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妖怪に関するトラブルなら、あやかし管理課まで!   作者: 浅名ゆうな


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5/6

通常業務

 あのあとすぐに雇用契約を交わし、弥生は正式にあやかし管理課の一員となった。

 学業との両立は難しいと思っていたが、二週間もすれば慣れてきた。

 今はまだ、新しい知識を取り込んでいく段階で、仕事らしい仕事をしていないからかもしれない。『あやかしの真名を読み解く』能力の発現にも努めねばならないが、そのために何をすればいいのか今のところ分かっていなかった。

 あやかし管理課がある謎の空間への出入りには、毎回アカが付き添ってくれている。

 そのくせ仕事への助言をくれることは一切なく、いつも暇そうにしているのだから、素直に感謝しづらいところだ。

 今日も堂々と居眠りをしているアカを横目に、弥生は日常業務をこなしている。

 あやかし管理課の面子が集まる部屋は、小ぢんまりとして事務的だ。

 弥生は用意されたデスクで、現在日本に住んでいるあやかしの名簿一覧を読みふけっていた。

姑獲鳥(うぶめ)。他に夜行遊女、鬼鳥、天帝少女とも表記する、夜間に飛び回り子どもを害する怪鳥。羽毛を着ると鳥に、脱ぐと女人の姿になる……」

「勉強熱心ねぇ、弥生ちゃん」

「わぁっ!」

 突然背後から冷たい吐息をかけられ、弥生は本を取り落とした。

「り、六花さん、やめてくださいよ……」

「ごめんごめん。あんまり熱心にしてるから、つい微笑ましくて」

「え。もしかして、声出ちゃってました? すみません、仕事中に雑音を」

「雑音って。弥生ちゃんて何というか、表現がざっくばらんよねぇ」

 艶っぽく笑う美女の名を、六花という。

 弥生の先輩で面倒見もいいが、れっきとしたあやかし。彼女は雪女なのだ。

 雪女といえば男の魂を抜き取るという伝説があるが、本人は男性より可愛い女の子を愛でる方が好きと豪語している。少々変わり者だ。

「弥生ちゃん、何で妖怪図鑑なんて読んでるの?」

「今、日本在住のあやかし名簿を見てるんですけど、知らないあやかしが多くて。どんな姿でどんな特性なのか、一応勉強してみようかと」

 ちなみに先ほど読んでいた姑獲鳥というのは、中国の伝承に出てくるあやかしだ。

 他人の子どもを奪い自らの子としてしまう習性があり、夜に干された子どもの着物に血で目印を付けてから魂をさらっていくのだという。

 こんな恐ろしい特性を持つあやかしが身近にいると思うと少し怖いが、彼らは住民登録をした時点で人間に危害を加えないと約束しているらしい。

「この名簿、名前も住所も職業もしっかり書いてあるのに、どういうあやかしなのかっていう説明がないんですよね。私はあまり詳しくないから、こうして少しでも知識を得ようと……」

「えらい! えらすぎるわ!」

「ぐえっ」

 突然六花に抱き着かれ、弥生は椅子から転がり落ちそうになった。

「高校の勉強だけでも苦労してるでしょうに、誰に言われずとも理解を深めようとする努力! お姉さん感動しちゃった!」

「いや、大げさですって……」

 ぎゅむっと豊満な胸に包まれ、若干息が苦しい。

 実際、安定した職欲しさで机にかじりついて勉強していたけれど、今では短期といえど立派な公務員だ。学業の方は根を詰めず、こちらでの学びを優先することは十分可能だった。

 未だに友人の雅奈恵には危ないアルバイトではないかと心配されているが、それなりに順応している弥生が苦労だと感じることは少ない。アカがいないと出退勤できないことが少々もどかしいくらいだ。

 単に抱き着きたいだけなのではと邪推したくなるほど長い抱擁に困っていると、フロアの入り口から恨みがましげな視線を感じた。

「いいなぁ、六花さんのハグ……」

 ボソリと呟いたのは、三十代前半くらいの男性。六花のバディを務める境正嗣(さかいまさつぐ)だ。

 普段は温厚なのだが、六花が好きすぎるあまり暴走しがちな一面もあり、こんなふうに嫉妬の視線にさらされるのも今回が初めてではなかった。

「僕なんか、かれこれ二十年以上ハグしてもらってないのになぁ……」

「鬱陶しいわね、正嗣。子どもの頃ならともかく、ただの成人男性をハグするわけないでしょ」

「あの頃に帰りたい……」

 めそめそと泣き言を漏らしているが、六花に構われて若干嬉しそうだ。重症だ。

 今は不在の局長を合わせれば、あやかし管理課の面子はこれで全員になる。蘭が言っていた通り、かなり少人数で構成されていた。

 ともかく、騒がしいバディは放っておくことにして、弥生は勉強を再開する。

「えーと。姥火(うばび)は、幼児をさらって売り飛ばしていた老婆が死後、火となって現れたもの。え? つまり、昔は人間だったけどあやかしになって、今は政府に認可されて常世から現世に移住してるってこと? ややこしい……」

