思わぬ休み
三人が虫の超人と邂逅してから一時間後。
戦闘の跡があった路地裏を、バートランド警察が封鎖し、現場を調べている。
虫の超人がどこかへ消え去った直ぐ後、アナたちは駆けつけた他のSIUメンバーと共に周囲の捜索を開始。しかし、まるで初めからいなかったかのように、周囲には痕跡の一つも見つからなかった。
その後、一行はバートランド警察へ連絡。即座に周辺が封鎖され、調査が開始された。
巌流が詳しい聴取を受ける中、他の一行は近くで聴取が終わるのを待っていた。
「大丈夫だった?アナ」
「うん。二人のおかげで」
颯の問いに、アナは笑顔で答える。
「良かった……何かあったら私どうしようかと……」
胸をなでおろすエリザベスの言葉を皮切りに、他のメンバーも肩の力が抜けたのか、ほぅと安どのため息をつく。
と、聴取を終えた巌流が皆の元に戻ってきた。
「待たせた」
「巌流!」
「ちょっと、体中傷だらけじゃない!大丈夫なの!?」
「あぁ。深手は追っていない。……奴め……こちらを殺す気など、ハナからなかった。ずっと”遊んでいただけ”だった……今回はそれに助けられたがな……」
巌流が苦い顔をしていると、ふと思い出したように、ビルが尋ねる
「そういえば巌流。こんなとこでなにしてたんだ?ホテルから300mぐらい離れてるぞ」
「ホテルの運動場を借りて、鍛錬をしていたんだ。するといきなり奴が現れてな。大僧正の安全を考え、場所をここに移したんだ」
「まじめなこった。たまの旅行日ぐらい休みゃいいのによ」
「結果襲撃を防ぐことができた。それに、いくらジャスティスマンがいるとはいえ、今は任務中。いつ襲撃が起きてもいいよう、身も心も引き締めておかなければ」
巌流の喝に、ビルは肩をすくめる。
と、そんな皆のハンドパッドに連絡が入る。オリバーと颯からだ。すぐさまサムは通話を始める。
「どうだった二人とも?何か手掛かりはあったかい?」
『ダメだね。目撃情報はおろか、足跡やかけらの一つも見つからない』
『コチラモ成果無シデス……近隣ノ監視カメラヲ把握シテイルノカ、ドコニモ姿ガ映ッテイマセン』
「”逃げなれてる”うえに”腕も立つ”……それに”用意周到”だ。例の暗殺未遂犯かな?」
『ソレニシテハ、手口ガマルデ違イマス。狙撃ト襲撃ナンテ、マルデ真逆ノ方法トルデショウカ?』
『複数犯かも。もしくは別々の奴らが狙ってるとか?』
二人の説を聞き、サムが顎に手を当て思考する。
「もしかすると、裏社会のほうで大僧正に懸賞金がかけられているかもしれないね」
『なんのために?』
「昨日の集会での人数を見たろう?あれだけ著名な方だ。大僧正が逝去すれば、誰がやったとしてもアンドロイドと人間、超人との溝はさらに深まる。その混乱を利用して、勢力拡大を狙う組織がいても不思議じゃない」
ひとしきり考えた後、サムは二人に命令を下す。
「オリバー、颯。裏のネットワークで大僧正に関することがないか、確認してくれ。大変だろうけど、監視と同時並行で頼むよ」
『オッケー』
『ワカリマシタ』
軽快な返事を最後に、通信は切れる。
と、通信終了と同時に、一人の警察官がこちらに駆け寄ってきた。
「皆さん、先ほどの本宮氏のお話をもとに、犯人の特定が完了しました。皆様にもデータを共有しますので、ご確認よろしくお願いします」
話とともに、皆のハンドパッドに一つの画像データが送られてきた。代表して、相対した巌流が画像を開く。と、途端に皆の顔に緊張が走る。
そこに映っていたのは、先ほどアナ達が相対した虫の超人の画像と共に、『ギリアン・”マンティス”・ガイラス』と大きく書かれた、一枚の手配書だった。
「昨日のニュース、模倣犯と思ってたけど、まさか本人とはね……」
「ありえないわ……つい最近まで、目撃情報は東南アジアに集中してたはず……こんな短期間でベルトリアに?」
「奴は「虫」の超人だ。バッタは数週間で150kmを移動する……その移動力に他の虫の特性が加われば、数日で超長距離を移動することも可能だろう……」
サム、エリザベス、巌流が深刻な顔で話していると、アナがきょとんとした顔で声を上げた。
