つながっていく心
「みなさん……どうも…」
会見場に登壇したレックスは、軽い挨拶をした後、用意していた用紙を会見台に置き、それを見ながら言葉を続ける。
「私はREX5200。セキアテックス製のアンドロイドです……えー…本日ここに来たのは…ですね…皆様に伝えたいことがありまして……えっと……」
緊張しながら、レックスは用紙をめくる。
「私は…過去にアイアンエデンに所属して…いました。だからこそ……この世界で起きているアンドロイド差別の現状を…えー…よく理解している……つもりです…だからこそ…ですね、えー…皆様に、その…伝えたいことがあります……」
次のページをめくろうとレックスが用紙に手をかけるが、緊張のためか、あるいは今までの暴行の後遺症か。力が入りきらない手から、数枚ある用紙はばらばらと地面に舞い落ちる。
レックスはあわててそれらを拾い集めようと身をかがめたが、何かを思ってか、用紙を拾うことはしなかった。
「…こんなもの見て話したって、誰の心にも響きゃしないな」
そういって、レックスはまっすぐ前を見つめる。彼の目には…先ほどまで下を見ていてわからなかった彼の目の奥には、確かに信念と呼べるものがあった。
「世界の同胞のみんな。そして、そうでない人間、超人のみなさん。俺は”レックス”。数人からはそう呼ばれてる」
同刻 リンバー ある車の車中テレビ
『さっきも言ったが、俺は前までアイアンエデンに入信していた。それは何も、こんな暴動を起こしたいからじゃない。誰かに寄り添ってほしかったからだ』
同刻 ソドムスカ連邦 仮説避難テントのラジオ
『俺はガーデハイトの人身売買で人間に買われ、奴隷のように扱われた。毎日家事をやらされ、気に食わなければ殴られた。おかげで音声認識…人間でいうところの”耳”がほとんど機能しなくなった。俺は市民権を得て普通に暮らしていた。そのことを何度も何度も主張した。それでも、俺を買ったやつは容赦しなかった。「俺たちのほうがお前らより上だから」と言って』
同刻 ガーデハイト合衆国アメリカ領 町の大型テレビ
『つらく苦しい思いをした。そんな奴らが集まるところが、アイアンエデンだった。みんな暴力を受けていた。みんな虐げられていた。俺たちがまだ知らないだけで、世界中で同じ境遇の奴がいた。…結果、今のこの世界的な暴動に発展した。こんなことを言うのは不謹慎かもしれないが、今暴れている奴らの気持ちは痛いほどわかるし……俺は攻める気は起きない。元をたどるなら、発端は世界中で黙認されてきた「差別」だから。止まらない差別は…力での変更を余儀なくしてしまう。悲しいことに』
同刻 中華民主共和国 ある人の携帯画面
『でも俺はその考えを改めた。きっかけは小さな少女だった。彼女は、こういう事態にならないようにと…三つの種族が分け隔てなく手を取り合えるような平和な世界を作りたいと必の底から願っていた。結果だけ見れば実現はしなかったが…それでも彼女の行動は無駄じゃなかったと、俺は心から思ってる』
同刻 中東 軍のラジオ
『彼女は言っていた。「苦しみを抱える人たちに、手を伸ばしてあげて」と。今の世界に必要なことは、互いを傷つけあうことじゃない。互いに手を取り合うことだ。これは偽善でも何でもない。お互い争いあっていたら、永遠に諍いは終わらない。お互いを許して、お互いのことを話して…そして……友人になること。難しいことなのはわかってる。だけど……この一歩踏み出す勇気が、今の世界に必要なんじゃないかと…俺は思ってる』
同刻 世界政府 中央会議室
『俺はたった一人の気持ちで考えが変わった。今回の暴動も、たった一人の思想と演説から始まった。良くも悪くも、世界は一人の力で変わる。良い方向にも悪い方向にも、好きなように変えることができる』
同刻 WDO 本部会見室
「俺は、この先みんなが手を取り合えると信じてる。そうであってほしいと願うし、そうでありますようにと祈る。まだ間に合う。この先の結末を決めるのは、この放送を聞いているみんな次第だ」
そういって、レックスは軽く礼をすると、会見台から降りていく。と同時に、会見の映像は終了した。
