邂逅
「な……なっなっ何を急にそんな!」
アナの突然の問いかけに、パウロは上ずった声で答える。
「そんなわけないだろう!?ぼ、僕はただの一般人だ!彼とは似ても似つかない!」
「じゃあそのスーツはなぁに?」
「こっ……これは……その……」
言いどもるパウロを、アナは濁りなき眼でじっと見つめる。痛いほど刺さる視線に、パウロの顔は次第にゆがみ始めた。
「えーっと……」
「どうしたの?汗すごいよ?」
アナがパウロへと一歩歩み寄る。
と
「お~い!アナ~!」
「アナ~!どこにいるの~!?」
どこからともなく、エリザベス達の呼ぶ声が聞こえてくる。その声に動物のように反応したアナは、即座に声のする方へと顔を向けた。
「あ、エリー」
「あ、い、一緒に来た人かい?」
その反応を好機とばかりに、パウロは話題をそらす。
「うん。みんなで来たの」
「そ、そっかそっか!なんだか探してるみたいだし、いった方がいいんじゃない?」
「たしかに……それじゃぁ、もう行くね」
思いのほかあっさりと聞き入れたアナに、パウロは思わず安どのため息をつく。
しかし、つき終わる前にアナはベンチからぴょんと飛び降りると、エリザベスの元へと駆け出して行った。
「じゃあね、アナ。気を付けて」
去り際の挨拶を交わしたパウロ。
と、その言葉に答えようと、アナが振り返る。
「じゃあね、パウロ!ジャスティスマンの活動頑張ってね!」
「ちょちょ、ちょっとちょっと待って!!」
アナの言葉を聞いたパウロは、数秒前に送り出したアナの手を掴み、思わず引き留める。はずみで転んでしまったことも気づかないほどに焦っているのか、息は絶え絶えだ。
「だ、だから違うってば……」
「……そうなの?」
と、パウロがひらめいた。
「あ!コスプレ!そう、僕コスプレするのが趣味なんだよ!彼のこと大好きでさ!だからこういう祭りとかでコスプレするんだよ!」
すこしゆがんだ笑顔を浮かべながら、パウロは早口で話す。そんな彼の様子を先ほどと変わらぬ澄んだ目でアナは見つめていた。
「……そっか。コスプレなんだ。とっても似てたから勘違いしちゃった」
「そ、そうかい?そう言ってもらえたらうれしいな……」
アナの言葉を聞き、初めてパウロはどこか安堵したような顔になる。
そんな彼を見て、アナは優しく声をかける。
「それじゃ、またどこかで会えたらいいね。コスプレ、頑張ってね」
「あ、ありがとう。ごめんね、引き留めちゃって」
「いいの。楽しかったから。またね」
にこやかに手を振るアナの腕は、のれんのようにするりとパウロの手を抜け、遠ざかっていった。
そんな彼女の背に手を振りながら、パウロは立ち上がり、膝の砂埃を払う。
「……ちょっと乱暴だったかな……」
つぶやきながら彼は自身の手を見つめる。
その手は、小さいながらもカタカタと小刻みに震えていた。
「アナ!どこいってたの!心配してたんだから!」
「ごめんなさい……」
険しい顔で、エリザベスはアナを問いただした。そんな彼女を、ビルとテリーは優しくなだめる。
「まぁまぁ。何ともないだけ良かったじゃねぇか。なぁ?」
「うん。帰ってこないときは肝を冷やしたけどね……」
が、今のエリザベスの心情は心配で満ちている。二人の言葉は、余計に彼女の心配を増長させた。
「なんで二人はそんなに楽観的なの!ギリアンに顔を覚えられてるのよ!もしさらわれたりでもしてたらって心配で……」
「……確かに……」
「わりぃ……」
「まったくもう……」
話しながら、エリザベスはアナを見る。アナはまだ、しょんぼりと顔をうつむかせているままだった。
そんなアナを見て、エリザベスはフッと笑いながらしゃがみ込み、彼女のほほをやさしくなでる。
