責任”を嫌います。例え必要なものでも。だから、彼のことを調べることもせず、バックアップすることもなく……我々は、平和の名のもとに、彼に甘え……見捨ててきたんです……」
レイモンドは、あきらめたような笑い声を小さく上げ、うなだれる。
「恩をあだで返していたんですよ……だから、彼の死にも気づかない……国も……守られている国民も……!!」
突然、レイモンドはラプターを手放し、自らの足で立ち上がる。ラプターを話したその拳は、固く握られていた。
「見て見ぬふりなど、最も忌むべき悪だ!!私は、国民を守るために……正義を果たすために政治家になったというのに!!それなのに……いつしか私も、悪に加担していたんです……」
眉をしかめ、怒りをかみ殺すようにレイモンドはつぶやく。
「レイモンドさん」
そんな彼の肩を、アナが優しく叩く。
「……はい……?」
「彼に……パウロとジャスティスマンに悪いと思ってる?」
「……もちろんです。私は一般家庭の出。他の官僚よりも、彼を身近に感じてきましたから」
「それなら、あなたが”見て見ぬふり”をやめればいいじゃない」
「え……?」
アナの言葉に動揺したレイモンドは、彼女の目を見る。
その目は、濁ることなくまっすぐと、彼の目を見つめていた。
「パウロもジャスティスマンも、自分の中の正義を信じて動いてた。私だってそう。サムもエリーも巌流も。颯にテリーにオリバーにビル。ダー・ラッタさんだってそう。みんなみんな、自分の正義を信じて動いてるの。あなたも自分の正義を信じて、一歩前に進んでみて」
「そ、そう簡単にはいきませんよ!世論に諸外国の反応も……何より政府内からもどれだけ反発が起こるか……」
あわてるレイモンドに、アナはそっと言葉をかけた。
「レイモンドさん。一歩踏み出すことは、あなたが思うより難しくないよ」
「え」
話しているうちに、二人は車列に到着していた。
「じゃあレイモンドさん。車の中で待ってて」
そう言って、アナは後ろを向き、再び広場へと走り出した。
「待っててって……あなたは残らないんですか?」
後ろから聞こえたレイモンドの声に、アナは振り返って答えた。
「私も、正義のために動かなきゃ!!」
「あ……」
そう言って駆け出した彼女を、レイモンドが引き留めようと手を伸ばした直後。
「レイモンドさん!!」
サムとビルが、ダー・ラッタと共に姿を現した。
サムはダー・ラッタをビルに任せると、急いでレイモンドの元へ駆け寄っていく。
「ご無事でしたか……お怪我はありませんか?」
「サムさん……えぇ、大丈夫ですよ」
「それならよかった。さ、危険ですから、お車に……」
「わかりました」
サムに促され、レイモンドは車のドアに手をかける。
と、彼の動きが止まった。
「……?どうされました?」
「……サムさん。私……今からでも変われますか……?もう……遅いかもしれませんが……」
その言葉に、サムは一瞬あっけにとられるが、すぐに話し始めた。
「……何があったかはわかりません。でも、人はいつでも変われると思います。その変化に、早いも遅いもないと思いますよ」
「……そう……ですか……」
つぶやきながら車に乗り込むレイモンドの視界に、アナの姿が目に入る。
レイモンドはただ彼女を見つめることしか出来ないでいた。
同刻同所
「ぐ……動かん……」
麻痺毒によって動くことができない巌流とテリーは、その場で膝をついていた。
パウロが介入する前から、何度も体を動かそうと力んでいた二人。しかし、努力むなしく、体に力は入らない。
「ど……どうしよ……早く……助けに……行かないと……」
「わかっている……しかし……」
『もしもし?二人とも聞こえる?』
どうすることもできず、二人がその場でもがいていると、無線から通信が入る。
その声は、エリザベスだった。