現在 アイアンエデン本拠地
映像を見せ終えると、サムはその場に座り込む。まだ動けるわけでは無いようだ。
「レックス…」
彼に会ったのは一度だけ。それでも自身の思いが伝わっていたこと、つらい過去を乗り越え、一歩踏み出したこと。その嬉しさと彼の勇気を思い、アナの目に涙が浮かぶ。
だが、ゼノンの反応は芳しくはなかった。
「……なんだその映像は」
全てを見終わったゼノンが、サムに問いかける。
「WDOの全世界公開会見さ…数分前に行われたらしい」
「作りものだ。世論誘導のための」
「会見に出ていた彼は、ハルキンソンで出会ったアイアンエデンの信者だ。僕らも尋問した」
「だとしてなんだ?たった一人の会見で、世界が変わるとでも?」
「事実、この会見の放送直後から、世界的に暴動が沈静化の傾向にある。届いたんだよ。平和を望む声が……伝わったんだよ!彼女の思いが!!」
サムの声が部屋に響く。その言葉を聞いて、皆は希望を持ち始めていた。
と、アナがギガスの腕からそっと降りると、ふらつく足でゼノンを見る。
「ゼノン…!もうやめよう…!ここで終わろう!一緒に未来を考えようよ!!誰も泣かない、誰も傷つかなくていい、そんな未来を!!」
ゼノンは再び彼女の目を見る。
大粒の涙をぽろぽろと地面にこぼしながら、彼女は懸命に訴えかける。その目に宿るものは、決意から希望に変わっていた。
「ゼノン…」
「…ガーディアン」
「ゼノン様!!」
ギガスの声が、ゼノンの鼓膜を揺らす。
カナロアの顔が、ゼノンの思いを揺らす。
皆の思いが、ゼノンの考えを揺らす。
だが、彼の決意を揺らすことはなかった。
「……もういい」
突然、ゼノンがまとうエネルギーが増大する。
「……見せかけの茶番などもう必要ない…!!」
「お願いゼノン!もうやめて!!」
「私は!!もう止まることはないのだああああああ!!!!!!」
ゼノンが両の腕を固く合わせると、突然変形が始まり、巨大なビーム砲に変わる。その照準は、まっすぐアナに向けられていた。
「貴様が現れてからすべてが狂った!!その責任は取ってもらうぞ!!アナァアアアアア!!」
「このわからずやぁあああ!!!」
アナの周囲に、すべてのラプターが集まると、一斉にエネルギーをチャージし始めた。
だが、先に動いたのはゼノンだった。
「全て消えるがいい!!!」
〔ヴァニシングバースト!!!!!!〕
部屋を飲み込まんとするほどのエネルギービームが、皆の元へ向かう。
「ガーディアン…!」
「ゼノン様…もはやここまで…」
皆が絶望しあきらめる中、アナだけは違った。
「絶対にあきらめない!世界は変わってく!!彼の思いも変えられる!!!絶対に…絶対にあきらめたりなんかしない!!!!」
その声に呼応するように、ラプターの砲身が青く輝く。その輝きはまるで、消えることなく煌々と輝く、青い星のようだった。
【グリッドボルテッカー!!】
全てのラプターから、青い稲妻と共に一斉に光線が放出される。その大きさは、ゼノンのビームに引けを取らない。
ドゴォオオオオオオオオン!!!
激しい衝突音と共に、二人のビームはぶつかり合う。
「このまま押しつぶれろぉぉおおおおお!!!」
ゼノンの出力が上がる。
「負けるかぁああああああああああああ!!!」
アナの出力が上がる。
お互いの光線は拮抗し、一進一退の攻防を繰り広げる。
だが、徐々にゼノンのビームが大きくなり始めた。
「ロストウェポンをなめるな!!これは!!あの方が破滅の思いを込めて作り上げたものだ!!それを手にした今!!私が負けるなどあってはならんのだぁああああ!!!」
「破壊しかできないそんなもの!!私が打ち砕いてやる!!!!」
と、徐々に出力が上がり始めたアナの光線が、徐々にゼノンのビームを押しのけていく。ゼノンも負けじと出力を上げるが、アナの光線はびくともしなかった。
「ここで…こんなとこで…!終わるわけにはあああああああああ!!!!」
ゼノンの悔し紛れに叫んだ声が、自身が放つビームがはじけ飛ぶ音にかき消される。
青い光は、無情にも彼の体を包み込んでいった。
ドガァアアアン!!
