運命という潮流
「他のみんなはどうしてるかなぁ」
「心細くなりまして?」
長い螺旋階段を登りながら、縫香がのんびりとそう言う。
シフトして一気に階段を登らないのは、襟亜を連れて登るのが億劫だからだった。
今し方の死霊術師との戦闘で使った魔力を補いたい、というのもある。
一息つきつつ、煙管をふかして階段を登る姉の後を、襟亜も大人しくついて登っていた。
「皆、良い奴達ばかりだ。珍しいよな。リザリィも含めて、里詩亜もテラヴィスも来島さんも町田君も、皆、心根の良い奴ばかりが集まってきた」
「真結と弓塚君が呼んでいるんでしょう」
「本当に、そんな気がするよ。あの二人は、何か、とても大きな力を持っている様な気がする……真結を人間界に連れて来て良かった」
「そうですわね。まさか、天使になるとは思いませんでしたけど、あの時も弓塚君は本当に必死でしたわ。人間って、あんなに強いんですのね」
「ああ。彼が居たから真結は助かった。真結はいい男を見つけた。弓塚君は強いよ、自分では気付いていないけどね」
あの噴水の前での出来事が、縫香達の賭けだった事を弓塚弘則は知らない。
放っておけばいずれは死ぬ運命の真結を、人間界へ連れて来たのは少しでも延命させる為だった。
だが、弓塚弘則とその友人町田努という二人の人間は、どちらも希有な存在だった。
フェイトスピナーという存在は、常に幸運を引き寄せる。
全てが上手くいく代わりに自分の命と魔力を削るが、弘則と町田という二人を引き寄せたのもまた、運命の魔女の力だったかもしれない。
もしも弘則が、弘則自身の願いとして真結の無事を願うなら、真結は弘則のために奇跡を起こすだろうか?
その賭けはラビエルという存在まで引き寄せ、真結自身の運命を大きく変えて良い結果へと繋がった。
そして真結の新たな運命は、四姉妹と弘則達を巻き込んで、更に大きな潮の流れへと導いていた。
「縫香姉さんも人間界に来てからは、とてもいい顔になりましたわ。魔界にいた頃は、笑顔なんてほとんど見た事がありませんでした」
「ボーダーガードを断った時点で魔界に居場所は無くなったよ。皆がイェンの様に、私を卑怯者だと思ってる。あいつは自分の天性に背いて逃げたんだと。こっちにはそんな奴は居ない。むしろ悪魔の方が私を平等に見てくれる」
「リザリィは真結と弓塚君が居てこそ、ああですわよ。居なければただの悪魔じゃないかしら」
「そっか、そうかもしれない。襟亜は人間界に来てからの方が忙しそうだが、暇はもてあましていないな」
「はい。買い物という戦いが毎日出来ますから……敵を斬るより楽しいんですのよ?」
「どこで何が一番安くて、いつの日が特価日で、5時からタイムセールとか、毎日よくやるよ。そこまで家計は苦しくないだろ?」
「ええ、お金の問題じゃありませんから。自分が納得する為には一切の欲を捨てる。と世界一の狙撃手が言ってましたわ」
「そんな知り合いが居るのか」
「いえ、本屋で立ち読みしただけですわ」
「漫画の話か」
「面白いですわよ。人間の根本的な強さは、もう魔法使いを越えていると感じる事がありますわ」
「確かに。もう、古いんだよ……この地獄界もね」
階段の頂上に小さな木の扉があり、襟亜はシフトせずに、普通に扉を押して外へと出た。扉の外は裏庭になっていて、刈り込まれた草で獅子の形が作られていた。
「おっと」
縫香がその獅子の前を通ろうとした時、二体の獅子が生命を持って動き出した。どうやら見張り役だったらしく、縫香は距離を少しとって、本館の入り口の近くへと歩く。
無視された獅子たちは、背後から縫香に飛びかかったが、その二体とも、空中で分断されると、魔力と混沌の光に包まれて燃える様にして粉々になった。
その残骸の中を、笑顔で襟亜が歩いていた。