 頭を抱えていると、突然アカが起き上がった。

 驚く弥生など一顧だにせず、無表情で入り口の方を注視している。

 やがて弥生も、彼が何に反応したのか分かった。

 二本足で歩く狸が二匹、姿を現したのだ。

「あのう……ここがあやかし管理課で、間違いないでしょうかのう?」

 連れ立っていた内の一匹が、ちんまり可愛らしい見た目にそぐわぬ低い声音を発した。しゃべり方も、年輪を重ねたもののようだ。

 弥生は初めての来客に面食らいながらも、化け狸に違いないと思った。

 恐ろしさは微塵も感じず、むしろちょこちょこ動くぬいぐるみのようで愛らしさしかない。

 つい凝視してしまう弥生とは対照的に、六花と正嗣は瞬時に対外的な顔へと切り替えた。

「何かご相談ですね。こちらでお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか? プライバシーの守られた個室もございますが」

 六花が柔らかく問いかける間にも、正嗣は二人分のお茶を淹れている。弥生は何をすればいいのか分からずオタオタしてしまった。

「あの、ここで大丈夫です。たくさんの方に聞いていただいた方が、いいかもしれないし……」

 もう一匹の狸が、女性らしいか細い声で話した。外見はよく似ているが、もしかしたら夫婦なのかもしれない。

 六花が流れるように椅子を勧める。

 弥生はせめてとばかりに図鑑も名簿も片付け、聞く態勢を整えた。

 狸達の前に湯気の立つお茶が置かれると、六花が神妙な顔で切り出した。

「では、お話しください。何かお困りのことがございましたか?」

 不安そうに顔を見合わせていた狸達だったが、少し体格のいい方が意を決したように口を開いた。

「実は、おら達の息子がいなくなっちまったんだ」

 夫婦は、豆狸というあやかしらしい。

 弥生は最近蓄えた知識を探ってみる。

 確か、よく広がる陰嚢を持つという、犬くらいの大きさの狸だ。雨が降る日はこの陰嚢を傘のようにかぶり、酒の肴を求めて人里を彷徨い歩くという。

 若干下品だがのんびりした生態のあやかしだ。

 そんな彼らの息子が、二ヶ月ほど前から行方不明になっているらしい。

「昔から好奇心旺盛で、家でじっとしているような子じゃないんです。駄目だって何度叱っても、境界を渡って現世に行ってしまったり」

 毛に覆われていても、母狸は沈痛そうに見えた。

「それは、さぞ心配でしょうね……」

「最近保護されたあやかしを遡って調べてみましたが、該当する子どもはいないようです」

 パソコンを操作していた正嗣が、六花の隣から補足する。豆狸の夫婦はあからさまに消沈した。

 その後彼らは六花達の勧めに従い、捜索願を出すこととなった。手続きが受理されれば、あやかし管理課で調査できるようになるらしい。

 相談が終わる頃、狭い部署に不釣り合いなほど立派な柱時計が五時を報せた。

 六花は席を立ちながら、弥生に耳打ちをする。

「私達はご夫婦のお見送りに行くけど、あなた達はもう帰っていていいからね。お疲れさま」

 先輩達が去っていき、弥生はほうと息をついた。

「さすが、手際よかったね。すごく勉強になった」

 豆狸夫婦に個室以外の選択肢を提示したのは、もしかしたら弥生に仕事の流れを見せるためだったのかもしれない。

 普段はふざけていることの多い二人だが、有能ぶりがよく分かった。

「六花さんがああ言ってくれたことだし。アカ、私達は帰ろっか」

 特に存在感を示さずにいたアカだったが、決して居眠りをしていたわけではない。

 豆狸夫婦を慮って沈黙していた彼にいつもの傲慢さはなく、弥生はこっそり見直していた。

 ーー適当にサボってばかりだったけど、仕事の時は真面目なんだな……。

 いつか弥生達も、六花と正嗣のように息の合ったバディになるのだろうか。何だか想像がつかない。

「そういえば、今日も局長に挨拶できなかったな」

 何度出勤しても空席が続く局長のデスクを思い出し、よほど忙しいのだろうとため息をつく。

 だが、隣を歩くアカがそれを否定した。

「いたぞ。局長」

「ーーええっ!? 全く気付かなかったよ!?」

 彼の説明によると、実は幽霊なのではという噂があるほど空気に近い中間管理職だという。一応れっきとした人間らしい。

 今日一番驚いたかもしれない弥生の頬に、おもむろにアカが触れる。

 突然のことに足が止まってしまった。

「な、何?」

「お前、最近ちゃんと寝てねぇだろ。目の下、気味の悪いことになってるぞ」

「気味悪いって。これはくまって言うんだよ」

 ひどい言われように思わず訂正を入れるが、彼はしかめっ面を変えない。

 確かに最近は、勉学と仕事を両立させるために以前より遅い時間まで起きていることが多かった。

 けれど、こうも不機嫌そうにされる覚えはない。

「お前ら人間ってのは、すぐに具合が悪くなるもんなんだろ。命を削るような真似するんじゃねぇ」

「命を削るって……」

 彼の中で人間はどれだけ脆弱な生きものなのか。

 ーーアカってもしや、結構心配性?

 いや、鬼に心配性も何もあるまい。

 弥生は思い直しつつも、気にかけてくれた彼にしっかり眠ることを約束するのだった。


極悪令嬢のコミカライズが発売されました!

まだ読んだことがない方も、

よろしければヤングエースアップをチェックしてみてください!

本日更新もされてますよ!(^-^)


あやかし管理課本文に全く関係ないですが、リンク先貼らせてください!

https://web-ace.jp/youngaceup/contents/1000128/

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