「ケガがなくてよかったわ。どこにいたの?」
「さっき店を荒らしてた人たちを、パウロって人と止めてたの」
「え!?」
途端に、エリザベスの表情が先ほどの険しい顔に戻る。
「なんで危ないところに一人で行っちゃうの!!怪我したら大変よ!!」
「だって、パウロが殴られそうだったし……私一人なら倒せるもん」
と、アナの言葉を聞いたエリザベスは、少し驚いたような顔になると、すぐに真剣な表情でアナの肩を掴み、彼女の目を見つめる。
「いい?アナ。そういうところは一人で行っちゃだめ。ケガしちゃうかもしれないわよ?」
「でも、今回は大丈夫だったもん」
「それでもダメ。あなたの力は、まだ完全に使いこなせていないでしょ?もし突然使えなくなっちゃったら?アナが死んじゃうかもしれない」
「でも」
「逆にもし!もし、ゼノンと戦った時と同じ力が出ちゃったら?私は話を聞いただけだから、この目で見てはいないけれど、彼を止めるには相当な力が必要よ。そんなものを一般の人に使ったら、ケガどころじゃ済まないかもしれない。わかる?」
「……」
アナは助けを求めるようにビルたちを見る。だが、二人の表情も穏やかなものではなかった。
「悪いがアナ。今ばっかりは味方できねぇな」
「エリーの言うとおりだからね」
「……うん」
改めて、アナはエリザベスの目を見る。細く糸のような彼女の瞳の奥には、心配の色が浮かんでいた。
「いい?今度からは一人で危ないところに行っちゃだめ。どんなに勝てそうな相手でも。わかった?」
「……はい」
「よし、終わったな。じゃ、サムたちも待たせてる。行くか」
すこし沈んだ空気を感じてか、明るい声でビルが呼びかける。その呼びかけを合図に、皆は岐路につくのであった。
そんな駅まで向かう道中。しょんぼりとしながら自身の手をつなぐアナに、エリザベスはにこやかに話しかけた。
「でもね、アナ。あなたのやったことはいいことよ。それに、ほとんどの人は見て見ぬふりをするのに、あなたは助けに出た。それはとってもすごいこと。私たち三人は、しっかりとわかってるからね」
「!うん!!」
うつむいていた彼女の顔が、再び明るくなる。
と、ビルがアナに尋ねる。
「そういやよ、アナが助けたパウロってのは誰だ?」
「えっとね、ジャスティスマンの人よ」
「「え!?」」
とたんに三人に衝撃が走る。
「ジャスティスマンの中身ってことか!?」
「たぶん」
「な、なんでわかったの?」
「手の感触よ」
エリザベスの問いかけに、アナは自身の手を見せながら話す。
「昨日ジャスティスマンに抱きかかえられたときの感触と、彼と握手したときの感触がおんなじだった。本人はコスプレって言ってたけど」
「そいつぁ……たまげたな……」
「えぇ……」
驚愕のあまり、動きが止まるビルとエリザベス。
しかし、一番驚いていたのは、誰あろうテリーだった。
「彼が……マスクをしていないときに……」
驚きのあまり、口を開けたまま彼は硬直していた。
数時間後 一行が止まるホテル SIUメンバーの部屋
「へぇ。そんなことがねぇ」
ティーカップに入った紅茶を飲みながら、サムは軽く相槌をうつ。
そんな冷静なサムとは対照的に、アナとテリーの熱はすさまじかった。
「それでねそれでね!ジャスティスマンが男の手を掴んでね!」
「私彼と話したの!良い人だった!」
まるで今にもとびかかってきそうな勢いの二人を、サムは優しくなだめる。
「まぁ、みんなが楽しそうならよかったよ」
そう言ってニコリとほほ笑むサム。しかし、その目には明らかに疲れが浮かんでいた。
そんな彼の顔をみたエリザベスは、そっと近づいて声をかける。
