一人じゃない
皆がパウロを追って駆け出した同時刻。
囮を引き受けたパウロも、街の路地を死に物狂いで走っていた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
息が切れ、汗が噴き出す。だんだんと、足と肺が痛みだしてくる。
それでも彼は走る。
(少しでも……少しでも遠く……!!誰の被害も出ない……人のいないところまで……!!)
身体に重くのしかかる痛みや苦しさを受けてなお、彼の目に宿る爽やかな炎は消えてはいない。
しかし、その輝きを飲み込むかのようなどす黒い殺気が、彼の背後から迫る。
「待てコラァ!!!」
けたたましい羽音をかき消すほどの怒号を上げながら、ガイラスがパウロの背後に迫る。
パウロが室外機やパイプを風のようによけながら走る中、ガイラスはすべての障害物を切り、砕き、壊して進んでいく。
まるで台風のように。
だが、パウロはその気迫に飲まれることなく走る。
(怖い……とんでもなく怖い……でも……)
それでも彼は前を見る。
(不思議と……負けない気がする)
パウロの胸に言いようのない自信が宿った直後。
「お……っと」
彼の眼前。開けた空き地に、六階はあろう雑居ビルが立ちはだかる。
彼が立ち止まったその一瞬。
「捕まえたぁ!!!」
ガイラスの剣のような爪が、うなりをあげてパウロの背に向かう。
あわやその爪が突き立てられんとした直後。
ヒュンッ
突然ガイラスの眼前から、パウロの姿が消える。
「あ!?」
ガイラスが混乱の声を上げたのもつかの間
「ジャスティスパンチ!!」
ガイラスの後ろ首に、パウロの鋭い拳が直撃する。
「がっ」
「まだまだぁ!!ジャスティスクロス!!」
ガイラスの動きが止まったのを見計らい、パウロは間髪入れず、ガイラスの腰にクロスチョップを食らわせる。
「こ……んの野郎がぁ!!!」
怨嗟の叫びをあげるガイラスの肘から、刃のような鎌が音を立てて飛び出すと、勢いそのままにパウロの頭めがけて飛んでいく。
しかし、その鎌をパウロは難なくかがんでよける。
「ジャスティススピア!!」
身を低くしたパウロは、そのままガイラスの膝裏に抜き手を見舞う。
「ぐ……」
体勢を崩し地に膝をつくガイラス。
その時を待っていたかのように、パウロはその場に飛び上がると、量の腕を天高く掲げ、祈るように手のひらを握り合わせた。
「ジャスティス!!ハンマー!!!」
互いを固く握り、鉄のように硬くなった拳が、ガイラスの頭に直撃する。
「がっ……!!」
呻くガイラスを眼前に据え、パウロは飛びのき一歩距離をとる。
「僕がただやみくもに走ってると思ったかい?この路地裏こそ、僕が一番動ける場所だ!!!」
笑いながら、パウロは叫ぶ。その心の臓は、うるさいほど波打っていた。
(動ける……動けるぞ……なんてことはない。腕を。足を。身体の動きをよく見ればよけられる!)
