天使と魔女のハーフです
「はぁ、名前はケルベロスだと言えと言われましたが、私はヘルハウンドの一種のデスハウンドです。特技は死のダンス、このダンスを見た者は死ぬ……」
そう言いながら、ベルちゃんは奇妙なステップを踏んで踊り出し、慌てて里詩亜さんが羽交い締めにした。
「やめろ! お前はここにいる者を皆殺しにするつもりか!」
「あ、危ない……素朴な顔してるけど、やる事は危ないぞ、この子……」
「あと、ゲロ犬って呼ばれてて強酸を吐く事も出来ますが、やめときますね」
「……まぁいいわ、とりあえず、乗り物になるならそれで」
「いいの!? 地獄の番犬よりは可愛げがあるかもしれないけど……」
「問題は名前よね。ケルベロスだからベルちゃんでいいと思ってたけど、ヘルハウンドならヘルちゃんになるわけ?」
「元々の名前はサツキといいます。ペットショップで売られていた所をレヴィスト様に買われ、リザリィ様にプレゼントされたのです」
「なにそれ?! リザリィはシャロンが襲ってきても大丈夫な様に、戦力としての番犬としてケルベロスをよこせって言ったのよ!? ペットショップで買ってきたとかなんなのよ!?」
「サツキならサッちゃんだね。真結とひろくんの事、守ってくれるのね?」
「はい、ではサッちゃんとお呼び下さい。天使様は苦手ですが……よろしくお願いします」
素朴な和風の顔の女の子は、改めて俺達自己紹介をしてお辞儀をした。
「とりあえず、それぞれ、自分の部屋に戻って欲しい……この狭い部屋に5人はちょっと多いから」
「仕方ないわねぇ、貰っちゃった以上は仕方無いし。わかったわ、サッちゃん、いくわよ」
「はい」
頭をふたたびぽん、と叩かれると、サッちゃんは肌色の犬になり、身軽にぴょんぴょんと跳ねてリザリィの部屋に戻っていった。
サッちゃんとリザリィが部屋を出て行った後、曲玉を耳元からはずした真結が俺の方を見て力強く言う。
「ウサ子先輩が言うには、既に真結とひろくんは許嫁だそうです!」
「うん、そうだね」
「いや、それは分かってる。分かった上で、側に居るだけだから」
真結の言葉に、里詩亜さんが苦い表情をしつつ、そう言う。
「……好きって気持ちは止められないから、仕方無いよね……」
そこは縁結びの天使としても、受け入れるしかなさそうだった。俺もしんどいのだが、真結も里詩亜さんも相当しんどそうだった。
「あーふつーのこいがしたい~」
空気が抜けていくような声でそう言う真結の気持ちが、俺にはよくわかった。
「それでは私もお暇させていただく」
「里詩亜さん、今まで通りでいいから。あんまり、変な風に気負いしないで」
「……う、うん」
(だから、どうしてそこで恥じらうんだ……)
里詩亜さんは何故か可愛らしく頷くと、一礼して部屋を出て行った。それを見送った真結が、ぼそぼそと呟き始める。
「あのね、ウサ子先輩に言われてたんだ。真結の周りにいる人達はみんな仲良くなるって。そういう力が強くなるって……でもね、なんだかライバルがどんどん増えていくだけの様な気もするの」
「大丈夫だよ真結、俺の心は一つだから」
「それはいいの! わかってる! 真結もリザリィちゃんみたいにイチャイチャしたいけど恥ずかしいから出来ないだけ!」
「そ、それは俺もちょっと恥ずかしいから……い、今はキ、キスで……」
俺は真結の手をとると、少し強引に身体を引き寄せ、そして真結の唇に自分の唇を軽く重ねた。
(……あれ、何? この感じ……前にキスした時とは違う……もっと温かい、幸せな感じ……)
なんだろうか、あきらかにただのキスではない、魔力のような異質な力を感じて、俺は静かに真結から唇を離した。
「…………」
「真結?」
俺が唇を離したにも関わらず、真結はぼうっとした眼差しで宙を見つめていた。
「…………」
その瞳を見て、目の前で手を降ってみたが、反応が無い。慌てて俺が真結の肩を持って揺さぶると、ようやく真結はこっちの世界に戻ってきた。
「ま、真結、どうした!? 大丈夫!?」
「あ、うん……今、ちょっと……おかしかった……」
「ああ……なんだか、ぼうっとしてたけど……」
「あのね、今、真結は、あのクルーシブルの中に居るような感じだったの」
「クルーシブルって……あの?」
「うん、でも、もっと優しくて温かい魔力の渦でね、なんだかすごく癒されて、気持ち良かった」
「それって、いい事っぽい?」
「分からない……もし、ひろくんが引っ張ってくれなかったら、そのままずっとそこに居そうだった……今思うと、怖い」
そう言って、真結は俺に身体を寄せてきた。俺は彼女の身体を抱き寄せ、小さく震える彼女の身体を抱きしめる。
「みんなに、相談してみる。こんな事、今まで無かった。天使になったからそうなったのかもしれないし」
「うん……」
真結のこの症状は、残念ながら良い事では無かった。真結はラビエルさんに相談し、そしてラビエルさんは縫香さんに相談し、そして俺も呼ばれて、また頬白家のリビングにお邪魔する事になる。
「……真結は、天使と魔女のハーフになったらしい」
縫香さんがそう言ったが、その言葉を聞いた限りでは良い事のように思えた。
「うむ、天使としての力をシャンダウ・ロー様から授かったのだが、真結の中に眠っていた魔女の力も増大させた様なのじゃ」
「それは、悪い事なんですか?」
「ある意味では……真結はまた、運命の魔女として、強大な魔法を使うかもしれない」
「まだ、魔女の力は使えぬ様じゃが、心がクルーシブルに囚われたと聞いた。真結自身が幸せを感じて魔力を産み出し、それが天使の力によって増幅された時、どこかにあるクルーシブルに引きずり込まれたのじゃ」
「クルーシブルって、他にもあるんですか」
「ある。だから縫香は龍脈を正すという仕事をしておる」
今まで実感は無かったが、縫香さんのしている仕事が、本当はとても大切な仕事なんだという事をこの時初めて実感した。
「真結に関しては、弓塚君と強い繋がりを持っている様だから、弓塚君が引き戻してくれるだろう」
「うん、渦の中に居る時も、ひろくんの声は聞こえたし、どこに帰るかも分かったから、ちょっと温泉気分で魔力に浸かっちゃってた」
「危なくは、無いんですね?」
「今の所は。でも、私は本来の仕事をしなければならないし、真結が引き込まれたという事は、遠くない場所にあるという事だ」
「時と場合によっては、シャンダウ・ロー様にも報告せねばならん」
「……そうだな。時と場合によっては……」
「ロードオブアイズ、シャロンが動く可能性がある」
「シャロンって、今度の事でレヴィスト男爵と痛み分けになったんじゃ?」
「シャロンはテラヴィスという力を手に入れられなかった。もし、真結が運命を司る魔法を再び使える様になったら、テラヴィスの代わりに真結を狙って来る可能性が高い」
「魔女と天使のハーフなんて前代未聞じゃが、真結の話ではどうもクルーシブルを制御出来ている様じゃ。こんな強い力を持つ者を、シャロンが見逃すはずもない」