「随分お疲れのようね。相当大変だったのかしら……?」
「まぁね……一番きつかったのは、狭い会議室にハコヅメだったことかな」
「ご飯食べた?水分も。もしかして、任務優先で取ってないんじゃないの?」
「さすが現役のお医者だね。タイミングがなくってさ……」
ふぅとため息をつくサムの肩をエリザベスはポンとたたく。
「明日はきっと大丈夫よ。何か軽く食べて、今日はもう寝たら?」
「……そうだね、そうするよ」
話しながら、二人は互いに微笑みあう。彼らの間に流れる空気は、まるで穏やかな花畑のようだった。
当然、その雰囲気はアナ達も感じ取っていた。
「……ねぇビル」
「ん?」
「あの二人って、二人きりになるといつもあんな感じなの?なんだか夫婦みたい」
「言いえて妙だな。まぁ、あの二人と俺、それに巌流は”ある戦場”で出会った。俺たち二人が合うよりも前から知り合いだったんだ、その時の名残なんだろ」
「ふ~ん……」
ビルの言葉を聞き、アナは二人を見つめる。
そんな彼女の胸に、何かもやもやとしたものが生まれたことを、本人すら知ることはなかった。
翌日 早朝 とある道路
「ふぅ……」
一人の男が、ため息をつきながら足早に道路をかける。そんな彼の頭を、稲妻のような刻印の入った白いヘルメットが覆っている。
ジャスティスマンだ。
「ここ最近物騒だからなぁ……何もないといいけど……」
独り言をつぶやきながら、彼はあたりを見回しつつ走る。
ガイラスによる連続殺傷事件や、ゼノンの決起によって生じた遺恨や恐怖からなる破壊活動、アンドロイドの暴力的な迫害が増加し始めたベルトリア。事件が増加すれば必然、市民の不安も高まる。
そんな人々の不安を少しでも軽くしようと、彼は日ごろから行っているパトロールを強化していた。
「ふぅ……それにしても、暖かくなってきたな……」
自身のスーツの首元をパタパタと開けながら、彼は少しペースを落とす。
と、何気なく対岸を見た彼の目に、奇妙なものが映る。
「……ん?」
ジャスティスマンは、自身の目をぬぐい、再び見直す。
腕だ。
道路を隔てた対岸の路地。そこから伸びる、一本の腕。
まだ朝日が昇り切らぬ時間。深淵のごとく暗い闇から不気味に伸びる腕は、まるで疑似餌。誰がどう見ても、それは罠だった。
しかし、罠だからと言って見捨てるわけはない。
「大丈夫か!!」
矢も楯もたまらず、彼は対岸へと駆け出す。
すると、まるで彼をさらに奥へといざなうように、腕は路地の奥へと引っ込んでいった。
そんなこともお構いなしに、ジャスティスマンは腕を追って路地の奥へと走っていく。
と、最奥までたどりついた彼の前に、大男が立ちはだかった。
「!!……お前は……!!」
「また活動を始めたってのぁ本当だったんだなぁ。えぇ?」
ジャスティスマンに立ちはだかる者。
それは、誰あろう、連続殺傷事件の張本人。ギリアン・”マンティス”・ガイラスだった。
「……やぁ、久しぶりだね、ガイラス」
「何が久しぶりだ。てめぇが五年前に世界政府の犬どもと邪魔しやがったせいで、俺様の楽しみがパーになっちまったじゃねぇか。あの時の傷、まだ残ってんだぜ」
そんなガイラスの言葉に、ジャスティスマンの声に怒りが滲む。
「人殺しの何が楽しみだ!!今も五年前も!!お前のせいで何人が亡くなったと思ってる!!」
そんな彼の同刻に、ガイラスは至極不思議そうに答えた。
「お前は、食事の時にいちいち食ったものを記録してんのか?」
「!!貴様!!」
激高し、ジャスティスマンはガイラスに一歩踏み出す。
「遅せぇ」
そんな彼の一歩が踏み出す間もなく、ガイラスはジャスティスマンの後ろに回り込むと、鋭い爪をジャスティスマンに向ける。
ギャリィン!!