「エリー……」
『動けないの?何かされた?』
「麻痺毒……蜘蛛のやつだって……」
『蜘蛛の……ちょっと待ってて』
そう言って、通信は途切れる。その瞬間、二人の顔に安どの表情が浮かんだ。
「もう……安心だな……」
「こういうとき……頼りになるね……『看破』は……」
同刻 広場付近のビル 屋上
片膝をつき、もう片方の立っている肘を置いて、スナイパーライフルを構えるエリザベスは、スコープ越しにテリーと巌流の姿を見つける。
「さて……症状は何かしら?」
そうつぶやいた直後、彼女の糸のような目がゆっくりと見開かれる。その目は、黄金色に輝いていた。
そんな彼女の目が、二人の体を見る。すると、二人とも体全体が赤くなっていた。
それと同時に、炎のような揺らめきと針のようなトゲ、稲光のような線が走っている。
「痛みと発熱、それに筋肉麻痺……セアカゴケグモ種ね」
小さくつぶやいたエリザベスは、すぐにライフルを抱えると、左手首についている機械を、慣れた手つきでいじる。すると、機械が動き出した。
エリザベス・フェローチェ。能力型『看破』の超人。視覚内の対象の弱点や負傷を見抜くことができる彼女は、その力を医療に生かしていた。
もともと軍医であった彼女は、長年の経験と”実地テスト”で症状ごとの見え方の違いを学び、その症状に適したワクチンや解毒剤を学習。様々な戦地で、多くの命を救ってきた。
そして、それら薬品を即座に作り出せるようアマンダが開発したのが、現在エリザベスが左手首に身に着けている『メディカルバンド』だ。
と、そのメディカルバンドが機械音を鳴らす。
「待ってました!」
エリザベスはすぐにボタンを押す。すると、バンド内から注射器のような形をした弾丸が二発、白い煙と共に姿を見せる。
彼女はすぐに二発とも掴むと、再びライフルを手に取り、弾をマガジンに装填。薬室の一発をコッキングして取り除くと、素早く巌流とテリーに向かって弾を放った。
「ぐっ……」
「いっ……」
着弾と同時に、二人の体に薬品が注入される。
すると、先ほどまで感じていた発熱と痛み、しびれがたちどころに癒え、体に活力がみなぎり始めた。
「よぉし!!元気になってきた!!」
「すまないエリー。感謝する」
『いいのよ。それよりも、早くパウロ君を助けに行ってあげて!私もすぐ向かうから!』
「もちろん!!」
「わかった」
通信が切れた二人は、すぐにパウロの後を追って駆け出して行く。
と、眼前にアナの姿が見え始めた。
「アナ!!」
「二人とも!!もう大丈夫なの?」
「この通り、ぴんぴんしてるよ!」
「エリーのおかげだ。さ、急ごう。彼を助けなくては」
「うん!」
「それなら、僕もいくよ!」
突然、三人の背後から声が聞こえてくる。
走りながら振り返ると、吹き飛ばされた颯が糸をスイングしながら皆に合流した。
「颯!」
「あいつめ……散々僕を投げ飛ばしてくれちゃってさ……すこしはお返ししないとね!」
「うん!」
と、全体に通信が入る。
『こちらサム。みんな、聞こえているかい?』
「サム!大僧正とレイモンドは!?無事か!?」
『大事ないよ。ただ、護衛がいないと危険だ。だから、僕とビル、オリバーが二人を援護しつつ、安全な場所に避難させる。ガイラスの確保は、みんなに任せたよ!』
サムが言い終わると同時に、オリバーからも通信が入る。
『皆サン、ガイラストパウロサンノ現在位置ヲ、端末ニ送リマシタ!随時更新スルノデ、ソレヲ元ニ向カッテクダサイ!』
「ありがとうオリバー!」
『ワタシハ補助シカデキマセンガ、精一杯ヤラセテイタダキマス!ゴ無事デ!』
二人の通信を聞き、皆の中に活気が戻る。
そして、巌流が皆に呼び掛けた。
「よし!!今度こそガイラスを確保する!!皆行くぞ!!」
「「応!!!」」
to be continued




