業を背負う者、背負わぬ者
里詩亜さんがあれほどの体術を駆使し、そして渡り合っていた相手を、一瞬にしてただの肉塊に変えたのはリザリィだった。
「すまない、リザリィ殿」
「怪我はない? 誰も怪我させてない? ダーリンは無事?」
「はい。ご無事です」
「やっほー! ダーリーン! リザリィが迎えに来たわよー!」
いつもはがっくりとしてしまうその声も、今は救世主の声だった。俺と真結が牢屋から出ると、リザリィはピョンピョンと跳ねる様にこちらに近づいてきて、俺達二人に飛びついてきた。
「心配したんだからぁ! このウシだけは里詩亜でもちょっと危ないかなって思って助けに来たのよ?」
「ありがとうリザリィ。でも……あれって……」
闇の壁が消えた後、監獄の悪魔達をその存在だけで畏怖させていた牛男は、ズタボロの肉の塊になり果てていた。そのグロテスクな死に様を見た悪魔達は興奮して、檻や手すりを叩きながら吠えまくっていた。
「一撃を与えるのがやっとだった。だがカルジャはバーサークで傷みを忘れさせていたから、あの後、私が何をしても、もはや奴を止める事は出来なかっただろう」
「もうちょっと遅くても良かったけど、もうちょっと早くても良かったわね」
「どちらにしろ、リザリィ殿に敵う敵ではなかった」
あの廃工場での一件もそうだが、この、目の前に居る悪魔の少女は、本当に恐ろしい力を持つ女の子だった。お化け屋敷が怖いなんて言っても、誰も信じないだろう。
「リザリィを倒したいなら、ご主人様が出てくるしかないわね。でも、それがどういう意味かは分かるわよね? シャロンちゃん?」
ロードオブアイズは、己の軍団長が為す術も無く闇の令嬢に惨殺されたのを見ていただろう。そしてリザリィの挑発も聞いていただろう。しかし、反応は何も返ってこなかった。
「なんだリザリィか……おまえがやってしまったのか」
「なんだか見た目によろしくない事になってますわね。闇の力ってどうしてこうなのかしら」
そう言いながら扉を開けて部屋に入ってきたのは、縫香さんと襟亜さんだった。
「勝手に突っ込んできて勝手に串刺しになっただけよ。別にグロテスクな殺し方をしようとしたわけじゃないわ」
「十分グロテスクですわよ。どうしたらこんな風になるのかしら。ミンチよりひどいわ」
「なぁに襟亜? 今日は随分つっかかるのね?」
「今日は悪魔達を殺す為に、闇を斬る剣を持ってますから。あんまり使う機会が無いんですけど、その方がいいですわよね」
「……あの悪魔殺しの嫌な剣の話? あれは襟亜が持ってたのね」
「せっかく持って来たから使いたいらしいんだけど、使う場面がないんで、イライラしてるみたいなんだ」
「だってゾンビと死霊術師しか倒してないんですのよ? 悪魔はどこ? この『双秋』は悪魔を斬る為の刀ですのよ?」
「悪魔なら一杯いるみたいだぞよ、上に」
縫香が上を見ると、監獄から出てきた、この城の住人達がこちらを見下ろしていた。
「どなたかお相手しません? 一回でいいから悪魔を斬らせてくれませんこと?」
襟亜さんがそう言うが、当然誰も返事をする訳がない。あのミノタウロスを一瞬で肉塊に変える様な悪魔が居るのに、その仲間に抗う勇気などないだろう。
(やっぱり襟亜さんはギリギリで悪だ……)
「襟亜が来なくても、私一人で十分だったんだがな」
「あらそうですの? でもこれは里詩亜の仕業じゃないですわよね?」
「これはリザリィ殿の手柄だ。リザリィ殿がこなければ私がやっていただけの話」
(さっき言ってた事と違う……これはプライドの戦いだ……)
「ま、そういう事でいいんじゃない?」
「縫香姉さん? 里詩亜ではこのミノタウロスは倒せないからって、助けに来たんですわよね?」
里詩亜さんと襟亜さんの剣士のプライドの戦いを避けようと、縫香さんが話の矛先を変えると、襟亜さんは小さくため息をついて視線を反らした。
「倒せてるし、戦わなくて済んだのなら、それでいいよ。ここまでする必要は無かったけどね」
「だからぁ、リザリィは壁を出しただけで、その壁に牛男が猛スピードで激突して自爆しただけなのー! リザリィはひどい事はしてないのー!」