「城の中の気配は無いな。魔力も殆ど感じられない……いや、全部地下か」
縫香が魔力の流れを追いかけ、どこからどこへ流れ、どの魔物が魔力を宿しているかを感じ取る。非常に強い魔力が地下に一つ。そしてさらに遙か下にも一つ。城の中にはいくつかの魔力を持つ者が移動しているが、その一つはおそらくリザリィで、別の何者かが城の奥にいる。それがレヴィストだろう。
「あれがリザリィと来島さんだとして……地下には100匹近い悪魔達が囚われてるな。その中でひときわ強い何かが居る。里詩亜より強いな。真結はかなり下にいる。多分弓塚君もそこだろう」
縫香は一息煙管を吸うと紫煙を吐き出し、目を閉じて神経を集中させた。
「それより下にラビエルが地下へ向かって……ああ、地下に……どん底にテラヴィスがいる。隣にいるのが硯か。ラビエルは二人を助けに行ったみたいだな」
「テラヴィスと硯ちゃんを助けなければならないほどの敵がいまして?」
「魔力だけでは分からないけど、でかいし強いな。何だろうな。でもまぁラビエルに任せとけばいいだろう。それより里詩亜と真結の近くにいる奴の方が気になる」
「私達もそちらへ行きます?」
「……ああ、もしもの時の事を考えて、真結達を助けに行こう」
縫香は城へ入る扉を開けずに一歩下がって襟亜と腕を組むと、共に姿を消した。
「里詩亜さん、大丈夫ですか?」
「問題無い。この地下監獄の殆どの牢屋に悪魔達が収監されていた。鍵は全部開けてきたが、中に居るのが掃除婦やコックなんだ」
「とすると、シザーリンド家はここに攻めて来て、そしてこの城の悪魔達をここに幽閉して、あのミノタウロスが見張っているって事かな」
「……そうか、そうなるのか、ふむ……」
どうやら里詩亜さんは本当に分かっていなかったらしく、俺の想像を鵜呑みにしていた。慌てて俺はもう一度よく考え直し、どうしてシザーリンドの尖兵が居るのか、どうして城の魔物達、それもコックや掃除婦が幽閉されているのか、よく考えた。
「鍵は、開けたんですよね?」
「ああ。でも誰も出て来ようとはしない。あのミノタウロスには勝てないと思ってる」
もし囚われているのが、レヴィスト男爵に刃向かった犯罪者なら、命をかけても脱獄を試みただろう。
ただ生きながらえたいと思うなら、大人しくしているだろうが、全ての囚人が大人しくしているだろうか?
牢獄で大人しくしているような奴が捕まるだろうか? 捕まるからにはレヴィスト男爵に敵対したからで、それなりの自信と覚悟を持っている筈だ。ならばここに居るのは犯罪者じゃない。
(俺の考えは間違ってない筈……)
囚われているのはこの城の住人達。皆もレヴィストの部下。戦える者は戦い、そして負けた者がここに囚われた。だから誰も逆らおうとしない。
出て行ったところで殺されるだけだと思っている。それほど、あのミノタウロスは強い。里詩亜さんでも様子を伺うほどに。これなら筋は通っていて破綻していない。
牢獄の檻に近づき、棘のある格子の隙間から、ミノタウロスの方を見る。一瞬、ミノタウロスと目が合ったが、向こうは全く気にしていない様子で、また、ドシン、ドシン、と地響きを慣らしながら、牢獄の中を見回っていた。
敵はたった一匹、これだけの人数の悪魔なら、集団で襲いかかれば倒せるのでは無いだろうか。そこまで強いのか、それとも何かの魔法で、戦意を殺がれているのか。
(ああ……戦意を……殺がれたのか……)
もしも主であるレヴィスト男爵が既に倒されていたとしたら、ここに囚われた住人達が今更暴れたりしないだろう。或いは暴れた者は既に殺されているだろう。
命を賭して戦う理由が無い。命をかけてあのミノタウロスを倒したとしても、もう主は居ない。勝敗は既に決まっていて、シザーリンド家の沙汰を待っているとすれば……。
(どうすれば、ここから出られるんだ……?)




