結婚して下さい!
それから数日の間、真結は天界から戻って来ず、そして里詩亜さんは日に日に態度がおかしくなっていた。
以前のように黙って後ろについてくる事が無くなり、物陰から隠れながら俺達を監視するようになり、町田もどうしたのかと疑問に感じていた。
「よく分からないんだ。帰ってきてから、なんだか変な感じになって。日増しにあんな風に遠くから見る様になって……」
「まるで、恋い焦がれる先輩を遠くから見る後輩だな」
「あー……あ? なんだそりゃ?」
「俺に聞かれても困るが。感じとしてはそうだろ?」
「そうだなぁ」
「多分、指輪だ。あれは婚約指輪だと言っていた。呪いで取れなくなっているんだろ?」
「うん、シャロン卿とかいう魔界の君主を倒さないと、取れないみたい」
「これは仮説だが、もし、監視者の異名も持つ様な奴が作った指輪なら、指輪をつけた婚約者を一日中監視してるだろう」
「それは、なんとなく分かる」
「レヴィスト卿としては、相手をなんとかして意のままに操りたい所だろう」
「そっちの方が問題だよな……」
「レヴィストはあの指輪を使って、縫香さんをレヴィストに惚れさせ、シャロンへの尖兵として使うつもりだった。縫香さんを守るためには俺達も当然動くだろうし、シャロン卿への脅威になった筈さ」
「それが全部水の泡になったんだよな」
「ああ、お前がかしこから指輪を外してくれたおかげでかしこは助かった。そしてお前は里詩亜さんに指輪を填めたんだ」
「……偶然でも?」
「そんなの関係無いだろ。どうして薬指に填めたんだ」
「あの指輪、自分からはまりにいった様な気がするんだよ。ころころ転がって、勝手にすぽって入ってた」
「そうか。そういうものだと仮定して。結果残るのは、里詩亜さんは指輪の力でお前に惚れちゃってるって事さ」
「惚れるって……でも、あれは……ちょっとピュアすぎないかな?」
「里詩亜さんは元々ピュアだと思うぞ」
「そっか……そうだな、ピュアだったよね。それでああなっちゃったのか」
教室で町田と話をする俺を、反対側の校舎の上から望遠鏡で監視する里詩亜さん。
そもそももう怪物には襲われないだろうから、警護する意味も無いだろう。
つまりあれは、ただのストーカー状態だった。
「まぁ……里詩亜さんなら、リザリィよりはマシか……」
テラヴィスの一件が終わり、再び戻ってきた平穏の日々は、新たな恋の始まりでもあった様だ。
でも俺は真結一筋だし、リザリィに言い寄られているだけでも困るのに、里詩亜さんにまで近付かれては、対処に困る。
今回は縫香さんにも里詩亜さんにもリザリィにもキスをされ、そのおかげで真結ともキスをする仲になれたが、この先どうなるのか、エスカレートしすぎないか心配だった。
そしてその心配は、数日後に、もっと、さらに大変な形で現実となってしまった。
「どうかこの通りだ。結婚してくれとは言わん。ただ、一生側においてくれればそれでいい」
(ああ、とうとうこんな事に……)
その日、俺の部屋に来た里詩亜さんは、いきなり土下座して、俺に頼み込んだ。
「迷惑だと分かっているが、弓塚殿の事が好きになってしまった、許してくれ!」
それに続く台詞が、先ほどの言葉だった。これが本心でも困るが、指輪の効果だと分かっているから更にタチが悪い。
「わ、わかりました。でも、俺には真結という心に決めた人が居るので……その気持ちを全て受ける事は出来ませんが……」
「覚悟している、理解もしている。私はリザリィとは違う。無償の愛を弓塚殿にささげるだけだ」
(うわぁ……それはそれで、すっごい重いなぁ……)
「ただいま! ひろくん! ほんのり天使から、わりと天使になって帰ってきました!」
背中に小さな光の羽をつけた真結が、窓を開けると部屋の中に勝手に入ってきた。どうやら空を飛べるようになると、玄関から入って来なくなるらしい。
「頬白殿済まない! 私も弓塚殿の事が好きになってしまった。二人の邪魔はしないから、側に置いてくれ!」
「……えっ?」
「指輪、あの指輪のせい」
「あっ……ああ……でも、えっ?」
せっかくわりと天使になって帰ってきたというのに、真結はなんだか納得出来ない現実に直面して、疑問符しか言葉になっていなかった。
「ええと、ひろくん、真結はどうしたらいいの? 正妻? 愛人?」
「日本では、一夫一妻なんで真結だけだよ」
「あ、やっぱり、そんな感じになっちゃったのね、うふふ」
さらにもう一人、窓から入って来たのは地獄帰りの悪魔だった。
「リザリィ、もしかして知ってた?」
「もういいじゃない、真結ちゃんもダーリンも、地獄に来れば里詩亜もみんなお嫁さんよ」
「人間界ではそうはいかないからさ……」
「その指輪ね、シャロンが作った物だけど、レヴィストが自分に縫香を惚れさせる為に、作り替えたみたいなのよね。言わば魔界と地獄界の合作の婚約指輪よ」
「やっぱり、そうだったんだ……しかも魔法じゃくて呪いなんだよね……」
「まっ、まゆは! 真結は、ひろくんと結婚します!!」
「そ、それはもうちょっと、大人になったらね」
「ちょっとウサ子先輩に許嫁になるにはどうしたらいいか聞いてみる! もしもしウサ子先輩ですか。許嫁になるにはどうしたらいいですか!」
「待って待って、ダーリンと真結ちゃんには、私からもプレゼントがあるの」
窓の枠に両肘をついていたリザリィは、身体をふわふわと浮かせると、毛の無い不思議な犬に乗っていた。
その犬ごと窓から部屋の中に入ってくると、ベッドの上に降りて、犬の頭をぽん、と叩く。
「紹介しまーす、地獄の番犬、ケルベロスのベルちゃんでーす!」
「ベルです! よろしくおねがいします!」
リザリィに頭を叩かれ、ぽん、と小さな爆発を起こして現れたのは、ほっぺの赤い黒髪おさげの、素朴な田舎風の女の子だった。
「はい、こちらがリザリィの正妻予定の真結ちゃんで、こっちが夫予定のダーリンね。この二人もあんたの主だから、忠誠を誓うのよ」
「わかりました! 真結ちゃんさんとダーリンさん、ふつつかものですがよろしくおねがいいたします……って、真結ちゃんさんは天使じゃないですかー、私、乗られたらしおしおになりますよ!?」
涙目でそう言うベルちゃんを見て、俺達はどう反応していいか分からなかった。
「リザリィどの……それはケルベロスではないぞ?」
部屋の端で大人しく正座していた里詩亜さんが、ベルちゃんを指さしてそう言った。
「えっ?」
「ケルベロスは三つ頭を持っていて、毛も生えている。毛のないそれはヘルハウンドではないか?」
「そうなの!? レヴィストはケルベロスだと言ってたわよ!?」




