レヴィスト男爵の秘策
白竜のした事の一部始終を、俺達は空中に浮かんだ映像で見ていた。
「さぁこれで、ロードオブアイズが一番恐れていた結果になった訳だ。シャロンは自分の建てた計画を一から練り直さなきゃいけないだろうね」
玉座に座っていたレヴィスト男爵が、嘲りながらそう言った。
「お前も、竜の力を手に入れられなくなったぞ、レヴィスト」
「構わないさ。それはその時の話。少なくとも、この城に攻め入って無理にでも角を手に入れようとしたシャロン卿の計画はこれで潰れた訳だ。しかも尖兵達は皆殺しにされ、今は丸裸の状態さ」
「大損だな」
「ああ、こちらも大損だが、向こうも大損だ」
縫香さんの言葉に、レヴィストはやれやれといった顔で応えていた。
「だが、僕にはまだ勝算があるんだよ」
レヴィスト男爵がそう言った時、玉座の上からその姿が消え、そして縫香さんの目の前に姿を現し、その左手を掴んだ。
それはシフトではなく瞬間移動の魔法で、縫香さんでさえ避けられなかった様だった。
「何のつもりだ?」
「これを君に」
レヴィストはそう言うと、縫香さんの左手の薬指に、金色の蔦の柄の指輪をはめた。
そしてすぐに縫香さんから離れると、玉座へと戻った。
男爵は動けない訳ではなかった。魔法の槍に狙われていても、いつだって自由に動けたのだ。動けないというフリに、俺達はまんまと騙されていた。
「僕からの贈り物だよ、シドニー。その呪いの指輪はシャロンが作った物だ。これから先、君はずっと彼女に監視され続ける事になる」
「……確かに、嫌な視線を感じるな」
「シドニー=オライエン。プレーンウォーカーの中でも一、二を争う天才。そしてその妹、クロービス=カニス。魔界きっての剣聖。その妹は元、運命の魔女で今はラビエルに仕える天使。そして末っ子はテラヴィスと仲良しの魔法使い」
「今度は君達が尖兵になって、シャロンを殺してきておくれよ、僕の為に」
「断る」
縫香さんがそう言って、指輪を外そうとした。それを見てレヴィスト男爵が笑う。
「おっと悪魔殺しのリシアさん、僕を殺せばシドニーも死ぬよ。そういう能力をもった婚約指輪なんだ。外したいならそれを作ったシャロンを殺さないと、魔法は解けないよ」
里詩亜さんもまた、瞬間移動の魔法を使えたのだろうか、一瞬にしてレヴィストの後ろに立つと、その首に短刀の刃をつきつけていた。
「あー……レヴィスト。君はいくつか間違いを犯している。というより騙されている」
そう言ったのは、もう一人の縫香さんだった。今までどこかに隠れていたのだろう。
「シドニーが……二人?」
「私はシドニーじゃない。来島かしこだ」
指輪をはめた縫香さんがそう言った。いつの間にかぶり面を脱いだのか、全く気付かなかったが、リザリィがクスクスと笑っていた。
こちらを騙したつもりになっている男爵の更に上をいって騙し返したのは、来島さんの方だった。
「来島かしこ? 誰だ?」
「その子はただの人間」
「人間?」
レヴィストは来島さんと縫香さんの顔を見比べて、困惑の表情を浮かべていた。
「そしてもう一つの間違い」
と縫香さんが言うと、俺を連れてシフトし、いきなり来島さんの横に立たせて耳元で囁いた。
「魔法の指輪、なんだってさ」
「はぁ……」
縫香さんが何を言いたいかはすぐに分かった。
俺は来島さんの指にはめられた指輪を掴むと、いとも簡単にするっと、指輪はとれてしまった。
「な、何だ!? ロードオブアイズの作った指輪だぞ!? 貴様っっ!!」
あからさまに怒ったレヴィスト男爵がテレポートで俺の前に現れ、指輪を持っている俺の手を左手で掴んだ。
「んんっ!?」
ほんの一瞬だが、俺はレヴィストが自分を殺しに来るのが読めた。
