囚われの男爵様
リザリィとかしこが着いたのは、城の尖塔の一つだった。
そこは見張り場所兼倉庫になっていて、木箱が詰まれていた。中には武器と食料らしきものと酒瓶があり、かしこはその酒を一本とって、服の中に隠し持った。
「下級悪魔が飲むような安酒よ。価値も味も良くないわよ」
「なぁんだ」
リザリィの指摘を受けると、かしこは酒瓶に興味を失い、木箱の上に置いた。その銘柄を見たリザリィが目を丸くして、その酒瓶に飛びつく
「わーお! これ、ドラゴンのジンじゃないの。どこを探しても無いって言われたのに、こんな所にあったのね、誰かが隠してたんだわ」
「安酒じゃなかったの?」
「ええ、かしこナイスよ! たまたまにしても偶然にしても、このお酒を見つけたのはさすがだわ! 相当な一級品よ、しかも100年ぐらい前から見つからなかったの」
「良かったわね。縫香さんが喜ぶだろうね」
「そうね。つぎにわがままを言う時の為にとっとくわ」
思わぬ収穫を得たリザリィは、鼻歌を歌いながら、床にはめられた扉を開けて、はしごを降りていく。かしこはそれを見て、げぇ、と小さく悲鳴をあげた後、かぶり面を被ったまま、恐る恐るはしごに足をかけてゆっくりと降りていった。
「その面を外せばいいじゃないのよ。それとパンツみえてるわよ。かしこのパンツみても全然嬉しくないけど」
「パンツを見られて喜ばれるのは恥ずかしいけど、嫌がられるのはかなりショックだ」
「なぁんでそんなかぶり面……まぁ、人間って一目でばれるよりはいいのかな?」
「そう思って被ってきたんだけど、わりとこの面、臭いのよね。あと、作りが粗雑で、後ろがもう破けてきてるの」
「リザリィに文句を言われても知らないわよ。ほら、降りて。はしごは終わり。あとは階段を降りていけば城の上層階につくわ。そこから玉座はわりと近いから」
「いい所に着いたのね」
「レヴィがそうしたんでしょ。もし私に雑魚なんかぶつけて来たら、本気で相手するつもりだったけど、立場をわきまえたみたいね」
「って言うより、誰も居なくない?」
「……ん? そう言われると……誰も居ないわね」
見張りの塔から降りてきたリザリィ達が扉を開けて城の通路に出ると、がらんとした石造りの廊下に出る。壁には一定の距離毎に木の扉があり、開けて中を覗いてみるが誰も居ない。三つ目の扉を開け、その部屋も空っぽなのを確認した後、廊下に戻る。
「人が部屋を出てから、結構な時間がたってるな。今しがた居なくなった訳でもないし、何日か放置されてもいない。雰囲気としては朝方に出て行ってそのまま戻ってきてないって所か」
「こういう狭い部屋は、使用人かこの付近の巡回兵が休憩所として使う物よ。誰も居ないってのは、おかしいわね」
通路を突き当たりまで進むと右へと降りる長い階段があり、その先には広間の上側を通る渡り廊下が見えていた。カツ、カツ、と足音だけが響く城の中を二人は進み、そして広間を上から見渡せる渡り廊下へと出る。
「……どうやら、これが原因みたいね」
リザリィが広間に倒れている怪物の屍達と、床に広がっている血の染みを見て言った。
「何者かに襲われた様ね。決着がついて半日は経ってる感じ? という事は、城の中に居た他の者は皆、囚われたか殺されたか」
「城一つを落とすなんて、ただ事じゃないわよ。しかも地獄の男爵様の城よ? 兄上ぐらい格が違えば、ひねり潰す事も……」
そこでリザリィは言葉をとめて、ああ、と呟いた。男爵より遙かに地位の高い者。魔界の君主が攻めて来たとすれば、こうなるだろうか。
「しかも総力で潰しに来たって事よね。何なのよいったい。レヴィは喧嘩でも売ったのかしら?」
二階の渡り廊下でも戦いが行われた後があった。壁にはドス黒い血の跡もあれば、一部の壁と調度品は溶けて穴が開いている。魔法が爆発した跡。刃物で切られた跡。鈍器で砕かれた跡。一通りの乱戦の名残が、部屋と廊下の各所に残っていた。
渡り廊下を約半周すると、下へ続く階段がある。その階段を降りて、階下の広間に出ると、屍の山を目の当たりにする事が出来た。
「臭いわね。もう……邪魔だし」
リザリィは自分が真っ直ぐ歩く為だけに、床に転がっている屍を闇の槍で弾き飛ばして道を作っていた。そこに情の欠片など微塵も無かった。
屍をどけても床上には血の染みと臓物が散らばっていたが、それらの肉片を踏みつぶしてリザリィは先へと進む。その後ろをついていくかしこはかぶり面をつけたままだったので、狭い視界からしか周りを見られない事が、返って救いになっていただろう。時折、柔らかいぬるり、とした何かを踏んだ感触に、不快感を表していたが、悲鳴を上げないのはヒーローモードのおかげだった。小塚丘学園の女学生、来島かしこなら悲鳴の一つもあげただろう。
「レヴィ、いきてるー?」
広間を二つ抜けた先に、大きな両開きの扉がある。それは謁見の間の扉であり、玉座のある大広間だった。城の主はその部屋の玉座に座り、そして城を訪れる客人にそこで面会する。
謁見の間の扉の前には、あきらかにその扉を死守しようとした地獄の悪魔達の屍があり、リザリィは面倒臭そうにそれらを横へと薙ぎ払って弾き飛ばした。
既に扉は半分開いていて、もし主が生きているなら、リザリィの声は届いただろう。返事がないという事は、既に主は死んだか、或いは連れ去られたか、が定番だったが、どうやらそうではなかった。
「あんた、なにやってんのよ?」
「やぁ、レディ・ライザリ」
謁見の間では戦闘が行われた形跡は無く、玉座には二十代前半の若い青年が黒と金の刺繍の入った高価な装束を着て座っていた。片足を組み、片手は肘掛けに乗せ、優雅に顎を乗せてくつろいでいる。
「リザリィって呼んで。その名前は嫌いなの」
「そうだね、人間界ではその名を使っているらしいね、リザリィ。本当の姿は人間達には見られたくないのかい?」
「お友達には見せたくないわね、私は可愛らしさがウリなのよ」
「昔から君は可愛らしいよ、レディ」
「相変わらず、口は上手いわね。で、何をしているのよ」
リザリィは姿勢を崩そうとしないレヴィスト男爵に苛つきながら、玉座のある段差を登ろうとし、その足をとめた。一件して何も無い階段ら見えるが、彼女には分かった。リザリィが敵を捕らえる時に使う、闇の剣山に似た危険な仕掛けがそこにあった。
「動けないんだよ。この姿勢のまま、ね」
完敗を喫した地獄男爵は、己の城の玉座の上で拘束されていた。