ジャスティスマンが死んでから五年間、死に物狂いで治安維持を行っていたパウロ。
もともと臆病な彼は、正義の味方としての責任と犯罪や事故に立ち向かう恐怖を、ジャスティスマンから受け継いだヘルメットで押し殺していた。
しかし、いくら抑え込もうと、心に重くのしかかるこの二つの感情は決して軽いものではない。その重みは次第に、彼の体にも表れ始め、いつしか彼の動きを鈍重にしていった。
しかし、今の彼は違う。
正義とは何か。なすべきことは何か。なぜヒーローを目指したのか。
心の奥底に眠る原点を思い出したパウロの体は、羽のように軽く、湯水のように力が噴き出してくる。
そんな彼の体は、目の前にどんな凶悪犯がいようと、この五年で培われた経験と知識から、即座に最適解をはじき出すようになっていた。
「どうした!意気込んでいた割に、動きがとろいんじゃないか!?」
作り笑いじゃない、自然と漏れ出た笑顔を顔に浮かべ、パウロは叫ぶ。
その反面、ガイラスの顔は険悪そのものだった。
「ちっ……」
激昂した表情で舌打ちを鳴らすが、ガイラスは先ほどのようにすぐには襲い掛からない。
(この野郎……関節ばっか狙ってきやがる……偽物とはいえ、真似事してたぶん場慣れしてんのか……)
と、ガイラスの口角が弧を描く。
(だが……)
同時に、腕から生える鎌がギラリと輝き始めた。
「あいつとおんなじなら、なんてこたぁねぇ!!」
叫んだガイラスは、同時に羽を広げて飛びかかり、鋭い爪をパウロに向かわせる。
「なんの!!」
パウロはちぎれた室外機の管を使い、ガイラスの腕を伸びきる前に受け止めると、管を回して腕を巻き込み、関節を曲げる。
「ぐ……」
「そぉら!!」
そのままパウロは、管ごとガイラスの体を投げ飛ばした。
「がっ」
ガイラスが激突した壁に、巨大なヒビが入る。
そんなガイラスに間髪入れず、パウロはこぶしを叩きこむ。
「ジャスティススピア!!」
ガシッ
しかし、その拳をガイラスはいともたやすく受け止めた。
「慣れちゃいるようだがなぁ……まだまだすっとれぇ!!」
ガイラスはビルの日々に尾を突き立てると、頭を地に向かわせたままパウロを反対側へと投げ飛ばすと、間髪入れず飛び立ち、再度パウロにとびかかる。
「くっ……」
壁への激突直前、パウロは受け身をとり着地すると、隅に設置されている室外機を使って宙に舞い上がり、向かってくるガイラスの首に、再び狙いを定める。
「ジャスティススピ……」
抜き手が直撃せんとした直後
ギュグッ
パウロの腕に、ガイラスのしっぽが絡みつく。
「!?」
「そぉら!!」
間髪入れず、ガイラスは体をよじると、遠心力でパウロを空中へと投げ飛ばした。
「いくらてめぇだろうが、なんぼ何でも空中で好きには動けねぇだろ!!!」
ガイラスは勢いそのままに空中に飛び上がると、パウロの肩を掴む。
「ぐ……何の真似だ!」
「焦んなよ!!次ぁ、大通りぃぃ!!!」
叫びながら、ガイラスはパウロを掴みながら広場の方へ、超速で飛び戻り始めた。
「く……この!!離っ……せ!!」
その間、パウロは必死に拳を撃ち込む。しかし、ガイラスの熱い装甲の前には歯が立たない。
と、ガイラスが憎たらしそうに唾を吐くと、赤黒い眼をパウロに向けた。
「ケっ。そんなに降りてぇなら、望み通りにしてやるよ!!」
直後、パウロの視界からガイラスが遠のく。豪速で投げ飛ばされたのだ。
「まずっ……!」
ドガアアアン!
即座に受け身をとったパウロは、路上にとまっていた車に激突。車ごと道路の対岸まで吹き飛ぶと、頭を抱えて起き上がった。
「ぐ……」
「まだへばってんじゃねぇぞ!!」
直後、ガイラスがパウロに突っ込み、鋭い牙を彼の胴に食い込ませながら、全力で直進していく。
「がっ!あっ!ああ!!」
ガイラスは車ごと突き進み、家々を破壊しながら直進していく。
その間に挟まれているパウロの体を、鈍い衝撃が走っていた。
「そぉら!!!」
突然、ガイラスが車ごとパウロを宙に投げ飛ばした。
パウロと車は弧を描き、道路に墜落。落ちてきた車にぶつかり、多数の車が同時に事故を起こしたせいで、道路は一瞬にして大事故の現場と化かした。
「うわあああ!!」
「きゃあああ!!」
群衆の悲鳴を聞き、投げ出されたパウロは痛む体にムチ打ちながら、周りを見る。
そこは、ブルケート中央広場の近く。まだ、先ほどの騒ぎで逃げ惑う人々が大勢いる場所だった。
ドゴォオオオン!!
