二章最終話 動き出す闇
アナたちがパーティーを楽しんでいた同時刻。
世界のどこか
「ただいま戻りました」
機械式のゲートが音を立てて開くと同時に、暗い部屋にセイレーンが姿を見せる。
「おぉ帰ってきたぜ、機械女がよぉ!」
「まだそんな低俗なこと言ってるの?パソコンオタク」
そんな暗闇が包む部屋の右奥で、カタカタとパソコンをいじる男に悪態をつきながら、セイレーンは歩を進める。
と同時に、彼女の体がチキチキと機械音を立て、徐々に脈打ち替わっていく。それはまるで、ゼノンが使っていたナノマシン、アレスのように。
徐々に彼女の顔と体が変わっていく。
そして、すらりと伸びた足に、くびれのある滑らかなボディ、シルクのようになめらかな腕をした、黒髪にところどころ金髪の混じる、褐色の美女へと姿を変えた。
「はぁ~…久々に戻りましたわ。やっぱりいつまでも体を変えているのは大変ですわね……」
「なぁ~にが大変だよ厚化粧。毎度毎度「あの方のためなら~」なんてノリノリで変わるくせに」
「あら、嫉妬かしら?美しくありませんわよ、ナード君?あの方に振り向いてもらいたいなら、それなりの成果を出しなさいな?」
「……なんだと?」
瞬間、部屋の奥から、中心に横一本の赤く輝くラインの入ったバイザーゴーグルを身に着ける、長い腕と下半身が複数脚の機械で出来た、やせたソフトモヒカンの男が顔を出す。
男は機械仕掛けの腕から刃物型の武器を数種のぞかせると、ためらうことなくセイレーン”だった”美女に向ける。
「このアバズレ……言わしておけば調子に乗りやがって……てめぇと違って俺ぁ忙しいんだよ……ちょうどストレスもたまってたんだ、今ここで切り刻んでミートボールにしてやろうか?」
「みっともないわね、レディに脅迫なんて。友達も彼女もいないのも納得ね。ずぅっとパソコンと仲良しこよししてなさいな」
「てめぇ!!!」
腕の刃が美女に向かう。と同時に、美女の腕がシャラシャラと音を立てて、剣のように変わる。
二人の刃がぶつかり合おうとしたその刹那
【そこまで】
突然、全身が硬直するほどの深く低い声が、部屋に響く。と同時に、二人の動きがぴたりと止まり、美女が膝をついて部屋の奥へ身を向けた。
その部屋の最奥。すべてを飲み込むような黒いローブを身にまとった、2メートルを超える高身長の何かがゆっくりと姿を現す。その顔部分には、下あごのない、赤い人の髑髏が、仮面のように張り付いていた。
「帰って早々喧嘩とは……君たちらしいと言えばらしいがね」
「申し訳ありません、デウス様」
「違うだろう?今の名前は『ブラック・ヴェール』だ。表で間違えるといけない、気を付けてくれ」
「は、失礼いたしました、ヴェール様」
その名を聞き、パソコン男は鼻で笑う。その声を聴いて、先ほどまで怒りもしなかった美女が、突然血相を変えてにらみつける。
「何がおかしい!」
「あぁいやな、ヴェールよ、ちと安直すぎやしねぇか?その名前」
「そうかい?」
「そうとも。直訳で”黒幕”ってなぁ……もう少しひねりがあってもだな……」
「単純なほうが記憶に残る。僕の名が裏の世界で知れ渡るためには、安直なぐらいがちょうどいいのさ」
「そんなもんかねぇ……」
パソコン男の問いに答え、ブラック・ヴェールと名乗るものは、最奥に鎮座する玉座のような椅子に腰かけると、改めて美女に問いかけた。
「それで?『ロキ』。アイアンエデンでの収穫は?」
「はい、こちらが手に入りました」
話ながら、ロキと呼ばれた美女は、ポケットから二枚のチップと、機械で出来た小型カプセルを取り出す。そのカプセルの中には、銀色の砂のようなものが、活発に動いていた。
「Ω1の設計図と洗脳装置の中継地点となるチップ、そして、アレスと呼ばれるロストウェポンのかけらでございます」
「ほぉ。ロストウェポン。ついに保管場所を突き止めたか」