間一髪。ジャスティスマンは金属製の小手で爪を防ぐ。しかし、すさまじい速度と膂力で放たれた爪撃は、彼の身を大きく吹き飛ばした。
「ぐ……!!」
ジャスティスマンは、びりびりとしびれる腕を見る。
鋼鉄と防刃素材で作られた彼の小手には、鋭い爪の傷が三本、深々と刻まれていた。
と、ガイラスの顔が曇る。
「……弱えぇ」
「何?」
「以前のお前なら、これしきで吹き飛ばねぇ。いや、そもそも防ぐこともなかった。挙句鋼鉄の小手だ?いつからそんな小細工使うようになった」
「……やり方は変えるものさ」
次第に、ガイラスの目に疑念が浮かぶ。
「……てめぇ、なにもんだ」
その言葉に、一瞬ジャスティスマンの体が硬直する。
その一瞬。ガイラスはジャスティスマンに肉薄し、彼のヘルメットを無理やり脱ぎ去る。
「……あ?」
ヘルメットを脱ぎ去られ、あらわとなった彼の素顔。
その顔は、パウロ・ボーズマンだった。
「なんだてめぇ。あいつの真似事してるだけのガキか?」
その言葉に、パウロは恨みがましい目でガイラスを見つめ、一言はなった。
「……僕の顔に……見覚えはないか……!」
「あ?ねぇよ」
「!!」
パウロの問いかけにあっさりと答えると、ガイラスは腕を振り上げる。その腕には、鋭い鎌が顔をのぞかせていた。
「ま、なんでもいい。あの野郎じゃねぇなら用無しだ。死ね」
ガイラスの返答に落胆し、完全に動けないでいたパウロの頭に、光る鎌が振り下ろされる。
ガギィイン!!
「がっ!?」
突然、ガイラスの後頭部に鈍痛が走る。
それは、何かが激突したような痛みだった。
「くっそ……なんだぁ?」
思わずガイラスが振り返った目線の先。
そこにいたのは
「パウロ!!」
「アナ!?」
刀を構えた巌流と、ラプターを浮かべるアナだった。
アナと巌流が、ガイラスと邂逅する二十分前。
早朝のホテルの一室で寝ている巌流が、ノックの音で目覚める。
「ん……」
覚醒後即座に飛び起きた巌流は、ベッドのわきに置いてあった自身の刀を手に、ゆっくりと玄関に近寄ると、急いでドアを開ける。
そこに立っていたのは、アナだった。
「アナ?」
「ごめんなさい巌流。起こしちゃった?」
「いや、あと少しで起きようと思っていたところだ。どうした?こんな朝早くに」
「……ちょっとお願いがあって……」
「……廊下は寒い。中に入って聞こうか」
そう言って、巌流はドアを開け、アナを中に入るよう促す。アナは少し気恥しそうにすると、巌流の部屋へと入っていった。
「特訓?」
「そう」
コーヒーカップに入ったココアを飲みながら、アナは答える。
「昨日、エリーに言われたの。一人で危ない場所に行っちゃだめって」
「もっともだな」
「でも、こうも言ってたの。力が使えなくなったり、暴走するかもしれないから、危ないって。だから私、早くこの力を扱えるようになりたい。そのために特訓がしたいの」
「そうか……」
少し考えた後、巌流はすっと立ち上がり、クローゼットへ向かう。
「アナ、出かける準備をしろ」
「?どこに行くの?」
「もちろん……特訓をしに」
そして現在。
偶然見かけたジャスティスマンを追ってきた二人は、再びガイラスと相対することとなった。
「またてめぇらか」
巌流とアナを見て、再びガイラスの顔が険しく変わる。
「今はお前らの相手してる気分じゃ」
ガギィイ!!