事故を起こした一台の車が爆発し、辺りは炎に包まれる。
その轟音と熱で、再び群衆がパニックになり始めた。
「き、来たぞぉおお!!」
「逃げろ!!」
「誰か助けてぇぇぇ!!」
叫び、呻き、逃げ惑う人々。
「み……みんな……逃げろ……」
そんな人々を見て、パウロは助けようと体に力を籠める。
しかし、体はピクリとも動かない。
と
「だ……誰か……助けて……」
背後から、声が聞こえる。
パウロが振り返ると、小さな女の子が、目に涙を浮かべてしゃがみ込んでいた。
「待っ……てろ……今……行くから……」
地面に横たわるパウロは、ずるずると彼女の方へ向かう。
「ギハハハハ!!」
しかし、そんな彼をあざ笑いながら、空を覆わんと昇る黒煙をかき分け、赤黒い眼が現れた。
「ギハハハハ!!言ったろヒーロー気取り!!お前は誰も救えねぇ!!お前がいるだけで人が死ぬ!!疫病神なのさお前はぁ!!」
眼前の燃え盛る車を殴り飛ばし、ガイラスはゆっくりと近寄る。
「周りを見てみろ。だ~れもお前をヒーローだなんて思っちゃいねぇ。所詮偽物だからな!誰も求めちゃいねぇんだ!!お前の行動は自己満足でしかねぇんだよ!!ギハハハハハハハハ!!!」
「確かに……お前と同じ……自己満足かも……しれないな……」
と、ガイラスの笑い声を聞いたパウロは、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「……それでも立ち上がって助けるのが……ヒーローってものなのさ……!!」
体中に痛みが走る。
ガイラスの殺意が突き刺さる。
それでも、パウロは笑っていた。
「!!」
と、ガイラスに怖気が走る。
「また……その目……」
再びガイラスに向けられた、パウロの視線。
ガイラスはその奥に、またもジャスティスマンと同じ狂気を感じ取った。
「……なんだっててめぇらはそんな気色悪い目ぇしやがる……!!」
その言葉に、パウロは笑いながら返した
「……例え、自分を犠牲にしてでも……守りたいものがあるからだ!!!」
その言葉に、ガイラスは激怒した。
「綺麗ごとほざいてんじゃねぇぞクソガキがぁあああああああ!!!!!!」
ガイラスの鋭い尻尾が、爪が、鎌が、牙が。周りの群衆に目もくれず、全てがパウロに襲い掛かる。
立っているだけでもやっとのパウロに、それらを避ける力は残っていなかった。
パウロはガイラスに背を向けると、泣いている女の子に、笑顔で笑いかけた。
「大丈夫。僕が絶対守るからね」
ザシュッ
肉を切り裂き突く音が、あたりに響く。
だが、それはパウロから出たものではなかった。
【ブルーホール・マキシマ!!!】
突然、ガイラスの顔面を、青い光をまとった拳が殴りつける。
接触と同時に衝撃波が発生し、ガイラスは後方へ吹き飛ばされた。
あまりの勢いに、パウロは女の子を気遣いながら、後ろを振り向く。
「パウロ!!助けに来たよ!!」
そこに立っていたのは、頬と腕に切り傷を負ったアナだった。
「ア、アナ!?なんでここが……そ、それに傷……」
「空から降ってくるのが見えたの!傷は大丈夫!」
そう言うとアナは顔をギュッとして力み始める。
すると、顔と腕の切り傷が青く光りだし、たちどころに消えてしまった。
「ほら!」
「な、なん……え!?」
あかるい笑顔でパウロに傷があった場所を見せるアナ。しかし、その顔はすぐに心配の色に変わった。
「それより、パウロのほうこそ傷が!」
「ぼ、僕はいいんだ……うっ……」
「全然よくない!早く手当てしないと……」
ドガァアアアン!!
