シザーリンドの紋章
「これはなんとも、困った所に押し込まれたものじゃな」
ラビエルと町田は、四畳ほどの広さの、何も無い部屋の中に居た。四方には扉があり、それを開けると同じ広さの部屋がある。その隣の部屋も、反対側の部屋も、四畳ほどの部屋だった。
一度、とにかく左側へ直進し続けようとひたすら扉を抜けてみたが、出口にも、この迷宮の端にも到達出来なかった。
「……こういう感じの部屋が舞台となっている映画を見た事はあるんだが、あれは上下左右の立方体だった」
「それよりはマシかのう?」
「でもこれは魔法であちこちに飛ばされているから、もっとタチが悪い。映画では計算や理論でゴールを導けたが、ここは魔法の飛び先を知る必要がある」
「知恵試しは天界でも時々行われるが、あまり好きではないのじゃ」
「幸い、床は石造りだし、目印をつけて行きましょうか。今いるここを0の0にして、隣の部屋を0の1と書いて……」
そうして、0/0の隣に0/1、さらに隣に0/2、その隣に行こうとした時、目の前に0/1と床に書かれた部屋に出た為、後ろへ戻ると、番号のない部屋だった。
0/3とその部屋に書き、さらに先に進み、空いている部屋に番号を振っていく。その結果、13/11までは記す事が出来たが、それ以上はまだいけてない部屋があるのかどうかさえ、謎だった。
「さて、13/11ですけど、きっとこれは12/12が正しい。どこかで一つ上の段に行ったからおかしくなったが、その『どこか』が出口だろう」
「ああ、13/11は、確か直前は5/7を上側に行った時じゃな。右に7/10、左に1/4、後ろには2/2があった筈じゃ」
「ラビエルさん、すごい記憶力だ。魔法ですか?」
「勿論じゃ、こんなもの魔法以外で覚えてはおられぬ」
「映画では記憶力の達人と天才が協力してましたが、記憶力の方は任せますよ。5/7がキーポイントになる部屋ですね」
「天才の役は町田君に任せる。それで、どう行けば良いのじゃ」
「右に二つ、下に一つ、上に二つ、かな」
空間と空間の接点は勿論扉にかけられた魔法によるものだった。その魔法を全て打ち消したらどうなるのだろうか、と町田は考えたが、それによってこの空間そのものが矛盾を起こし、消滅する可能性もあった。
どこにも繋がっていない空間が散財するだけの無意味な場所。もしここが次元の狭間だとすれば、脱出する手段がなくなってしまう。
結局、この魔法の転送の順序を把握して、特異点を見つけるしかなさそうだった。
「さて、ここが5/7……ここから上に行くと……」
町田が扉を開けると、そこにはナンバーの書かれていない部屋があった。
「これが13/11の代わりの部屋、出口でしょう」
「そうか。さすがだな」
二人が扉をくぐり、その部屋に入ると、部屋そのものが落下する感覚に囚われた。
「私に掴まれ、町田君」
ラビエルは落下する部屋の中で翼を広げると、町田を抱え、落下のスピードにあわせて宙を舞った。問題はこの部屋が何かにぶつかった時で、その時はその場で浮力をコントロールしないと、自分達も転落死する事になってしまう。
ラビエルは蜘蛛の糸を手から放ち、部屋の隅から外へと這わせていく。一刻でも早く、地面を察する事が出来れば、それだけ安全に着地が出来る。
「……よし、地面じゃ」
蜘蛛の糸の先に行き止まりを感じたラビエルが、翼を大きくはためかせて、その場に滞空し、片手で剣を天井に向かって斬りつけて屋根側を切り開く。
足下で部屋が石の床にぶつかって倒壊し、二人は地上数メートルの高さで高度を保っていた。まさしく神業だった。
「おみごと」
「じゃが、ここからは私が踏ん張らねばならぬようじゃな」
ラビエルが床上に降り立つと、周りに四体、身長3メートルほどの巨大な人形が立っていた。それらは己の標的が目の前に現れたのを察すると、目に光を灯し、ギション、ギションとギアと油圧音を慣らしながら二人へと迫ってくる。
「シザーリンド家の紋章のついたゴーレムか……これは悪魔討伐用の兵器じゃな。町田君は伏せておれ、大した敵ではない」
ラビエルは金色の翼をはためかせると、地上から少し浮いて迫ってくる人形達を誘い、町田から遠ざける。既に人形には天界の蜘蛛の糸が絡んでいて、より危険な敵はこちらだと報せていた。
町田はかぶり物を被ったまま、床上に腰を降ろしていたが、周囲を見回して状況を把握していた。あの魔法迷宮から落下した様に感じたが、ここは体育館程度のホールで、さほどの高さはない。どうやらここは外部から城の中へと入る入り口の一つらしく、ホールの奥には開いている門と閉じている扉が前後にあった。
その開いた門の向こうには赤い世界が広がっているが、そちらには用は無い。町田達が進むべき方向は閉じている扉の方だった。
「アイアンゴーレムよ、その手の爪は、悪魔を引き裂く為の物じゃ。天使を傷つける為の物では無いぞ」
そう言ったラビエルが黄金の剣を振ると、その剣は鞭の様にしなり、眼前の金属で出来た人形の片腕を容易く斬り落としていた。だが相手は人形。痛みなど感じる事無く、一歩ずつ近づき、ラビエルに向かって残った手を振り上げる。
「問題はその額にあるシザーリンドの紋章じゃな。噂は聞いておるぞ、シャロンとやら。お前は見ているのであろう? その機械人形の目を通じて」
機械人形の振り上げた手もまた、宙で斬り落とされ、ゴガン、と鈍い音をたてて地面へと落ちる。続けて胴体が切られると、アイアンゴーレムの頭部、兜の奥に灯っていた赤光は消え、動きを止めた。
人形は他にまだ三体残っている。一つは土の人形。一つは石の人形、もう一つは継ぎ接ぎだらけの肉の人形だった。
「厄介なのは土人形じゃな、お前は後回しじゃ。先に忌まわしき技術で作られた肉人形から黙らせようぞ」
目前に近づいてきていた土の人形が拳を振り上げて、床上へと振り降ろす。その拳が床をえぐった時、人形の身体から黒いオーラが噴出していた。
土人形は体内に強酸を含んでいるらしく、首筋の割れ目から漏れ出た緑色の液体が白い煙を立ち上らせていた。