ゼノンの体は、壁に強く叩きつけられる。その体はボロボロで、見るに堪えない。
最早彼の死は、その場にいる誰もが確信していた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
全てを出し切ったアナが、息も絶え絶えにその場に膝をつく。そんな彼女を案じ、サムとカナロアを抱えたギガスが駆け寄る。
「アナ!大丈夫かい!?」
「サム…私……結局分かり合えなかった……彼は…悪い人じゃなかったのに…!」
サムの腕の中で、アナがぽろぽろと涙を流す。この事件が始まってからずっと彼女が思っていた「ゼノンとわかりあう」ことは、ついにできなかった。自身のふがいなさ、そしてできなかった悔しさが、彼女の胸をきつく締めつけていた。
「……これで…幕引きか…」
「…ゼノン様もわかってくれるさ。彼女は…最後まで分かり合おうとしていた。それだけでも大きな一歩だと、私は思うね」
アナを見ながらぼそりとつぶやくギガスに、カナロアは優しく語り掛ける。しかし、この二人に感傷に浸る時間はなかった。
「ギガス、そしてカナロア」
突然、二人の背後から声が響く。振り替えると、巌流と彼に肩を借りるアレキサンダーが立っていた。
「君たち二人を、内乱誘発罪ならびに複数国家転覆罪の罪で拘束する。両手をみえるところに出せ」
巌流の指示に、二人は抵抗することなく従う。その姿を見て、巌流はアレキサンダーを地面に座らせると、手錠を二つ持って二人に近づいた。
手錠がかけられる直前、カナロアは巌流に問いかける。
「ほかの面々は?ほったらかしでいいのか?」
「レオンさんは応急処置を済ませて安静にしてる。ビルも颯が修理中だ。大事には至っていない」
「そうか…」
「…心配してくれたのか」
「千里の道も一歩から。まずは身近な人間を思うことにしただけのことさ」
「不器用な奴め」
笑いながら、巌流はカナロアに手錠をかけた。
その横で
「…アレキ…サンダー」
「ん?どうした」
「……俺は…これでよかったのだろうか…」
「レオンが言ってたろ。まずは一歩踏み出すことが大切だと。お前は今、一歩踏み出した。結果は後からついてくる」
「……そうか」
ギガスが、フッと鼻を鳴らして笑う。その光景にアレキサンダーは一瞬驚き固まるも、すぐににこやかに話しかけた。
「ハハッ、お前も笑えたんだな」
「…笑うことも、新しい一歩さ」
ギガスに着けられた手錠が、カナロアの手錠と連結される。そして、巌流の持っている端末のようなものからひものようなものが伸び、手錠と端末をつなげる。
「それじゃぁ…午後13時15分。連行する」
巌流と共に、二人は歩き出す。その光景を見て、アナは涙をぬぐって二人に話しかけた。
「ねぇ!」
「…どうした、アナ」
「私…頑張るから!みんなの思いを!願いを!必ず実現できるように!!」
「…フハッ!!ハハハハハ!!」
「フフ…」
アナの涙を浮かべて必死に話す姿に、ギガスとカナロアは思わず笑ってしまう。
「な、なんで笑うの…?」
「いやなに…あんまりにも必死で話すもんだから、ついな…ククク…」
「…小さな子の必死に話す姿は、どうにもかわいいものだ…フフフ…」
「それじゃあ、無事に願いが叶う日を、獄中で楽しみに待つとしようか」
「…そうだな、気長に待とう。何せ機械だから死ぬこともない」
「もう!私はまじめに言ってるのに!」
なかなかに突っ込みづらい冗談をかわす二人に、アナはほほを膨らませて怒る。ただ、アナの目に映る二人の顔は、以前までの二人とは違う。希望と期待に満ち溢れている眼をしている。そんな風に感じられた。
「わかっているともアナ。わかっているさ。君の気持ちも、その信念も」
「…ガーディアンの分も…そして俺たちの分も。君に願いを託すよ。頼んだよ」
二人は、アナの目を見て思いを伝える。その言葉に、その秘めたる願いにこたえるように、アナは笑顔でうなずいた。
「うん!!」
三人の会話がひと段落突いたのを見て、巌流が手錠をクイと引っ張る。二人は改めて向き直ると、巌流と共に出口へと向かって歩いて行った。
「さて、あとはここに残る構成員の確保と本部への報告、あとは……ゼノンの遺体の回収だね」
「援軍を呼ばないか…?みんなボロボロだ…」
