ほろろ散りゆく双秋の
「なら、死んでくれてもいいのよ?」
襟亜の振り抜いた日本刀は、刃が平行に二本並んでいるという不思議な刀だった。その一本は鈍く赤い光に包まれ、もう一本は青い光に包まれ、遠くから見ると紫色の太刀に見える。
「カニス家の名刀『双秋』ですか。悪魔を殺す為には良い剣ですな」
「相手がゾンビと魔法使いなら『白蛇』で十分でしたのに、外に置いて来ましたわ」
「こちらにとっては好都合。白蛇の剣なら、とうに斬られてましょう」
死霊術師の言う通り、襟亜の今の刀は重く大きい大太刀と呼ばれる類のもので、剣の重さで敵を斬る刀だった。扱いは非常に難しく、通常の刀しか持った事が無い者には敵に当てる事さえ至難の大刀だった。
襟亜は踊り子が舞いを踊る様に、くるくると身体を回転させながら敵を切り裂いていた。切っ先は常に円弧を描き続けながら移動し続け、止まる時は敵が倒れる時だった。見事なのはその脚裁きで、まるで社交ダンスの足の運び方にも似ていた。
しかし、その大きな動きでは、素早く移動する魔法使いの身体を捕らえる事は難しく、故にいつもは一切手を出さない縫香が、ちょっかいを出して邪魔をしている有様だった。
一本の刃には混沌、もう一本の刃には魔力の宿るこの剣は、ブルーミスラルと呼ばれる希有な素材を鍛えて作られたもので、悪魔であろうが天使であろうが容赦なく切り裂く名刀だった。悪魔が相手なら『カニス家の双秋』という名を聞いただけで逃げ出していただろう。
「しかし、どうやら、そろそろ私も命運が尽きた様ですな」
死霊術師は、使役していたゾンビ達の数がもう残り少ないのを見て、ため息をついた。
自分一人が襟亜の双秋から逃れられても、操る不死者達は次々に破壊され、質より量で押すという戦い方に限界が見えていた。
名剣の名に恥じず、双刃の刀はゾンビ達の肉も骨も一刀両断し、宿した混沌と魔力によって切り口はズタズタに引き裂かれていた。
一太刀目で右肩を切り落とされ、二太刀目で左腹から右腰へと斬られたゾンビは床上に両足をごろりと転がして、上半身は煮えたぎって火膨れしている。
生ける屍を命無き肉塊の山へと変えつつ、その地獄絵図の中、襟亜は笑顔で死神の舞いを舞っていた。その姿はまさしくギリギリで善であり、ギリギリで悪だった。
「命なんか賭けなくていいって。相手が悪魔ならともかく、お互い魔界から来た者同士なんだからさ。帰ってシャロンに伝えなよ。ちょっと無理でしたって」
「その恩情、どうやら、聞き入れた方が良いかもしれませんな……私からも幾つかお聞きしたい事があります。何故、あなた方がここに来られたのか」
「さあ、不死者達は全て元通り黄泉の国へと送り返しましてよ。そちらこそ、どうしてこんな所にいらっしゃるのか、おっしゃってくださいます?」
言葉通り、最後のゾンビを倒した襟亜は、ようやく太刀を背中に背負うと、地獄の笑みでそう言った。今日はさすがにエプロンはつけておらず、桜の花びらが舞い散る文様が入った黒字の着物に白い帯を巻いた礼服を着ており、あきらかに無数の敵をあの世へ送る気満々の、死神の出で立ちだった。
「我々はレヴィスト男爵の持つ、白竜の角を手に入れに参りました。元々、重罪人テラヴィスをみつけたのは我が主、シャロン様で、それを地獄界で匿ったのがレヴィストなのです」
「それは分かるが、攻めたにしては、何故ここで留まって外部からの侵入者を封鎖しているんだ? まだ角は手に入れてないのか?」
「はい。私共も探しておりますが、この城のどこにも見当たらず、見つけらなければ我々の今回の行為は万死に値します」
「偶然だね、私達もその角を取りに、ここに来た訳。テラヴィスと一緒に」
「テラヴィスも来ているのですか!? もし捕らえたのであれば、何故魔界の長にご報告されないのです?!」
「今の話を聞いて分かったけど……話の始まりから終わりまで、騒動の原因になったのは、一人のお嬢様のわがままみたいだな」
「それはシャロン様の事を言っておられるのですか?」
「テラヴィスはアイスクロウから心臓を貰ったんだ。無理に食べた訳じゃない。双方同意の上で、生き延びる為にそうしたんだ」
「それこそ長に申し立て下さいませ。私に言われましても……」
「シャロンは知っていたんじゃないかなぁ? ねぇきいてる、シャロン? 嘘ついてテラヴィスを重罪人にしたりしてない?」
縫香がそう言いながら、死霊術師に詰め寄り、その瞳を覗き込む。すると死霊術師は頬を赤らめて、横を向いた。
「わ、私も男故……シドニー殿に詰め寄られては、照れもします」
「あんた、悪そうな人じゃないし、ここはこれで負けって事で私達を通してよ。無駄に殺し合う必要なんて無いからさ」
「……分かりました」
死霊術師はそう言うと、縫香の説得に負けて、一歩退き、二人が自分の前を通過するのを軽く頭を下げて見送った。
そしてその後、大きくため息をつくと、自分の喉を短剣で切り裂き、命を断っていた。
「好きじゃないんだよね。ああいうの」
「敗者は、家に帰る事も許されませんのね」
「シャロンは名家の君主だ。長にも口が聞く。直接の知り合いじゃないけど、かつては魔界を支配しようとして失敗したって話はよく聞くね」
「情け容赦の無い主というのは、仕える側としてはどうなのかしら?」
「君主制なんてものが、未だに存在しているのが問題だよ。それを嫌って人間界に出てくる魔法使いも居る」
「それは姉さんの事でしょう」
「ま、そうなんだけどね。魔界は住みづらい。シザーリンド家なんて貴族が形骸化した象徴みたいな物だ。主に忠誠を誓うのは勝手だけど、宮使いの子供に産まれたからって、親の後を継がなくてもいいじゃないか」
「魔界の上層部は、どこの家もそうですものね。カニス家もオライエン家もフィアル家も、何も変わってませんわ」
「魔界を治める九人の長老達とその一族。それに組する君主制の貴族達。各種のギルドと師弟関係。親や血の繋がりよりも、どの門閥で産まれたかで上下関係が決まる。今回の一件はそういうのはもう古いって事が原因かもしれないな」
薄暗い私有地の地下墓地の中を進み、そして鋼鉄の扉で閉じられた出入り口まで着くと、縫香は襟亜を連れてシフトし、扉の向こう側へとくぐり抜けた。あとは延々と上へ登る螺旋階段が続いていて、その長さに縫香がため息をついていた。




