返事が返ってくるのって楽しい
「縫香は少しでも長い時間、酒を飲んでいたいだけでしょ。リザリィがもってきたパイプも、随分気に入ったみたいだし」
「この煙管はいいね! これは気に入ったよ、ありがとうリザリィ」
「……無理矢理職人に作らせたんだから、いっぱい感謝して頂戴。今回はレヴィが絡んでるから、大サービスなのよ? 絶対に負けないでね」
「負けないさ。勝てないかもしれないけど」
「あー……まぁ、そういう事もあるわよね。最悪でもイーブンには持ち込んでちょうだい」
「ああ。負け過ぎは勿論、勝ち過ぎも良くない……相手次第だがな」
「えーと、次はかしこを呼べばいいのね。かしこ、どこにいるのー!?」
そう言いながらリザリィがメールを打ち始める。悪魔かどうかはともかく、リザリィがメールを打っている姿は全く違和感がない。
「真結ちゃんがまだしっかり起きてないんだって。里詩亜が背負ってくるって言ってる。もしかして朝まで何かしてたの!?」
「何もしてないよ。真結は二度寝すると起きないんだって」
「本当に?」
「神社だし、変な事なんて出来ないよ。罰が当たりそうだ」
「リザリィなんて近づいただけで罰があたるわよ」
「グラーツ卿は天界に攻め入ったのじゃ、お前はその妹じゃから天界から許される事は未来永劫に無いぞ」
「昔は今ほど平和じゃなかったしぃ。人間界なんてなかったしぃ。そんな事よりかしこ、今どこ!?」
今さっきメール出した所なのに、1分も経たずにまたメール。これでは来島さんがうんざりするのも仕方無い。
「リザリィ、そんなにメールしなくても大丈夫だよ」
「え? だって、返事が返ってくるのって、なんだか楽しくない?」
「それだけの理由!?」
メールの内容など、どうでもいいのかもしれない。ラビエルさんが言ってた通り、リザリィは、ただ自分が暇だからメールを出しているようだった。
(なんて傍迷惑なんだ……)
「仕方無い、ちょっと行って連れてくる。魔力は十分に貯まったしな」
縫香さんがそう言うと、酒を置いて立ち上がる。チャイナドレスに煙管というのは、不思議に似合っていて神秘的だった。
その姿が一瞬消え、そして数秒後に同じ顔の女性が目の前に現れた。
「うわっ……シフトって、こんな感じなんだな」
「なぁんだ、もうかしこついちゃったのぉ?」
「先に連れてこないと、リザリィはいつまでもメールするだろ」
「助かった、ありがとう。本当に大変なんだよ、リザリィのメールは」
来島さんが端末の履歴を見せると、全部リザリィの名前しか無かった。
「リザリィ以外にも電話とかメールとか来てるんだけどな、履歴に埋もれちゃって残らない、やれやれだよ」
縫香さんが次に再び姿を消すと、今度は少し時間がたってから、真結を背負って戻ってきた。
「ほら、真結、ついたぞ。起きろ」
「うん……ごめんね……みんな……ふわああぁぁ……起きれないんだよ……自分でも、わかってるんだけど……」
「里詩亜は自分で来るってさ。ま、すぐに来るだろ」
「はい、今着きました」
「さすがだ」
縫香さんはにっこり笑いながら里詩亜の迅速さを褒めると、空に紫煙を吐いていた。
「では、ここからは縫香と襟亜に先導して貰おうか」
「待って下さいね、今、片付けてますから」
見ると襟亜さんは一人で地面に広げたキャンプシートと、その上に乗っている酒瓶をどけて荷造りしていた。
「て、手伝うよ、お姉ちゃん」
慌てて硯ちゃんが手伝いに入ったので、テラヴィス以外で手が空いている人もそれを手伝う。テラヴィスの側にはリザリィ、里詩亜さん、ラビエルさんがそれとなく距離をとりあって、非常時に備えていた。
「……!」
里詩亜さんが左後方に振り向くと、腰に差していたクナイを一本取って、空中へと投げる。すると、何も無かった場所にクナイが命中し、目玉だけの化け物が現れて、姿を消した。
「監視か。ただの魔法じゃな」
「ああ、魔界のマジックアイだ。まだ他にも居るかもしれないが、気配を察するのは難しい」
「隠密監視の魔法だからね、むしろ気配を感じられる里詩亜お姉ちゃんの方がすごいよ」
「そうじゃな。気配を察知するのが難しいとなれば、こうするのが良いか」
ラビエルさんが手の平から地面へと蜘蛛の糸を垂らすと、キラキラと陽光を反射しながら広がり、そしてあっという間にかなりの範囲の監視目玉を絡め取っていた。
「あとは頼むぞ」
「了解した」
天界の蜘蛛の糸に絡め取られた目玉は、実体を隠す事が出来ず、片っ端から里詩亜さんとテラヴィスの魔法によって破壊され、四散していた。
「ある程度進んだら、また、蜘蛛の糸を広げるとしよう。荷造りは済んだか?」
「はい。こちらの人達は、誰も荷物を持ってくれないので困りますわ」
確かに縫香さん、リザリィ、テラヴィスの三人は荷物を運ぶような性格では無かった。襟亜さんは大きめのリュックを背負っていたが、それだけでなく、両手に酒瓶の入った袋を下げている方が重そうだった。
「お酒、持ちましょうか?」
「ありがとう、弓塚君。そう言ってくれるのを待っていたわ」
地獄の笑みでそう言われると、言葉の裏に『もっと早く気付けよ』という意味が含まれている様な気がして、心が痛かった。
「お姉ちゃん、真結も持つよ……」
「そうね、真結は目覚まし代わりに持ってちょうだい」
襟亜さんは真結には洋酒の瓶が複数入った袋を持たせ、俺には一升瓶を持たせて、ようやく両手を開ける事が出来た。
一升瓶の重さは中身入りで大体3キロと言われている。それなりに重く、襟亜さんのように軽々と片手で持ち運ぶより、両手で抱えた方がマシな重さだった。
さて、これでようやく、俺達は敵の本拠地へと向かう道に辿り着いた。ここから先は既にラビエルさんと里詩亜さんが排除したように、監視の目があちこちにあるだろうし、攻撃してくる敵もいるかもしれない。
ここからが本番だった。