139.国を捨てた者3
門をくぐれば、外とは比べ物にならないほどの賑やかな声に再び目を開ける。荷馬車の後ろからは外が丸見えで、寝転がっている自分には空と露店と思しき屋根しか見えない。しかし、香ってくる食べ物の良い香りに、思わずのどが鳴った。
御者の男が振り返る気配がする。
「どうする。とりあえず脇に馬車停めて何か食いに行くか、俺もう腹減って仕方ねーよ」
そう問われた荷台の男の腹の鳴る音が荷台に鳴り響く。
「俺も限界だ。先に飯だ。その後に買い出しだ。先は急ぎますが、まずは飯だ」
そう言うと、荷馬車を脇に止めると同時に二人は荷馬車から降りていく、荷台にいた男がこちらに何かを放り投げる。
「水だ。それ飲んで荷馬車を見張ってろ」
「おい!早く!」
「わかってる!」
二人の足音が遠ざかっていく、それを聞きながら自分の手とは思えないほど重たい腕を動かしてゆっくりと水の入った革袋を手に取ると、口を使って革袋の蓋を開ける。たいして残っていない水がチョロチョロと出てくるのをすする様に飲み干していく。
惨めな自分の姿にまたも涙がにじみ始める。死んでしまいたいと思っているのに、生にしがみつこうとしている自分も何もかもが惨めで仕方ない。
「んっ?おっ、おい!お前大丈夫か?」
不意に荷馬車の外からかかった声に驚きつつも、ゆっくりと首を動かせば太った人間の男が焼いた鳥のモモ肉を片手に持ちながらこちらを驚いたように見つめている。何も言わずその男を見ていると、男は慌てたように
「ちょっ、ちょっと待ってろ!」
そう言うとドスドスと音を立てながらどこかへ行ってしまった。いったい何だったのか、そう思いつつ潤った喉に「はぁー」っと大きなため息をつきながら、ゆっくりと仰向けに寝転がる。
人間の身体とはしぶとくできている。水さえ飲んでいれば、一日半切れのパンでも何日も死なずに生きていられるのだから……。ウトウトと意識がまどろみ始めたころに、またドスドスという音が聞こえ始める。
「おい!生きてるか?」
その声に、目をゆっくりと開けると、先程の男の手には木の御椀があった。
「よかった。まだ生きてるな!」
そう言うと男は荷馬車に乗り込んでくる。男は流れる汗を服の袖で拭いながらこちらへやってくる。旅人と思しき風体で、茶色い身軽な旅人衣装に薄汚れたカーキのマントはそこかしこに穴が開いてボロボロだ。髪は刈り上げられていて坊主のようだった。その男がこちらにやってくると、そこが抜けそうなくらい荷馬車の床がミシミシ音を立てる。
「ほら、支えててやるからこれを飲みな、穀物を湯に溶かしてあって卵も溶いて入ってるんだ。何日もまともに飯食ってない奴には、最適な飯だ」
そう言いながら男はゆっくりと助け起こすように体を起こしてくれると、荷馬車の壁に体を預けさせる。そして、口元に器を近づけてくる。
空腹なんてずいぶん前から感じていなかったというのに、嗅いだこともない良い香りに思わず口を開けば、男はその風体にはまったく似合わないほど、ゆっくりと器を傾けて、こちらの様子を伺いながら上手く口の中に少しずつ食事を流し込んでくる。
「水もあるからな」
その気遣うような声色に思わず涙があふれてきた。