「ねぇ。その……ギリアン……って、有名な人?」
その問いに、ビルは苦い顔で話し出した。
「そいつはギリアン・ガイラス。この数年間、世界各国で”判明しているだけ”でも351人を手にかけた、国際指名手配中の殺人鬼だ。遺体に”切創”と”捕食痕”が残ってることが多いのが理由で、”マンティス”とも呼ばれてる」
「マンティス……じゃあ、カマキリの超人ってこと?」
この問いにテリーが答える。
「カマキリだけじゃない。バッタにトンボ、サソリにアリ。いろんな虫の特性を持ってるんだ。だから多分「虫」の超人なんじゃないかって推測されてる。だから余計に危険なんだ」
「それと、ミイデラゴミムシもだ」
突然、三人の会話に巌流が割って入る。
「さっき奴が吐いた液体。オリバーが検査した結果、濃縮された高温のベンゾキノンが検出された。コンクリートが溶けるほどのな。これはミイデラゴミムシが逃げる時の特性と同じ。同じ構造を持っているんだろう」
「高い身体能力に逃げる手段も完備した手練れの殺人鬼よ……厄介だわ」
「ひとまずホテルに戻ろう。レイモンドさんとSPたちに情報共有して、作戦を立てる」
サムの言葉に、一同はうなずき歩き出す。辺りには、まだガイラスが吐き出した液体の異臭が漂っていた。
数時間後 ホテル会議室
ホテルに戻った一行は、ダー・ラッタとレイモンド、SPたちを集め、臨時の作戦会議を開いていた。
「国際指名手配犯の襲撃……ですか……」
「えぇ。このホテルの運動場に侵入したところを私が鉢合わせ、戦闘を行いました」
巌流の言葉に、レイモンドの眉間にしわが寄る。
「解せませんね。ギリアン・ガイラスと言えば、人気のない場所での殺害が主な手口です。そのうえ、アンドロイドを殺害した事例は片手で収まるほど。しかし今回は我々が宿泊するホテルへの堂々侵入……意図的な暗殺行為と考えていい。何者かに依頼されたということは?」
「現在、我々のエージェントがそちらの線も当たっています。結果が出次第、お伝えします」
「そうですか……」
サムの返答を聞いたレイモンドは、眉間に手を当て唸り声をあげる。
「ん~……困りましたね……こういった事態が起こっては、公演の続行は難しいですな……」
そんなレイモンドの言葉に、ダー・ラッタははっきりと答えた。
「こういうことがあったからこそ、私は演説を行いたい。平和への行いが暴力に屈したとあれば、人々の不安は拡大する。一大事です。それだけは、あってはなりません」
「しかしですね、大僧正……あなたの身に何かあれば、それこそ一大事なのですよ?」
「ミスターレイモンド。あなたのお気持ちもわかります。しかし、いま世界は混乱している。誰かが屈さぬ姿勢を見せなければ」
「ですが……」
レイモンドとダー・ラッタの、席をまたいだ議論は続く。
その時、サムの頭に一つの案が浮かぶ。
「では、こういうのはどうでしょう。本日の公演を延期し、今日一日かけて、警備体制の見直しと再構築を行ったうえで、明日に公演を行うというのは」
「確かに……誰が来るかわかっているのであれば、対策の立てようもありますね……」
「大僧正。いかがです?」
「私は皆さんに苦労を掛けている身です。公演を行えるのであれば、何日でも待ちましょう」
「では、その方向で進めましょう。大僧正、我々のエージェントを何人か付けます。今日は窮屈でしょうが、一日ご自身のお部屋で待機していてください」
「わかりました」
「レイモンドさん。何人かのSPを残して、会議室に残ってください。さっそく話し合いましょう」
「えぇ」
「それでは、本日はこれにて。ありがとうございました」
レイモンドの掛け声で、皆は立ち上がる。
と、サムがSIUメンバーを呼び集めた。
「と、いうことだ。誰か、大僧正の護衛を頼めるかい?二人ほど欲しい」
「俺がやろう」
サムの問いかけに、真っ先に声を上げたのは巌流だった。
「巌流……その傷で大丈夫なのかい?」
「あぁ。見た目ほど深くはない。それに、最初に対峙したのは俺だ。奴の攻撃も一度見てる。何かあっても対処できる」
「わかった。任せるよ」
そんな巌流の言葉を聞き、間髪入れずもう一人も手を上げる。颯だ。