「他は手いっぱいで援軍は呼べない。もうひと踏ん張りだよ、アレク」
「その前にみんなの介抱しなくっちゃ」
「確かに、アナの言うとおりだ。まずは皆を起こしてからにしようか」
話ながら三人は、負傷した皆がいる場所へと歩を進めた。
だが、皆は見落としていた。
ゼノンの”生死”を。
「ぐ……が.…」
消え入るような雑音交じりのうめき声が、ゼノンから発せられる。
(体が動かん…意識ももう…長くはないな…)
彼のボロボロの体。以前失った右腕と左脚は消し飛び、胸部の装甲は完全に破壊。露出したコアが、弱弱しく輝いている。
頭部もひどく損傷しており、左半分がえぐり取れていた。
アンドロイドの生命維持機能の大半が破壊されている。にもかかわらず、彼はまだ意識を保っている。この現象が彼の強い意志からくるものなのか、はたまた神の気まぐれか。それを知るすべはどこにもない。
(ギガスとカナロアは…捕まったか…あの二人は…最後に希望を見た……そしてアナに託したか……フフ…変わったな…)
ゼノンは小さく笑い声をあげる。しかしそれは嘲笑ではなく、嬉しさからくるものだった。
(ようやく…私の元から飛び立った……自らの意志で…これからは、彼らが導いてくれるだろう…)
身体の節々から、火花が上がる。
(セイレーンは…逃げたか……フフ…狡猾な彼女らしい……)
徐々に手足の感覚が消えていく。
(アナとは……終ぞ分かり合えなかったな……それだけが心残りだ…)
だんだんと、視界が薄れていく。
(あぁ…アテナ様……今………あなたの元へ…………)
彼の意識が遠のいていく。
そのとき。彼の目に、あるものが留まった。
(?杖から何かがはい出て……?…!そうか…)
彼の目に映ったのは、破壊されたアロンからずるずるとなめくじのようにはい出る鋼色の塊、アレスだった。
(アレス…てっきり消えたものだと思っていたが…まだ残っていたか……)
考えがよぎると同時に、ゼノンは自身の残った左腕を見る。その左腕に張り付いていたアレスもまた、うねうねと蠢き分離を始めている。
アロンという疑似制御機構がなくなったことで、アレスはゼノンの命令を聞き入れられない。そのことに混乱したアレスは、散らばった自分の体を寄せ集め、逃走を図ろうとしていた。
だが、次の瞬間、アレスたちの動きが再び止まる。
「誰が……誰が逃げていいと言った…!!」
ゼノンの言葉に恐怖を感じたアレスは、即座にゼノンの元で集合し、一つの球になると、ゼノンの元でふわふわと浮き始めた。
その直後、ゼノンは残った左手でアレスを掴むと、あらん限りの力で左自身のコアにぶつけ合わせる。
そして、アレスに命令を下した。
「私を治せ…!再び動けるように私の一部となれ……!!」
その言葉を聞き、アレスはゼノンのコアを包んでいく。そして体中に自身を巡らせ、ゼノンを覆い始めた。
「まだ……まだ潰えてなるものか……!!!!」
ドゴォオオオオオオオオン!!!
突然、部屋全体に轟音が響き渡る。出口に向かっていた三人は、負傷した仲間の元へ向かっていたアナたちは、その音のなる方向へ振り替える。
そこにいたのはゼノンだった。
だが、様子がおかしい。
消し飛んだ右腕と左足は、鈍い銀色に輝く鱗のような手足に変わり、胸のアーマーはカビのように全身に根を張っている。えぐれた左頭部を守り、それでいて顔全体を覆うように、ゼノンの仮面を模倣した鋼色の物体が張り付き、目の部分は赤黒くぎらついている。
背中からマントのように垂れる銀幕はよく見ると細かな物体が滝のように流動し、そこからいくつもの触手が生え、うねうねと蠢く。
最早ゼノンとは言えない。そこにいたのは、ゼノンの姿をした”怪物”だった。
「ゼノン…!?」
「なんだありゃ…」
「ゼノン様!?」
「…ガーディアン…」
驚き警戒態勢をとる皆をよそに、ゼノンは歓喜の声を上げる。
「素晴らしい…!!今なら、邪魔するものすべてを壊せる…そんな気さえするほど心地いい…!!!」
怪物が高らかに笑うと同時に、すさまじいエネルギーが部屋全体を包み込む。
その衝撃に皆が身構えると、ゼノンは首をゴキゴキと鳴らし、笑みを浮かべながら語り掛けた。
「さぁ…ラウンド3と行こうか…!!」
to be continued




