地獄からの帰還
町田の話では、レヴィストが縫香さんに気があるというのをリザリィから事前に聞いていたのだそうだ。
それで来島さんは影武者になれるように、かぶり面をつけて顔を隠していた。
町田がかぶり面をつけたのは、来島さんだけが被るのは不自然だからあわせただけだった。
レヴィストは予想通り、縫香さんに呪いの婚約指輪をつけて、自分の保身をすると共に、シャロン卿への仕返しを考えていた。
しかし騙されて来島さんに指輪をはめた上に、俺にも邪魔され、そして今はもののはずみで里詩亜さんが指輪をつけてしまっている。
「これでは本当に、俺とシャロンが痛み分けをしただけじゃないか。シャロンはテラヴィスの力を手に入れて、一暴れするつもりだったんだぞ?」
「みたいだな。全ての話の発端は、シャロン卿が元みたいだ。しかも300年も前から続いている話なんだろ?」
「300年前、私とアイスクロウは互いの身体と魂を共有する事で、命を長らえる取引をした。それを見つけたシャロンが、私を重罪人にしたてあげたのかもしれない」
「追われた私は地獄界に来て、あなたに匿われた。しかし、あなたは300年たった時、いきなり私に襲いかかり、角を奪った」
「シャロンが動き出したからだ。カジンは君達に言ったはずだ。テラヴィスを渡せと。でもお前達はそれを聞き入れなかった」
「俺はシャロンを倒す事さえ出来ればいいんだ。でなければ俺は、シャロンに殺される」
「リザリィ達が来なければ、角を取られて今頃死んでたかもね」
「……こうならないようにシドニーに警告したのに、全く意味が分かってなかった」
「分かるか、あんなの。びっくりしただけだ。それに私は既にラビエルから仕事の依頼を受けていたんだ」
「そうだ、それが間違いだ。テラヴィスを保護しようなんて考えるから、シャロンの思うがままになったんじゃないか」
レヴィスト男爵は、全てお前達のせいだと言いたげに、頬を膨らませて子供のような怒り方をしていた。
「今からでもいい、シャロンを倒してきてくれ。報酬は……何も無いが」
「断る。絶対に、だ!」
「今は無いが、後で必ず望みの物を用意する。金か? 酒か? 宝石か?」
「いやいや、殺せとか喧嘩しろとか、そういうのは全部お断り。別の誰かに頼んで。私がラビエルから仕事を受けたのは、テラヴィスの居場所をつきとめるって事だけだったんだから」
「その後に追加でリザリィの仕事になったのよね」
「仕方が無い。こいつが角なんか持ってるからだ」
縫香さんがそう言ってレヴィストを睨むと。男爵はまた頭を抱えて悩み始めていた。ちょっと可哀想だった。
「まいった。衛兵は全員殺されたし、シャロンと痛み分けでも別の奴に狙われたら俺は終わりだ」
「レヴィ、ちょっと、耳を貸して」
リザリィがちょこまかとレヴィストの所へかけていったのを見て、皆が嫌な予感を感じた。何かの悪巧みを思いついたとしか思えなかったからだ。
「……そうか、しばらくはグラーツ卿に身を寄せ、この知力を活かす事にするか」
「それなら兄上とも喧嘩せずに済むし、シャロンも兄上には喧嘩を売らないでしょ?」
「……うむ。グラーツ卿とは、色々あるが……仕方が無い。今はこちらが頭を下げよう」
「じゃ、それで話はきまりね。話は通してあげるから、頼んだ物はよろしくね」
(頼んだ物?)
その時、俺達の心は一つになった。お互いにお互いの顔を見てもリザリィが頼んだ物って何だ? と尋ねあうが、それが分かる者は誰も居なかった。
「あの、リザリィ……レヴィスト男爵に何を頼んだの?」
皆にせっつかれた俺が、仕方無くリザリィにそう尋ねた。
「ケルベロスよ! 地獄の番犬!」
「それ、どうするつもりなの?」
「乗るのよ! 登校用に!」
「あ、そう……」
思いの外、まともなもので良かった。と皆がその時は思った。
ただ一人だけ、反論者は居たが、声の小ささで無視されてしまった。
「……あれはやめた方が良い……誰も聞いてないか」
「テラヴィスちゃん、何か言った?」
「ううん、なんでもない」
「それじゃ、仕事も終わったし、家に帰ろうか」
「はーい」
「おいリザリィ、グラーツ卿の事、すぐに頼むぞ!」
「わかってるわよ。そっちも用意しといてよ」
「レヴィスト、帰りの出口、さっさと出して」
「お前ら人使い荒いな……そこに出しておいたからさっさと帰れ。痛てて……この聖水、天界から持って来たな? くそっ……この手はもう治らないじゃないか」
最初は好青年な雰囲気だったレヴィスト男爵も、最後は柄の悪い兄ちゃんに成り下がっていた。
でも、それも仕方が無いだろう。大切な城を襲われ、その原因となった角も奪われ、縫香さんに婚約指輪をつけて無理矢理味方にする画策も失敗したのだ。
今回の一件で、一番の被害者は間違いなく彼だった。
レヴィストが出した魔法の鏡を通ると、ご丁寧な事に元の山の中に俺達は放り出されていた。
「あー……こここから帰るのか……私、先に帰ってもいい?」
縫香さんがそう言った時、リザリィはふふんと鼻を鳴らして、来島さんにあれを、と言った。
「あれって、なんだったかしら?」
真顔でそう答えた来島さんを見て、リザリィがギョッとした。
「かしこ、元に戻った?」
「えっと、あ、うん、多分……」
あきらかにまともな方の来島さんの口調だった。どうやら一仕事を終えてスイッチがオフになったらしい。
「だからお酒! レヴィストの城にあったやつ」
「あ? これ……かな?」
来島さんがバッグから一本の中瓶を取り出すと、リザリィはそれを受け取って縫香さんに見せつけた。
「見た事無いでしょ! 希少酒よ! ドラゴンジンと呼ばれてるのよ! これで働いてくれるわよね」
「なんだか、小汚い酒だけど……しかも、なんか臭い……大丈夫なの? これ」
文句を言いつつも、縫香さんは中瓶を受け取って早速栓を開けていた。そして一口含むとすぐに口を離す。
「あつつっ!! 何度なのよこの酒!? ドラゴンってそういう意味?」
「多分ね、80か90度ぐらい」
「うわぁ、ストレートではちょっと無理な感じ……先に家に戻って水割り作ってくる」
そう言うと縫香さんは自分だけ帰ってしまった。
「あの、みんなにお願いがあるんですけど……テントをしまうの、手伝って下さい」
ノーマルモードの来島さんにそう言われ、皆は縫香さんが戻ってくる間、テントを片付ける事にした。
元々、このテントは見張りの為に作り、カメラを仕掛けておいた筈だが……何が写っているかはお楽しみだった。




