契約
説明長くてすみません。
「あやかし、管理課?」
疑問を呈す弥生に、彼は笑みを浮かべた。
元々柔和な顔立ちをしているが、笑うと目尻がフワリと緩んでますます優しげになる。
それでいて宗教画のように神々しく、侵しがたい空気をまとった青年だ。
弥生は慌ててアカのスーツを引っ張った。
「こ、この人もあやかし?」
「はあ? こんないかにも脆弱そうな奴が、あやかしのわけないだろ」
「そうなの? どう見ても、あなたみたいに人外じみた美形だからさ……」
小声で繰り広げられる失礼な会話にも、彼は友好的な笑みを崩さなかった。
「初めまして。あやかし管理課を取りまとめている、蘭高士と申します」
「初めまして、柴垣弥生です。すみません、その、あやかし管理課っていうのは……?」
取りまとめている、ということは、彼はあやかし管理課という部署の課長だろうか。
そもそもアカが説明を投げ出してしまったために、一から十まで理解できない。
蘭の執務室に、束の間沈黙が落ちる。
気まずい空気を感じ、弥生は冷や汗を流した。
「……何も説明していないのかい?」
「俺にできると思うのか?」
蘭の問いをアカが素っ気なく叩き落とし、再び奇妙な静寂が訪れる。
けれど弥生には確かに聞こえた。
『この野郎、面倒ごと全部押し付けやがって』という、蘭の心の声が。
それでもあくまで柔らかな笑みを浮かべている彼に、尊敬すら覚える。
「何か、本当にすみません。お手数おかけします」
「気にしないで、君が謝ることではないから。まあ、長命なあやかしほど些事にこだわらないからね。仕方のないことでもあるんだよ」
申し訳なさすぎるためアカに代わって謝ると、蘭は諦めに近い微笑と共に緩く首を振った。
あやかしと人間が一緒に働くというのは、容易なことではないらしい。
生き方が違えば、考え方も感じ方も何もかも異なってくる。弥生もこれから、そういった存在と仕事をしていくのだ。
やはり無鉄砲すぎたかもしれないと内心遠い目をしていたら、蘭に面白そうな笑みを向けられた。
「君も君で、よくそんな状態で彼に従ったよね」
「いや、背に腹は代えられないというか、目先の利に飛び付いてしまったというか……」
母が死に、収入源を失って切羽詰まっていたのだから、些事にこだわらないあやかしと同類のように扱うのだけはやめてほしい。
話が一段落したところで、蘭は来客用のソファを弥生達に勧めた。
柔らかな感触に居心地の悪さを感じる弥生は、隣で傲然とふんぞり返っているアカの図太さを心底羨ましく感じた。
豪胆だ豪胆だと人を貶しているが、彼の方が余程豪胆だと思う。
ソファに腰を下ろした蘭が、改めて切り出す。
「ではまず、あやかし管理課について話そうか。君は、赤鬼以外のあやかしと遭遇したことはある?」
素直に首を横に振れば、彼は頷いた。
「そうだね。そうそう出会うものではないから。きっと柴垣さんも、これまでは架空の存在と思っていたのではないかな?」
全くその通りだった。
現代において、あやかしという非科学的なものを信じている人の方が少ないだろう。
「けれど、あやかしは厳然と存在する。君ももう、否定はできないだろう?」
光の届かないところなど、ほとんどなくなってきた昨今。あやかし達は人の世に溶け込み、営みに紛れることでその数を保ってきたのだという。
アカのように現世で仕事を得ているあやかしは、実は多いのだとか。
「そうは言っても、際限なくあやかしが増えてしまえば我々の暮らしに影響する。中には凶悪なものもいるからね」
人を襲うあやかしには、国も対処しきれない部分があった。
別の理で生きる彼らに人命の尊さを説いても無意味だし、捕縛するのも並大抵のことではない。
「そこで政府は、現状を打破する方法を専門家に考えてもらった。その専門家というのは、寺社仏閣のことだね。彼らは、あやかし達が住まう常世という世界があること、常世と現世とを繋ぐ場所がいくつかあることを首脳らに教えた。そして、その出入り口を制限し、来訪者を取り締まればいいとね」
もしや、柴垣家の庭の祠も、その『繋ぐ場所』というものだろうか。
だとしたら、今現在いるここはーー。
それ以上考えたくなくて、弥生は物騒な予想を頭から追い払った。
「えっと。つまり、鎖国みたいなことですか?」
「言い得て妙だね。日本は鎖国令を廃止し文明開化したというのに、あやかしに対しては制限を設けたというわけさ。そしてその取り締まりの役は、我々警官が負うこととなった」
「え。警官?」
どうやら課長ではなかったらしい。
「改めまして、蘭高士警部補です。あやかし管理課は警察の管轄。私は出向というかたちで、この部署の長を務めているんだ」
警部補ということは、おそらくエリートなのだろう。彼はまだ二十代くらいに見える。
