カメラに写っていたもの
その日、自宅に帰ると、正面の家の解体工事が始まっていた。
母さんに聞くと、前に住んでいた人は、かなり前に引っ越していたらしく、今日、取り壊しの工事が始まったそうだった。
この時、俺は心の中に、嫌な予感を感じたのだが、あえてそれを心の奥にしまい込んだ。もし、記憶を改ざんするなら、わざわざ取り壊しなどせず、頬白家のように一瞬で立て替えてしまえばよい事だった。
そんな風に前向きに考えた俺だったが、数週間の後に家の前に出来たのは何故かケーキ屋で、そしてそのケーキ屋の店長をしているのがテラヴィスなのを見て愕然とした。
「テラヴィスちゃん、甘い物が大好きなんだって」
それが硯ちゃんの答えだった。
果たして、前に住んでいた人はどこへ行ったのか?
俺は前に住んでいる家族とは全く面識がなかったので、どんな人が住んでいたのか覚えていない。むしろ母さんの返答から、中年の家族が住んでいたらしいという事を知ったぐらいだった。
だが、その彼らはどこかへと引っ越す事になり、そしてその代わりに、俺の家の前には竜が住む事になったのだった。
――数日後、平日。
弘則達が学校で勉強している間、縫香とラビエルがテラヴィスの店の前に立って様子を伺っていた。
こんな住宅街の中に、木訥にケーキ屋などあっても、客など来る筈もなかった。
それでもテラヴィスはせっせと手作りのケーキを作り、それを店先のショーウインドウに並べていた。所詮は素人と思いきや、テラヴィスは300年という長い時間の間に暇を持てあまして洋菓子の作り方を習得していた。
しかし相方の老竜の口には合わず、仕方無く一人で作って一人で食べていたという事だった。
本格的なケーキ屋に比べれば、種類も品数も全く足りてなく、テラヴィス一人では労力も不足していた。
「よしよし、あとはここで里詩亜とヘルハウンドを働かせれば良いじゃろう。里詩亜は甘い物が好きだと聞いておるし、料理の腕も確かじゃ。ヘルハウンドの勤労ぶりも、ここでなら大いに助けになるじゃろう」
「……もしかしてこれ、ラビエルの案?」
「そうじゃ、これから先の事を考えての事じゃ」
「ああ……私、ノータッチだから……魔界のなんとかとか、天界のなんとかとかは、勝手にやって」
意味がわからない、とクビを横に振った縫香がそう言って自宅に戻ろうとすると、ラビエルは片手でそれを制して、縫香に真顔で言った。
「向こうは既に好き勝手にしておるようじゃ、先手は打たれたぞ」
「……何の……話?」
ラビエルは手元にデジタルビデオのカセットを取り出すと、それを縫香に渡す。
「来島さんがテントに仕掛けていたカメラだ。その一巻以外は何も写ってなかった」
「これには何が写ってるの?」
「見れば分かる。思いつきでこのケーキ屋を作らせた訳では無いのじゃ」
そう言い残してラビエルは天界へとシフトして姿を消した。
縫香は手の中のビデオカセットを厄介な物として見ながら、渋々リビングに戻ってビデオデッキに突っ込んだ。
「あら、姉さんがビデオだなんて珍しい」
「ラビエルに見ろと言われた」
「何が写ってるの? これは、あの時の森ね?」
「……何も写ってないな……」
縫香がリモコンで早送りを押すと、ある程度進んだ所でビデオは勝手に再生に戻る。
「何だ? ボタンは押してないが……」
突然、切り拓かれた森の中に学校で使われる机と椅子が現れ、その数秒後に真結と同い年ぐらいの銀髪の少女が向島高校の制服姿で現れた。
「初めまして、シドニーさん。シザーリンド家の君主、シャロンです」
「これがシャロン!? 最低でも300歳以上の筈だろ? 不老不死か?」
「……不死者かもしれませんわね。例えば……」
「吸血鬼か……どうりで死霊術師が出てくるわけだ」
「ナインスのおじいさま達からお話は伺っております。色々と私の邪魔をしているみたいですが、今回のレヴィスト男爵の件を見て、考えを改めました」
森の中の風景は一変し、向島学園の教室の中へと変わる。中央に銀髪の少女シャロンの座る机があり、そしてその右斜め後ろに、真結の席があった。
「人間界では縫香さんという名前だそうですね。お友達になりませんか? そろそろ魔界も世代交代すべきだと思います。君主制なんて今時、流行りませんよね?」
「いきなりそちらに押しかけるのも失礼ですから、まずは妹さんとその彼氏から仲良くさせて頂きたいと思います。これからよろしくお願いしますね」
そう言うと、シャロンは席を立ち、後ろに居る真結と弘則に声をかける。
縫香と襟亜が身を乗り出した時、再び映像は何も無い森を映していた。
「こいつは……」
「向こうから人間界に来るなんて、かなりの自信がなければ、しませんわよ」
「ああ……レヴィストなんかの比じゃない……相当ヤバイぞ」
(完)




