ロード・オブ・アイズ
ラビエルが土人形を嫌ったのは、斬り落とせば酸が飛び散るという事もあるが、それよりも土人形が呪いによって作られた物だという事の方が厄介だった。
この人形は相手を破壊するだけでなく、その折に呪いを辺りに振りまき、序々に体力を奪う呪いをかける。
壊すにしても町田から十分に距離をとった所でなければ、町田に危害が及ぶかもしれなかった。
対して肉人形は、人間の骨と皮をつなぎ合わせ、それを機械で動かすという人工の人間を目指して作られた物で、悪魔を倒す為の兵器ではなかった。
「死してなお蘇る術を探した死霊術師達は、その副産物としてお前を産み出した。死んだまま、生きても居ないというに、目の前の敵を破壊するだけの人形」
「お前が作られたのは魔界にある不死者の街ネクロポリス。死霊術師と吸血鬼達にも根回しをしたのじゃな?」
ラビエルは人形に向かって語りかけるが、人形は返事などしない。しかしその向こうで様子を見ている者は、決して良い顔はしていかなっただろう。
肉人形は、機械人形ほど綺麗に斬る事は出来なかった。光の刃を憎しみで受け止め、斬撃を打撃に変える。襟亜や里詩亜のような剣士なら、かなり苦労する相手だった。
しかしラビエルの持つ天界の剣は、しなり、巻き付き、打ち据える鞭でもあった。肉人形が打ち据えられて身体の形を変形させていく様は、おどろおどろしい光景だった。
腕が折られ、足が折られ、膝をついた人形の胴が鞭打たれて皮膚が剥がれ、中の機械が剥き出しになる。
片手片足を引きずりながら近づこうとする人形に、ラビエルは容赦なく光の鞭を振るい続け、そして頭部のある肉塊と化してしまった肉人形は、ようやくその動きを止めた。
「惨い仕打ちをした詫びはしようぞ。その身体を作る為に使われた屍の持ち主達よ、天界で祝福を受けるが良い」
最後にラビエルは剣を真っ直ぐにたて、そして静かにその広刃を肉人形の頭部へと降ろし、額にそっと重ねると呪文を唱えた。肉塊と化した人形に光が宿り、そして元々人だった部分が光の粒と化して宙に消えていく。残ったのは機械のからくりだけとなっていた。
「さて次は主の忠実なる護衛の石像。主の命により、ここに来たか」
石像は重装備の剣士を模した形をしていた。動くかどうかは別として、人間界でも門番として石像が作られる事は多々ある。この石像は魔界にて命を吹き込まれ、主である魔界の君主、シャロン=シザーリンドの命を受けてここへ来たのだろう。
「何があったのじゃ、シャロンよ? この様子では、お主はこの城に攻め入り、レヴィスト男爵を捕らえた様に思えるのじゃが?」
「……シャンダウ・ローを敵にするつもりなどなかった。私もまた、あの策士にはめられただけ」
石像は、その姿に似つかわしくない、涼しげな透明感のある声でそう答えた。
「巻き込まれた、というのじゃな? それなら何故、剣を抜く?」
「……大きな事が始まろうとしている。レヴィストはなんとしても倒さねばならん」
「ふむ……ようやくわかった。それで燃える犬か。してやられたな、私もまきこまれた口か」
「そうだ。天界の天使よ、手を引いては貰えないだろうか?」
「分かっているのだろう? 私ももう止まれぬ事を。天命は下されている。私は私の任を全うせねばならん」
「では私も策を講じねばならないだろう。敵は少ない方が良いからな」
その言葉を吐くと、石像は動かぬただの石像になった。そして最後の土人形が近づいてきて、その石像に拳を振り上げて破壊する。
「よかろう。お前は剣で倒すには厄介じゃ。他にもはや障害も無し、その場にて滅するが良い」
ラビエルは剣の切っ先を土人形に向けると、小さく呪文を呟いた。すると土人形の腹の部分に黒い渦が現れ、土人形はまるで内側に向かって爆発する様に、その渦の中に巻き込まれ、一瞬にして消えた。体内の酸が漏れ出す事も無く、呪いがまき散らされる事も無く、その場には塵一つ残さず、土人形は消えていた。
完全崩壊は魔界の君主だけでなくラビエルも使う事が出来る様だった。
「おわったのかい?」
「うむ。終わった。他の者達と合流せねばならんな」
「話は横から聞かせて貰ったけど、さすがに分からない事だらけだな」
「そうじゃな。悪い方に流れている事ぐらいしか分からなんだ」
「魔界の君主、シャロン=シザーリンド。またの名をロードオブアイズ。監視者。このレヴィスト男爵の城に攻め入ったが、まだ男爵は殺せていない。そして俺達がレヴィスト男爵の所に行くのも望んでいない」
「燃える犬は、単純に助けてくれって事だったようじゃ。リザリィのおかげで色々と掻き回されてしまった」
「そうかな? それもまた男爵の策かもしれない。そんな口ぶりだった」
「ああ、そうか、そうかもしれぬな。メッセージ自体が助けて、だったとしても、我らが助けてはいけないのかもしれぬ。しかし、簡単に殺される男爵ではなさそうだがな」
「さて、知恵比べに勝つのは誰か。楽しみだな」
「負ける気はなさそうじゃな。頼りにしておるぞ」
ラビエルは金色の羽を納め、町田と共にホールの奥の扉へと向かう。そこは城の下部にある兵舎で、本来なら何百、何千の悪魔が武装して待ち構えている場所だった。
しかし今は悪魔達の姿は無く、床上にはおぞましい戦いが行われた形跡があった。
床上に転がる屍の殆どは悪魔であり、レヴィストの護衛達は一方的に負けた様に見えた。いきなり寝込みを襲われて為す術もないまま一方的に襲われ、応戦をしたものの、そのまま押し潰されたという感じだった。でなければ、シザーリンド側の魔界の兵士の死体がもっとあってもいいだろう。しかし、城の中には数体の戦士の遺体しか無かった。
「ダーリンとははぐれちゃったけど、この城なら何度も来た事があるから、そのうち見つけられるわ。かしこはリザリィからはぐれちゃだめよ」
「うーん、すごいなあ。これが地獄か。良い眺めだ。是非カメラに撮っておきたいけど、許してはくれないわよね」
「うまく人間界に持ち帰って、うまく誤魔化せばいいんじゃない? そうやって地獄とか天国や魔界を人間界に伝えた存在もいるわよ」
「地獄って、地面はないのね。それぞれの岩の塊が宙に浮いてて、鎖で繋がってるんだ? 移動はみんな空を飛ぶわけ?」
「ここは男爵様のお城よ。遙か下方には溶岩の広がる地面が広がってるわ。雑魚達はそこから上に登ってくる事なんてないわよ。さ、ほら、いつまでもこの尖塔から眺めてないで、レヴィの所にいくわよ」
「ああ、うん、行こう」