二人が話していると、対岸から車が吹き飛んできた。アナはラプターを使って車を受け止め、そっと地面に置く。
車があった場所。燃え盛る炎の中から、顔半分が欠損したガイラスが姿を現した。
しかし、その傷もすぐに治り始め、あっという間に塞がった。
治って早々、ガイラスはすさまじい剣幕で怒鳴り始めた。
「このクソガキャァ!!何度も何度も邪魔しやがって!!!!」
「邪魔?それなら、私だけじゃないよ!」
「あぁ!!?」
「破天一刀流 王鹿突!!」
「セイバーエッジ!!」
突然、ガイラスとアナの間に巌流とテリーが飛び入り、あらんばかりの力を込めて、爪撃と斬撃を浴びせる。
「がっ!!」
数多の戦場を潜り抜けてきた二人の力はすさまじく、ガイラスの鋼鉄のような外骨格に、鋭い斬り傷をつけた。
ガイラスが勢いに負け、体制を後方に崩す。
その機を待っていたかのように、数本の糸がガイラスの体に絡みついた。
「如月流糸術 大独楽投げ!!」
ガイラスの体は遠心力で加速し、燃える車列に投げ飛ばされた。
「がぁああ!!!」
傷に炎が入り込み、全身に文字通り燃えるような痛みが走る。
痛みを消さんと暴れ狂うガイラスをアナたちが見ていると、音もなく颯が着地する。
「パウロくん、無事……じゃないみたいだね」
「颯!彼の傷治してあげて!」
「いや、僕のは重症限定。確かに傷してるけど、これぐらいなら、”彼女”の管轄さ」
ヒュンッ
颯が話した直後、どこからともなく一発の銃弾が飛んで来、パウロの肩に命中する。
その銃弾は、注射器の形をしていた。
「いっ……」
パウロが痛みを感じる前に、内部の薬品がパウロの体に注入される。すると、体の痛みがだんだんと引いていった。
と、皆の無線に通信が入る。
『パウロ君!!大丈夫!?』
「その声……エリー……さん?」
『あ、良かった!無事ね!今撃たせてもらった薬品ね、ゲノムワンを活用した修復薬なの!しばらくしたら、体の傷治ると思うから、安静にしてて!』
「ありがとうございます……でも、奴の相手は……」
「大丈夫!私たちに任せて!」
「もう一人で頑張らなくていい」
「僕たちだって、正義の味方だからね」
「そこで休んでて!ジャスティスマン!!」
四者四様に笑いかけながら、アナ達はガイラスに向かっていった。
そんな皆の後ろ姿を眺めているパウロの胸に、不思議な思いが渦巻いていた。
「……一人じゃない……任せて……」
改めて口に出した言葉は、生きていれば誰しもが聞き、口にするであろうもの。
しかし、平和を守り続け、勇敢に戦っていた孤高の自警団の名を借りたパウロにとって、その言葉は使いこそすれ、誰かに言われるものではなかった。
と、唖然とする彼の肩に、誰かが手を置く。
「え……」
パウロが振り返ると、先ほど彼の後ろで泣いていた女の子が、小さな手を彼の肩に乗せていた。
「ジャスティスマン……だいじょうぶ?」
「え……あ、うん。大丈夫だよ。さ、君は安全なところに逃げるんだ」
「うん」
そう言って、女の子は後ろを向く。
だが、すぐに振り返って、あるものをパウロに手渡した。
「……これ、あげる」
「え……」
パウロは、手のひらに置かれたものを見る。
それは、小さな絆創膏だった。
手渡した直後、女の子はパウロのすぐ後ろの道を駆け出して行く。
去り際に、小さなエールを残して。
「がんばって。ジャスティスマン」
「あ……」
パウロが声をかける前に、少女は道を曲がり、その姿を消す。
「お、あんちゃん!」
そんな彼女と入れ替わるように、一人のアンドロイドが近寄ってくる。
それは、昨日広場で暴漢にからまれていた、射的屋の店主だった。
「大丈夫か、あんちゃん!ひでぇけがして……」
「昨日の……あ、危ないですよ……早く逃げて」
「あんた置いておめおめ逃げられねぇよ!」
「僕は大丈夫……だから、あなたは安全なところに……」
「……なら、一つだけ、何かさせてくれ」
話しながら、店主は背負っていたカバンから一本のチョコレートバーを取り出すと、パウロに手渡す。
「俺にゃこれぐらいしか出来ねぇけど……これ食って、元気出してくれ。……頑張れよ。ジャスティスマン」
店主は、パウロの手を固く握りしめ、足早に去っていった。
「頑張れ」
そんな言葉と共に渡されたチョコバーと絆創膏を見て、パウロの目からなぜだか涙が零れ落ちる。
パウロはすぐに涙をぬぐうと、チョコバーを二口で食べ、しっかりとかみしめて飲み込んだ。
そして、頬に絆創膏を張り付け、何度か軽快な音を鳴らして頬を叩く。
「……よし」
小さくつぶやき、パウロは立ち上がる。
彼の体に、もう痛みは残っていなかった。
to be continued