「は。場所はグラウンド・ゼロ……元アンドロイド軍本拠地の最深部にございます。しかし、ゼノンがロストウェポンの発覚と流出を恐れ、破壊工作を行ったので、即座の侵入は難しいかと……」
「そうか。まぁいい。場所の情報と現物が手に入っただけでも、儲けものだ。それに、彼らが作り上げた戦闘特化型アンドロイドの設計図。これで我々の戦力の拡大も容易になった。よくやったね、ロキ」
「身に余るお言葉、光栄でございます」
ロキが深々とお辞儀をする中、横で聞いていたパソコン男が「はっ!」と声を上げ、彼女をあざける。
「収穫物がそれだけ?ざるもいいとこだな!えぇおい!?」
「……なんですって?」
「奴らが持ってた洗脳装置はどうした?それを取り逃すたぁ、潜入した意味ねぇんじゃねぇの!?」
「そんなに言うなら見てから言いなさいよ!!あんなの巨大すぎて運べるわけないじゃない!!」
「もういい」
再び言い争う二人に、ヴェールは一言声を上げる。その声に宿るおぞましい殺気にも似た気配に、二人の口は即座に閉じた。
「洗脳装置は我々で作れる。どのみち、チップ受信設備の解析のほうが重要だ。気に病むことはない」
「!!ありがとうございます!!」
「けっ。ボス、あんた少々ロキに甘いぜ」
「いいや。彼女は成果を出した。それをほめることに、何らおかしなことはない。だろう?『ギルバート』?」
「……まぁな……」
ヴェールの言葉を受け、ギルバートと呼ばれたパソコン男は、ふてくされながらその場に座り込む。
「ともかく、ご苦労だった。今日はゆっくり休むといい」
そう言って、ヴェールは立ち上がる。しかし、そんなヴェールをロキが引き留めた。
「お待ちください」
「どうした?」
「今回の潜入……ここまで力を入れる意味があったのですか?私が変身してガーデハイトカルテルにわざわざ人身売買を持ちかけたりの外部工作に、数少ない所持しているロストウェポンの「縮地」まで渡して……結局縮地も世界政府に奪われてしまいましたよ?マイナスのほうが大きいのでは?」
「あぁ、それでいいのさ」
再びヴェールは椅子に座りなおすと、ロキに話し始める。
「心配せずとも、世界政府にいる僕の協力者や友達が、縮地をこちらに引き渡す手はずになっている。それを踏まえれば、マイナスよりも、むしろプラスのほうが大きい。君のおかげでね」
話ながら、ヴェールは身を乗り出す。
「それに……今回の世界的騒動で、各国が大小被害を被った。復興もすぐには終わらないだろう。おまけに、アイアンエデンという裏でも一定の認知度と影響力を誇る巨大組織が解体された……これは、またとないビジネスチャンスだ。この機を逃すほど、裏の住人たちは間抜けじゃない」
「…そうか、アイアンエデンの土地や権力基盤の奪い合いが、各組織で始まる……」
ロキの言葉を聞き、ヴェールは笑みを浮かべる。
「それだけじゃない。被害を受けた国を拠点とする犯罪組織や暗黒街の住人達、怪盗や快楽殺人鬼と言った犯罪者たちも、この世界的混乱に乗じて徐々に動き出す。……これからは裏の世界も活発化する。だからこそ、彼らによって各地で混乱も起こり始める。我々はそれを利用する」
だんだんと、ヴェールの言葉が強くなっていく。
「新たな武器の開発や、WDOや世界政府の監視によって滞っていた研究も復活させ、世界中の犯罪組織にばらまくことで、世界的な実験もできる。我々も準備を進められるのさ。”大いなる目的”に向けての準備が…!」
話ながら、ヴェールは立ち上がる。彼のまとう不気味なオーラは、心なしかより一層増しているように思えた。
「今より、闇の時代が始まる。今回のアイアンエデンへの協力は、そのための”先行投資”さ。すべては、我々『エリオン・シンジケート』の世界支配のために……」
不気味に笑うヴェールの眼下の暗闇に、赤い光が灯る。
アナたちが平和への決意を固める中、まだ見ぬ闇の住人達もまた、その力を蓄え始めていたのだった。
to be continued




