137.国を捨てた者
真っ暗な平原を明かりも灯さず月明かりだけを頼りに、一台の荷馬車がひた走っている。まるで何かから逃げるように走るその馬車には御者が一人と荷台には2人の男が乗っていた。
その中の一人はうつむき目が虚ろでまるで廃人のように、揺れ動く荷馬車の中で抗うことなく揺れる度に体をそこかしこに打ち付けていた。ぶつける度に、あぁ、まだ自分は生きていた、と、考えるのを放棄したいはずの思考が呼び戻されるのだ。ボーっとしていると、御者の男が振り返る。泥で汚したような汚いマントに顔も見えないほど目深にかぶっていた。
「雨の匂いだ。風も冷たくなってきた。これは荒れるかもしれないぞ、どうする?」
そう問われた後ろの男の一人が、御者の方を見上げる。その男も御者と同じように汚れたマントを羽織ってはいるが、肩まで伸びたボサボサの茶色い髪と無精髭が生え、まるでスラムから出てきたような見た目の男だった。
「できるだけ早く距離を稼がなければ、行けるところまで行くしかない」
その言葉を聞いて御者は盛大な溜息を吐く。
「ろくな食料もサージから持ち出せなかったしな、先を急ぎたいのはわかるが、やはりハイランジアに寄った方がいいんじゃないか?」
「馬鹿を言うな」
男はそう言うとこちらを見る。
「こいつはこれでもサージの元騎士団長だ。ハイランジアの騎士どもには顔が割れている。万が一見つかりでもしたら面倒だ。今のコイツはこんな状態だ。言い訳一つできやしない」
そう言ってこちらを見てくる男の目を、ぼーっと見つめ返せば、嫌悪感を露わにした顔をした男はすぐさま目をそらした。
自分を牢屋から引きずるように連れ出したこの二人はサージから派遣されてきた魔導士だったはず。名前は何だったか……。その二人は何事か話し合っているが、その後の言葉は耳に入ってこない。
そうだ……そうだった。自分はサージの騎士団長だ。誰も自分をそうは思っていなかっただろう。結局、何もできずに仲間を捨て、国を捨て、一番大事だと思っていた王すらも見捨てて来た。もう何もかもから解放されたかった。
いったい自分が何をしてきたというのか?悪事も働かず、ただ真面目に職務をこなしてきた。求められることをしてきただけなのに、なぜ自分はこんな目に遭わなければならないのか、ただ人並みの生活と幸せがあればそれで十分だったのに……。
うっすらと目が潤み始める。馬鹿みたいに牢屋で泣きじゃくっていたというのに、涙はまだ出るらしい……。
もう考えるのはやめよう。
自分はこれから、この男たちにサンタナムに連れていかれる。その後は知らない。
もう……もうどうでも良い……。
何もかも……。