「なら僕も残るよ。同じ場所にとどまるなら、監視の目はオリバーで十分。それに、何かあったときのための罠がないと不安でしょ?」
「ありがとう颯。任せるよ」
サムの礼に、颯はぱちりとウィンクで返す。
「さて。大僧正護衛のメンバーも決まったことだし、僕もこの後は会議だ。ビル、テリー、それにエリーとアナ。みんなは、パトロールをお願いできるかな?」
「おいおい、こんな時にか?」
「こんな時だからこそだよ、ビル。陰でこそこそと人を殺すような奴だ。一度姿を見たテリーとアナが歩いているのを見れば、うかつに表には出てこないはずさ。それに、君がいれば戦闘になっても安心できる。頼んだよ」
「まぁ、お前が言うなら……」
「よし。さ、みんななるべく一般人に見えるように、最低限の武装で頼むよ」
サムのあかるい言葉に困惑しながらも、四人は部屋に戻っていった。
数時間後
サムに言われるがまま準備を整えた四人は、ホテルを出て大通りを歩く。
「どうテリー。何か匂う?」
「まったく。もう遠くへ行ったのかも」
「心配ね……また襲撃をかけてきたら……」
緊張した表情で、アナとテリー、エリザベスは周囲を見回す。
しかし、対照的にビルはどこかうきうきとしていた。
「おいおい、そんな硬くなんなよ。大丈夫さ。何かあってもジャスティスマンが来る。俺たちの仕事なんて、あってないようなもんさ」
「ちょっとビル?目的を忘れたわけじゃないわよね?」
「もちろん覚えてるとも。だがよ、ジャスティスマンがいる以上、何かあってもすぐに解決する。これはサムが出した事実上の”観光タイム”さ」
「確かに……彼がいれば、何かあっても安心だね!」
「そうだろそうだろ?なら監視の名目で、パーッとベルトリアを楽しもうや」
そう言って笑うビルとテリー。しかし、対照的にエリザベスは、難しい表情で何かを考えていた。
「本当にそうかしら?」
「どういうこと?」
「確かに、ジャスティスマンなら、この事件は早期解決出来るかもしれないわね。でも、今朝の一件があっても彼は姿を見せなかった。私たちがあの場に一時間以上もいたのによ?何か変じゃない?」
「朝も早かったし、まだ寝てたんじゃねぇのか?」
と、エリザベスの考察にテリーも便乗する。
「そういえば、ガイラスの犯行はここ数日の間で頻発してる。すでに彼が動いてるはずなのに、ここまで手をこまねくかな……?」
「そういえば、アナを助けたときの彼の動き方……どこか今までと違ったような……」
うんうん唸りながら、テリーとエリザベスはその場で考えこむ。
と、そんな暗い雰囲気を打ち消すように、ビルが明るい声で話し始めた。
「だーっやめやめ!考えるのは帰ってからにしろ!今はパトロール!だろ?ならしっかりやらねぇと。な?さ、モタモタしてねぇで行こうぜ!」
そういって、サムはアナの手を引き、鼻歌交じりに電車の駅へと歩き出す。
テリーとエリザベスは抱えているもやもやを胸にしまい、二人の後を追うのだった。
数分後 ブルケート中央広場前駅 二階テラス
「おー!にぎわってるなぁ!」
眼下に広がる広場の光景を見て、ビルは感嘆の声を上げる。
この日は、マルティショールの二日目。休日ということもあり、ブルケートの中心であるこの広場は、大量の出店が立ち並び、多くの人であふれていた。
「ビル……もしかして、ただ祭りに来たかっただけ?」
「せっかくなら楽しみたいだろぉ?アナ。さぁ~て、どの店から回ろうか……」
子供のような笑顔で出店を見るビルの頭に、エリザベスのゲンコツが飛ぶ。
「いい加減にしなさい!私たちの任務を忘れるんじゃないの!!」
「いってぇ!!わーってるよ……あくまで監視のためだよ。カンシ。人ごみにまぎれて路地裏に連れ去るなんてこともあるかもしれないだろ?」
「それならいいんだけど」
「さ、ここまで人が多いんだ。はぐれないように行こうぜ」
そう言って、ビルは満面の笑みで祭り会場に向かっていく。そんなビルに呆れながらも、三人は後を追っていった。
いざ会場についてみると、上から見るよりも人がいるように感じるほど、広場全体は人でごった返していた。