(いや、かなりむごいよね……これ……)
あの黒い壁には無数の鋭利な棘が突きだしていて、映画に出てくる落とし穴とかのトラップみたいになっていた。
地上に倒れた屍は、床上にありとあらゆる内蔵をまき散らしていて、あまりのグロさに直視なんて出来ない。
真結がその屍から哀しげな視線を反らさない事に気付いて、襟亜さんが慌てて里詩亜さんとの言い合いをやめた。
「見た目が良くないので、隠しておきますわね」
襟亜さんは懐から大きな白い布を取り出すと、それをミノタウロスの死体に被せて隠してくれた。
相当大きな屍だったのだが、襟亜さんの広げた布は魔法の布らしく、いくらでも広がり、血肉の塊を覆い隠してくれた。
「真結、もう、いいよ」
「……うん……あの牛男さんが死んだ時、ものすごい数の怨念が身体から離れてた」
「怨念なんて見えるの?」
そう尋ねた俺に、真結はそっと身を寄せて呟く。
「あの牛男さんは数え切れないほど、誰かを殺してきたんだと思う。惨い死に方は好きじゃないけど、取り憑いていた怨念は、その死に方を喜んでた」
真結は俺と手を繋ぎ、白い布が被せられたカルジャの巨大な屍の側まで行くと、榊の枝に神酒を浸して、布の上からお清めをした。
すると驚いた事に、白い布の中身がどんどん小さくなり、赤紫色の気体が宙へと立ち上り、消えていった。
「悪魔が死んだ時の様だ……」
里詩亜さんがそれを見ながら呟いた。悪魔狩りと呼ばれている彼女だ、今まで悪魔が死ぬ所は何度も見てきただろう。
「カルジャは元々地獄に居たのよ、シャロンちゃんの飼い犬になったみたいだけど」
「魔界の住人なんて、皆そんなもんだ。根っからの善人は少ないさ」
縫香さんがリザリィに向かって言ったその言葉は、彼女自身も含めての嘲りに聞こえた。
言われたリザリィでさえ、腕を組んで返答に困ってしまっていた。
今、ここにいる皆は良い人だ、と言ったとしても、その言葉は上滑りしてしまいそうで、俺も黙って真結の手を握っていた。
「それじゃ、男爵様の所にいくとするか」
縫香さんに先導されてようやく、俺達は地下の監獄を出る事が出来た。後には悪魔達もぞろぞろと檻の中から出てきていた様だが、俺達に着いてくる様子は無かった。
彼らにとっては俺達もレヴィスト男爵の敵であり、仲間ではなかった。
城の中はこの城を守る悪魔達と攻めて来たシザーリンド家の兵達が争った痕跡があり、床にも壁にも血しぶきの跡が残っていた。廊下の端には双方の屍が積み上げられ、俺と真結はあまり直視しない様に、前を見て歩いた。
広い廊下には赤い絨毯が敷かれ、白い壁には破れた絵画が斜めになって張り付いており、床には割れた骨董品の破片が散らばっていた。
大方、俺の予想は当たっていた様だった。レヴィスト男爵の城はシャロン卿の尖兵によって攻め滅ぼされ、住人は地下牢に閉じ込められた。
問題は白竜の角だった。チーフテン・カルジャの言いぶりでは、シザーリンド家はまだ角を手に入れていない様だった。
もし手に入れていたら、彼らはさっさと撤退してこの城は空っぽになっていただろう。
廊下を抜けた後、大きな扉を開けると、謁見の間があり、その奥の玉座に若い男性が座っているのが見えた。あれがレヴィスト男爵だろう。
「あまり近づいちゃダメよ。シャロンの槍牢の魔法で束縛されているの」
「それで座ったままか」
「お辞儀の一つも出来なくてすまないね。動けないものでね」
金髪の青年は端整な顔立ちで、一見するとどこかの国の王子様、或いはお金持ちのお坊ちゃまの様な雰囲気があった。
ただしその頭にはデビルの証しである角が生えていて、目は赤く、爬虫類の様な瞳をしていた。リザリィも俺を束縛した時にその爬虫類の目で俺を見ていたのを思い出した。
「さて、君達が来てくれたおかげで、シザーリンドの尖兵はあと一匹だけになったんだが、どうにも良くない事になりそうだ」
男爵はそう言うとパチンと指を鳴らして、空中に映像を映した。それはラビエルさんが金色の羽を広げて、巨大な広間に降りていく所だった。