言葉が終わるのを待たずして、巌流の横凪が、ガイラスの首へと向かう。
意に介すこともなく腕の鎌で防いだガイラスは、不気味な眼光を巌流に向けた。
「……死にてぇかてめぇ」
「貴様に負けるほど、腕は落ちていない!!」
瞬間、巌流がガイラスの足を蹴り飛ばす。
「お……」
ガイラスの脚がずれ、少しだけバランスを崩したその刹那。
ガガン!!
ずれた脚に二機のラプターが突っ込み、さらにバランスが崩れた。
その隙を逃さず、巌流の刀が再びうなる。
「破天一刀流!!征×!!」
振るわれた刀が、ガイラスの胸にX型の傷を刻み込む。
「がっはぁあああ!!」
直後、苦しむような大声を上げ、ガイラスはその場に膝をついて倒れた。
「す、すごい……あのガイラスをあっという間に……」
即座に決着した眼前の戦いに、パウロは感嘆の声を漏らす。そんなパウロに、心配そうな顔でアナが歩み寄ってきた。
「パウロ!!大丈夫!?」
「アナ!……うん、二人のおかげで、ケガ一つないよ」
「良かった……」
アナは安どのため息を漏らし、パウロの胸に倒れこんでしまった。
「わ!?ちょっとアナ!?」
「安心したら、力抜けちゃった……」
「もう……」
二人に和やかな空気が流れる。
だが、巌流の顔はいまだ険しいままだった。
「……死んだふりのつもりか」
刀の切っ先をガイラスの喉に向け、巌流は吐き捨てるように言い放つ。
と、ガイラスの口元に不気味なにやけ顔が浮かぶ。
その表情に築いた巌流が、ためらうことなく刃を喉へと向かわせた。
その一瞬。
ビュオッ
すさまじい突風が辺りに吹きすさび、舞い散る砂埃が全員の目を閉じさせる。
「くっ!!」
怯みながらも、巌流は即座に体勢を整え、警戒態勢をとる。
土ぼこりが晴れ、視界が明瞭になっていく。
巌流の目に映ったのは、一番恐れていた光景だった。
「動くなよ、侍」
憎たらしく言いながら、ガイラスは右腕の鎌をギラリと輝かせる。
その鎌の先には、パウロとアナの首があった。
冷や汗を流す巌流に、頭に血管が浮き出るほど血が上っているガイラスが、ギリギリと歯を鳴らしながら話し始めた。
「少しでも動いてみろ。こいつらの頭が宙に飛ぶぞ」
「人質とは……汚い手を……!」
「うるせぇ!!”薄皮一枚”とはいえ、よくも俺様に傷をつけてくれたな……今からこいつらの目の前で、何倍にもして返してやるぜ」
「面白いことを言うな。殺し方から見て、ユーモアのセンスはないと思っていたが」
瞬間、ガイラスが大きく振りかぶる。
「そんなにこいつらを殺してぇなら、お望み通り殺ってやるよ!!」
ガイラスの鎌が二人の喉へと向かい始めた、その直後。
ガヂッ
突然、ガイラスの動きが止まる。
「!?」
ガイラスが腕を動かそうと何度も力を籠めるが、”動かない”。まるで何かに縛られているように。
ガイラスが困惑していると、上から声がした。
「動かないでしょ。特別製だからね」
そう言って、声の主は屋根から軽やかに降りると、音を立てることなく着地する。
「颯!!」
「や、アナちゃん。待たせちゃったね」
ぱちりとウィンクする颯に、巌流は相変わらず悪態をつく。
「遅いぞ颯。何をもたもたしていた」
「ホテルの周囲五キロを監視してたとこを、ここまで飛んできたんだよ?少しは感謝くらい言ったらどうなのさ」
「糸を巻き付けるのも少し遅い。やはり腕が鈍ったんじゃないか?」
「もー……文句ばっかり。今度は助けてあげないよ」
二人が口論していると、動けないガイラスから逃げるように、パウロがアナを抱きかかえて来た。