本当に見えていたかどうかは、自分でも分からない。
俺の身体は意思とは別に、来る、という恐怖を感じて瞬時に半歩退いた。
テレポートしたレヴィストが俺の目の前で停止していた。
おかげでレヴィスト男爵が右手に持っていたナイフは僅かに俺の体に届かない。
俺の腹と男爵のナイフとの間に出来た僅かな隙間には、里詩亜さんが差し込んだクナイが、命を奪うはずだった刃の切っ先を受け止めていた。
「お前か! お前がカジンの言っていた、魔法耐性の人間か!」
レヴィスト男爵の爬虫類の目が俺を睨んでいた。
おそらく俺は、レヴィスト男爵がテレポートの魔法を使おうとした瞬間に意識し、その魔法を無効化したのだろう。
1センチにも満たない差が、自分の命を救っていた。
「ひろくんから離れろ!!」
縫香さんに連れられた真結が俺の真横に現れると、榊の棒に神酒をつけた物でレヴィスト男爵の左手を叩く。すると、男爵の手から白煙が上がり、悲鳴を上げて、手を離してくれた。
「痛っつつ!! 天界の聖水か! くそっ! 手が燃える!!」
「ありがとうございます、里詩亜さ……っとっ、おっ?」
レヴィスト男爵が俺の手を離した時、握っていた指輪が手から落ちた。
俺は慌ててそれを下に落ちる前に受け止めようとして手を伸ばしたが、指輪は掌に当たって跳ね、そして俺の身体に当たり、そのまま下に落下すると、里詩亜さんの左手の薬指につるり、とはまった。
里詩亜さんは俺が身体を動かした事で、クナイを持っていた手を、くるりと内側にかえした所だった。
親指、人差し指、中指の三本でクナイを持ち、薬指と小指は軽く曲げて伸ばしていた。
「ん?」
その自分の左手の指にはまった指輪を見て、里詩亜さんが首を傾げる。
「どうして指輪が私に……あれっ? こ、これ、とれないぞ?」
「えっ? そうですか? そんな事は……あれっ!?」
理由は分からないが、里詩亜さんの指にはまった婚約指輪は、俺が触ってもびくともしなかった。
「ちょっと、なにやってんのよそこ! レヴィ! この指輪は何なのよ!!」
「それは填めた者と填められた者の命を繋ぐ指輪だ。どちらかが死ねばもう片方も死ぬ。シザーリンド家の婚約指輪だ。取れないのは人間の君がリシアに指輪をはめたからさ。君は自分でかけた呪いを自分で解く事ができないんだな?」
「呪い……って、魔法ではないって事?」
里詩亜さんが困った顔で、指輪を外そうとしていたが、あまりに無理をしすぎて薬指が紫色になっていた。
「り、里詩亜さん! 害が無いなら、後でゆっくり外しましょう!」
「そ、そうだな……なんだか変な事になったな……」
「はぁ……なんて無茶苦茶な事にしてくれたんだ……いったいこの話、どう収集をつけるつもりなんだ?」
「そんな事、言われても……」
と縫香さんと共に皆がそう言ったので、レヴィスト男爵は冷静さを失って頭をかきむしっていた。
「その指輪の呪いは魔界の者に効力を発揮する。魔女ではないその女は、自分でも指輪を外せただろうさ。だが今は、その人間がその魔女に呪いをかけた事になる」
「……するとどうなるの?」
縫香さんの問いにレヴィストはため息をついて答える。
「指輪の呪縛は二人の命を一つにする力だ。その力がある限り、指輪が取れる事は無い」
「……つまり、どういう事なんだ?」
そこまで説明されてもまだ、里詩亜さんは自分の身に一体何が起こったのか、理解出来ていなかった。
「どうだ。来島はうまくやったのか?」
ようやく、町田と硯ちゃんとテラヴィスを連れたラビエルさんが謁見の間に入って来た。そして開口一番に尋ねてきた。
「お前達、何をしてるんだ?」