大柄なアンドロイドに華奢な女性、小さなうさ耳の付いた子供の手を引く老齢の男性と、種族も年齢も様々な人々が、広場で思い思いの楽しみ方で、祭りを謳歌している。
それは、アナ達も例外ではない。
「大当たり―!!」
「へっへー、どんなもんだ!」
射的コーナーで、ビルがおもちゃの銃を得意げに回している。どうやら、一等の的に命中させたようだ。
店主のアンドロイドは、ビルの腕前を見て、感心しながら話しかける。
「それにしても、鮮やかな銃捌きだなぁあんちゃん。軍か警察の出かい?」
「一つ付け加えるなら、まだ現役ってとこだぁな」
「はっはっは!そいつぁかなわねぇや!さ、何でも好きなの持っていきな!」
店主は豪快に笑いながら、景品コーナーを指さす。
すると、ビルは迷わず、大きなクマのぬいぐるみを手に取る。
「これもらってくぜ」
「随分かわいらしいやつ選んだな。あんたの趣味かい?」
「ま、ちょっと……な。じゃ、どうもなオヤジ」
「おーう!祭りを楽しめよ!」
笑顔で手を振る店主を背に、ビルはぬいぐるみを抱え、ベンチに座っているアナ達の元に戻る。
「戻ったぜ~」
「おかえり、ビル」
「あら、随分かわいらしいものとったじゃない?」
「なぁに。ちょっとした”プレゼント”さ。ほれ、アナ」
そう言って、ビルはアナにぬいぐるみを手渡す。
「私に?」
「普段頑張ってるからな。ご褒美ってやつさ。……趣味じゃなかったか……?」
アナの顔色をうかがいながら、ビルは不安そうに声をかける。
しかし、その心配は杞憂に終わったようだ。
「ううん、とってもかわいい!大切にするわ!ありがとう、ビル!」
「お、おお!気に入ってくれて良かったぜ!」
ビルがキラキラと目を輝かせるアナを見ていると、エリザベスがにやにやしながらビルに顔を近づける。
「ちょっとちょっと~。たまには粋なことするじゃない?」
「な、なんだよ。普段頑張ってるんだから、当然だろ?」
「あ、もしかして。お祭りに来たのも、このため……?」
「だーうるせぇうるせぇ!なんだっていいだろったく!」
彼女の言葉を、ビルは照れくさそうにごまかす。その光景にエリザベスがにこにこしていると、テリーがフランクフルトやワッフルを両手いっぱいに抱え、走ってきた。
「みんなお待たせ―!あ、アナ、何か抱えてるの?」
「クマさん!ビルがプレゼントって!」
「えっビルが!?そんなことできるんだ……意外……」
「お前らなぁ……俺のことなんだと思ってんだよ……」
ビルはスナックの入った紙袋をテリーの手から抜き取ると、一つ口の中に放り込む。
ガシャン
と、全く同じタイミングで、ビルの後方から何かが壊れるような音がし始めた。
「?なんだ?」
四人が音のする方向に目を向ける。
その眼前で、先ほどビルが射的を行っていた店が、三人の男たちに襲撃されていた。
「おい何するんだ!俺ぁ何もしてねぇだろ!!」
「誰がアンドロイドも出店していいなんて言ったんだあぁ!?」
「こんな銃使う店なんかやりやがって!またあんな暴動起こす気か!」
「この町で俺たちに危害を加えようとしたらどうなるか、たっぷり教えてやるぜ!」
店主のアンドロイドの制止に耳を貸すことなく、男たちは口々に暴言を叫びながら店を破壊していく。
「やめろぉ!!誰か!誰か助けてくれ!!」
アンドロイドの訴えを周囲の人々は聞き入れることなく、冷めきった顔で携帯を片手に動画をとるか、知らぬ存ぜぬでその場を去っていく。
「ひどい……なんてこと……」
「これも、ゼノンが残した遺恨ね……」
「言ってる場合か!止めてくる!」
ビルが止めようと走り出したその時。
「待てぇい!!」
どこからともなく、男性の声が聞こえてきた。
その場にいる皆が、声の主を探す。
と
「とう!」
太陽の光を背に、一人の男が広場の小屋の屋根から飛び降りる。
「もう大丈夫だ!店主のオヤジさん!ジャスティスマン、参上!!」
ジャスティスマンは、周りに響くほどの声で名乗る。
しかし
「あーー!!!ジャスティスマンだ!!」
そんな彼の名乗りをかき消すほどの大声を出したのは、SIUきっての大ファンである、テリーの歓声だった。
to be continued