見目麗しいだけでなく、優秀。
世の中には、神から二物も三物も与えられた人間がいるらしい。
「ここは少数精鋭を地で行く課でね。何といってもあやかしが見えること、特殊能力があることが採用条件になってしまうから、人員の確保は難しい。君の母上は、とても有能な部下だった」
蘭は、そこで神妙な顔になった。
「遅くなったけれど、お悔やみ申し上げよう。柴垣辰子さんは仕事に真摯で、どんな些細な問題であっても尽力する、素晴らしい方だった」
「そう……なんですか。そう言っていただけて、母もきっと喜んでいると思います」
口にしながら、上っ面だけの言葉であることを自覚していた。
母が何を考えていたかなんて、弥生に分かるはずがない。もしかしたらアカや蘭の方が詳しいのではないかとすら思ってしまう。
苦い気持ちがじんわりと胸に沁み出してくるのを感じながら、弥生は話を変えた。
「そういえば、母は能力を持っていたってアカから聞きました。私も同じものを受け継いでるとか」
蘭は、灰色がかった青の双眸を僅かに細めた。思案げに足を組み替え、長い指を顎に添える仕草は、非常に洗練されている。
「ふむ……。赤鬼が確認したのなら、間違いないだろうね。そう、柴垣辰子さんは、稀有な能力を持っていた。それを君が受け継いでいるのだとしたら、我々にとっては僥幸だ」
彼は困ったように苦笑した。
「先ほども言ったように、あやかしとは何とも厄介で、力ずく消滅させたとしてもすぐに甦ってしまうものなんだ。たとえ、どんなに高位のあやかしの力をもってしてもね」
蘭の視線が、チラリとアカに向かう。
彼は強いあやかしなのだろうか。
「そこで有用なのが、『あやかしの真名を読み解く』能力なんだ。あやかしにとって、『真名』とは命そのもの。奪われれば己の意思にかかわらず、決して逆らえなくなってしまう」
アカが『真名』をみだりに口にしなかったのは、どうやらそういう理由かららしい。
強大な武器より何より、『あやかしの真名を読み解く』能力には拘束力があるのだという。
とはいえ生身の人間には危険が伴う仕事なので、護衛としてあやかしがつく規定になっている。母とアカが組んでいたのも規定によるものだった。
「捕縛、といっても荒事にはかかわらないから、そこは安心してほしい。あやかし管理課の仕事はあくまで、在留許可がない状態で日本に滞在しているあやかしの発見、保護だけだ。もし人に害をなすあやかしだった場合には、実動部隊に連絡して引き継げばいいからね。君の能力さえあれば、それほど難しい仕事じゃないよ」
彼は姿勢を正すと、躊躇いもなく腰を折った。
「短期の契約でいいんだ。どうか我々に、力を貸してくれないだろうか」
慌てて頭を上げるよう促すも、彼は頑なだ。
弥生は深々とため息をついた。
「まあ、十年二十年後のことを考えれば、私も仕事を選んでいられる状況ではないですし……」
今は蓄えで何とかしのげているものの、弥生に必要なのは確固とした就職口だ。
あやかしだとか常世だとか、雲を掴むような話が『確固』と言えるのか不明だが。
肯定的な答えに、蘭が顔を上げた。
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、こちらはどれだけ救われるか」
「ところでさっき短期契約って言ってましたけど、それって要するに見極め期間ってことですよね」
実際に弥生の能力が開花するかは定かでないため、短期での契約は試用期間ということだろう。
殊勝な申し出をしているような口振りだったが、何の力も持たない足手まといを雇用するほど甘くはないということだ。
断定的な指摘にも、蘭は笑顔のままだった。
「……そうだね。君が賢明であることは理解できたから、能力云々はともかく、簡単に手離しはしないだろうけれどね」
まだ学生である弥生に対して、全く手加減のないえげつなさ。彼の容姿や雰囲気に騙されていたら、後々痛い目に遭いそうだ。
とはいえ、甘く見られるよりはずっといい。
「まぁ、話半分で聞いておきます。そんなことより契約内容の方が気になりますし」
危険な仕事であることを匂わされたし、やはり短期契約であっても手厚い保障が欲しい。
生真面目に頷く弥生に、蘭はとうとう堪えきれないように吹き出した。
「これはまた、肝が据わった新人さんだ」
「まあ、母親に似て度胸はあるな」
なぜか蘭とアカで頷き合っているが、一応相手は上司になるのだからと、弥生は半眼で聞き流した。
本編に全く関係ないですが、
明日は『悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ』の
コミカライズ更新日!
そしていよいよコミック1巻の発売日です!
どちらもぜひよろしくお願いします!m(_ _)m




