138.国を捨てた者2
「おい起きろ!起きろっ!!」
強い力で肩をゆすられ重たい瞼を上げれば、いつの間にか外は明るくなり荷馬車は止まっている。あれから何日経ったのか、ろくに食事をとる事ができずついに起き上がる気力もなくなった自分は、一日中荷馬車の床に横になっている日々だった。
「ったく、生きながらに死んでるとは正にこの事だな」
「こんな奴でも魔力量は人並み以上だ。サージからの奴隷供給ができなくなった今、少しでも魔力量が多い奴をかき集めなきゃならん」
「チッ、お前みたいなのでも役割があるんだってよ、よかったな!」
御者の男が舌打ちすると荷台から降りていく、横たわったまま顔を動かせば外が何やらザワザワと騒がしいが、起き上がる気力もない。はやくこのまま死んでしまいたい。そう思いながら、もたげた首を床に戻して目をつぶる。
「病人というのはこいつか」
突然響いた言葉に、再び目をうっすらと開ける。目の前にいたのは槍を持った兵士だが、その頭には耳がついている。
獣人……。
怪しむような目をしている獣人の兵士に応えるように、荷台の男が疲れたような声を出す。
「はい……。平原で魔獣に襲われ食い物もなくなり、病に倒れた仲間に飲ませてやれる水すら尽きてしまいました。ミッドラスでなんとか物資を調達して、ハイランジアに向かいたいと思っております」
男の言葉に、獣人の兵士は荷馬車の中を見渡しながら口を開く
「知っての通り、魔獣襲来の一件以来、人間の出入りは厳しく制限されている。出入りできる区画は広場のみだ。お前らの痩せ細った体を見れば、食糧が尽きている事は嘘じゃないようだ。通してやるが、食糧を調達したらとっとと出て行けよ、不審な動きをすれば問答無用で牢獄で尋問だ」
「はい。はい。重々承知しております」
「順番に通す。このまま列で待て」
そう言うと獣人の男は、立ち去って行った。それを荷台から見送った男は体を中に引っ込めると、外にいた御者の男も中に戻ってくる。
「チッ、獣風情が偉そうに、犬畜生ごときが人間様に指図しやがって」
「おい!口に気をつけろ、奴らは俺たちより耳が良い。ミッドラスでは口を慎め」
「はいはい、ったく、ミッドラスの世話にならなきゃならんとはな」
そう言うと御者の男は面倒くさそうに御者席の方へと戻って行った。
ミッドラス……ボーっとしている頭で思い出す。そう言えば子供のころ、サージにも獣人の出入りがあったことを思い出した。あの頃も国は貧しかったが、少ないながらも他国からの行商人の出入りはあった。
当時、幼かった自分は初めて見た獣人に驚いて見上げていると、隣にいた父上が昔を懐かしむような顔で、ミッドラスという獣人の国に昔行ったことがあると話していた。街は活気があり、狩りの得意な獣人は食料に事欠かず。どこの露店も焼いた肉の串焼きを売っているから、肉の良い匂いにつられてついつい食べ過ぎてしまうんだと笑いながら話していた。
「お前もいつか大人になったら行ってみると良い」ずっと忘れていた今は亡き父との記憶、いつの間にか忘れてしまっていた父の声が不意に聞こえた気がして涙がこみ上げてくる。
こんな形でミッドラスに来て、今の自分の姿を父上が見たらどれほど失望するだろう……。ガタリと音を立てて荷馬車が動き始める。床に寝たまま揺られるがままその身を預ける。
流れ落ちた涙が乾いた荷馬車の木の板に吸い込まれていく、真っ白だった木は吸い込んだ涙で茶色い本来の色を取り戻していった。それを見て不意に、今まで忘れていた喉の渇きを思い出した。




