素晴らしき非日常的日常
「ご注文は何になさいますか?」
「サッちゃん……」
「おーらいおーらいおーらいおーらい」
「サッちゃん……」
「不用品のリサイクル回収をしております……」
「サッちゃん……」
「ビールー、おつまみー、かき氷ー、いかがですかーぁ?」
「サッちゃん……」
御鑑市のあちこちで見かけるサッちゃんの姿を見ていると、そのうち可哀想すぎて涙が出てしまいそうになってきた。
なのにご主人様のリザリィは、部屋でテレビみながらポテチ食べてるぐうたら具合だった。さすが悪魔だとしか言い様のないこき使いようだった。
「私からも、もうちょっと休ませてあげてはどうかと言っているんだが……」
と里詩亜さんも言っていたが、聞く耳持たずの様だった。
「リザリィ、あれじゃちょっと可哀想だよ」
たまりかねて俺が相談すると、リザリィは請求書を見せた。
「なに……この150万って……」
「あの子、一日に牛二頭は食べるのよ。そのうち地球上の牛は全部あの子が食べるわよ」
「ひぃぃぃぃ……それ、犬の姿で食べさせるからじゃないの? 人間の姿でも牛二頭食べるの?」
「……そんな事、考えた事も無かったわ……」
どうやら、俺の提言は的を射ていた様だった。サッちゃんはデスハウンドの姿では牛を丸呑みするが、人間の姿ではご飯三杯程度のちょっと食べ盛りで困る程度の食欲だった。
「さっすがダーリン! これならバイト代で十分食費が出るわね」
「バイトやめさせてあげなよ……」
という俺の提言は、何故か却下された。そして今日もサッちゃんの声が街に響いていた。
「私、玄米バーガーとウーロン茶」
「俺はチキンバーガーとコーヒー」
「真結はーアイスクリームとアップルパイとクッキー」
「リザリィはチキンバーガーとジュース」
「俺と里詩亜さんはテリヤキバーガーセット、でいいですか?」
「ああ。弓塚殿がそれでいいなら」
「じゃ、それでお願いします」
「かしこまりました。ご注文繰り返します」
「サッちゃんがんばれー」
そしてまた俺達は、いつもの様に、歩道に面したファーストフード店でだべりながら、それぞれの趣味の話をしていた。
町田は新刊の話。来島さんは監督の新作の話。真結と俺はみんなの話を頷きながら、適当な返事を返し、リザリィはいちいち文句をつけ、里詩亜さんは俺の後ろで黙っていた。
「新しいフォーメーションだな」
「左に真結ちゃん、右にリザリィ、後ろに里詩亜さん。残ってるのは頭の上ぐらい?」
「下手したらかしこが後ろに座ってたんだぞ」
「ちょっと危なかった。縫香さんを狙ってくるって思惑は当たっていたけど、まさか婚約指輪をはめられるとは思わなかったわ」
「弓塚のおかげで助かったな」
「もし私が弓塚君にデレデレになってたらどうする?」
「弓塚は間違いを起こさない。徒労に終わるだけだ」
「……ううっ」
「すまない里詩亜さん。でも本当の事だ」
町田の冷静な言葉に、里詩亜さんががっくりと頭をうなだれたが、仕方がなかった。
「里詩亜さん、本当に好きな人って居なかったんですか?」
「今まで武道一筋で、異性なんて気にした事が無かったんだ……初めて人を好きになったけど、こんなに温かい気持ちになれるとは思わなかった」
「わかる! 里詩亜さん、その気持ちよく分かるよ」
「真結ちゃんと里詩亜のそれは、友達になっちゃった訳?」
「うん。喧嘩しても仕方無いし。ずっと一緒なら仲良くした方がいいし」
「さすが頬白殿は天使……私の度量の狭さを許してくれ」
「縁結びの天使だし。良縁は喜ぶべきなのです」
「それにしても、よりによって里詩亜がダーリンの事を好きになるなんて、計算外だったわぁ。なんだかライバルになった気もしないけど」
「私は陰で側に居られれば、それだけでいいので」
「奥ゆかしいにも程があるわよ。でも、里詩亜が死んだらダーリンも死ぬってのは厄介ね。どっちがどっちの身代わりになってもダメなんだから」
「うむ。おかげでアサシンの仕事は廃業だ。命を危険に晒す覚悟が出来ないのでは、話にならない」
「そしたらご飯とかどうするのよ? 恩給無しで生きていけるのぉ?」
「弓塚殿の母上が作ってくれる」
「あっ……そんな設定になってたわねぇ……いっそ本当に大学受けちゃったら?」
「勉強は嫌だ」
「そこは変わらないんだね……」
「すまない、ご主人様」
「ごっ、ご主人様!? そんな呼び方せずに弓塚殿でいいですよ」
「いや、もう弓塚殿は私の主だ。私の事は下僕とでも呼んでくれ」
「呼べませんよ……」
「もーリザリィの護衛は誰がするのよ。お嬢様なのよ? リザリィは」
「サッちゃんを護衛にしたらどうなのー?」
「ダメなのよねー。あの子、暇な時は犬モードになっててね、寝てばっかりでぜーんぜん、役に立たないのー。お腹空いたって言い出したら人間モードにして弁当食べさせてる毎日よ」
「飼い主としては一応ちゃんと面倒見てるんだね」
「最初はご飯の時間になったら海外にまでいって野生動物を食べさせてたのよ!? ダーリンが名案を思いついてくれなかったら、もう地獄に送り返してたわ」
「確かに人間モードにしてメシを食わせるのは、名案だな」
「胃の大きさが違うんでしょうね。人間でも大食いの部類だけど」
そして今日もまた、道の遙か向こうを縫香さんが龍脈を測りながら歩いてた。ここは龍脈の中でも大動脈にあたるらしく、まずはこの道沿いに歩いてから、支流を探すらしい。
あの仕事の本当の目的を知った今では、俺達はただ見守るしかなかった。地味で、誰にも気取られず、ひたすら孤独な作業だが、それが今の平穏を守っている。
ボーダーガードの人達の仕事も大変だと思うが、縫香さんの様な仕事も大変だと思う。卑怯者と言われながらも、それを受け入れて仕事をする縫香さんは、本当の大人だった。