「二人とも、大事はないか」
「な、なんとか……」
「ならよかった。それじゃあ君。アナを連れて下がっててね」
颯が優しくパウロを押しのけ、ガイラスに近づく。
「ギリアン・”マンティス”・ガイラス。お前を殺人、傷害、強盗、その他諸々の罪で逮捕する」
「……動けねぇのぁ、てめぇの仕業か……」
「そ。手錠の手間省けるでしょ?それじゃ、じっとしててね……っと」
颯が指先をグイッと引くと、同時にガイラスの体に巻き付く糸が、より一層きつくなる。次第に元のポーズも取れなくなり、ガイラスは完全に巻き取られた。
「ありがとうふたりとも……私何にもしてない……」
「いーっていーって。さ、これで仕事完了。偶然だけど、一番の障害を排除できたね」
「浮かれるな。油断大敵だ。応援が来るまで……」
バツン
三人が話していると、背後から何かが切れるような音がした。
「!!」
即座に全員戦闘態勢で振り返る。眼前には、颯の頑強な意図を断ち切ったガイラスが、息を荒げて立っている。
彼の胴体からは、小さな手のようなものが生えていた。
「複腕……!」
驚く四人をよそに、ガイラスは再び話し始める。その声は、怨嗟と怒りが詰まっていた。
「てめぇら、どこまでも俺の邪魔しやがって……ここで全員切り殺してやる……!」
ガイラスの殺気が辺りを覆い始めた、その時。
遠くから、いくつものサイレンの音が聞こえてくる。
「あ?」
「ぼ、僕が通報した」
アナ達の背後から、消え入るような震え声が聞こえ始める。
皆が目をやると、パウロが携帯を震えた手で見せつけていた。
「もうじき、何人もの警官が来る。お前は必ず捕まるぞ、ガイラス!」
「……チッ」
恨めしそうな舌打ちが聞こえた直後、ガイラスは瞬時に飛び上がり、屋根へと着地する。
「騒動になっちゃ面倒だ。今日はずらかるとしよう」
「逃がすと思うのか!!」
「安心しろよ。次はお前らを殺しに行く。そん時にまた会えるだろうぜ」
吐き捨てるように言うと、ガイラスは音もなく羽を広げ、超速でどこかへ飛んでいく。
「待て!!」
すかさず颯は屋根へと昇り辺りを見回すが、既にガイラスの姿はなかった。
しばらくして
「では、あとは我々にお任せください」
警官はアナ達に敬礼すると、急いで現場へと向かう。
ガイラス逃亡から数分。駆けつけた警察によって周辺は封鎖。颯の協力の元、大規模な捜索が開始された。
そんな中、少し離れた人気のない公園で、巌流とアナによって保護されたパウロは、どこか重たげな表情でベンチに座っていた。
「パウロ、大丈夫?」
「……うん、なんとかね」
ゆがんだ笑顔を見せるパウロに、巌流が厳しい顔つきで近寄る。
「あんたか。昨日アナが会った『ジャスティスマンの人』っていうのは。なんでこんなことしてる。あいつもそうだが、彼の活動は一般人がまねしてできるようなものじゃない。危険だぞ」
「そう……ですよね……」
と、パウロの目から涙がこぼれ始める。
「……わかってる。わかってるんです。僕みたいな怖がりでビビりの人間じゃ力不足で……彼のようにはなれないって……でも……それでも……僕はやらなくっちゃいけないんです……」
声を震わせ、涙ながらに彼は話す。
「……なにをそこまで……今日だって死ぬところだったんだぞ」
「だって!!!」
パウロが、巌流の腕を握り締める。
そして、大声で叫んだ。
「だって僕が!!ジャスティスマンを殺してしまったから!!」
to be continued




