進んではならない一歩
巫女さんに連れられて食堂に行くと、信者達が集って食事をする質素な板間の部屋に連れてこられた。しかし、俺達はそこで食べるわけではなく、さらに奥の座敷の方へと通された。
座敷は正確には食堂ではなく接客の間で、そこには料亭の様に立派な膳が並んで、高そうな料理が配膳されていた。
「こ、これって……こんな高そうな食事、頂いてもいいんですか?」
「リザリィが手配したんだ。かのしまスパーランドの料理だ。神主の話では団体の信者達が来た時は、いつもあの温泉宿に夕食を頼んでいるらしい。それにしても、確かに豪華な振る舞いだな」
ラビエルさんも同席したが、配膳された食事を見て、感心していた。
「なんだか一番高いコースをたのんだって感じだね……リザリィちゃん、お金持ちだから……」
「神社に参拝した時の料理は、懐石料理とか高い物を選んで酒を飲んで祝う事の方が多い。酒宴は神様も大好きだからな」
「鯛って、正月でも食べた事が無いなぁ……」
鯛、天ぷら、吸い物、山菜ご飯、漬け物、野菜、お浸し、和食のフルコースだった。
ここはリザリィに感謝して、皆で美味しく頂くことにした。向こうは向こうで酒盛りが始まっている事だろうし、その後は温泉でゆっくりするのだろうし。
「気を引き締めるのは神社を出てからで良いぞ、どのような相手であれ、この敷地内で争いを起こす事はシャンダウ・ロー様への敵対行為になる。結界は元より張られている土地じゃ、雑魚が入ればすぐに分かる。今宵はゆっくり休め」
ラビエルさんにそう言われ、俺は心の中の緊張の糸を明日までは緩める事にした。しかし、食事を終えて部屋に戻った俺に、町田は『本当の事』を話し、とても気を緩めるつもりにはなれなくなった。
「それ、本当に?」
「ああ、前人未踏の地を見たいって言うんだから、そうなるだろ」
「危なくないか?」
「危ないさ。止めて聞く奴でもないし、やれるだけの事をやるしかない」
「それだとつまり、昨日言った事は嘘だったって事?」
「弓塚。何があったのかは知らないが、お前、飲み込まれかけてるんだ」
「飲み込まれるって何に?」
「頬白姉妹のやろうとしている事にさ。弓塚はこう思ってるんじゃないか? 自分に何か出来る事は無いか? 自分はただの人間で役に立たない。でも、皆が行くなら自分もいかなきゃいけないって」
「うん、そうだよ。それが飲み込まれてるって事なの?」
「いや、まだだ。その、今の、十分に警戒している状態がいいんだ。きっと弓塚はどこかで進んではならない一歩を踏み出そうとすると思う。その時俺が居れば止める事も出来るが、多分、無理だろう」
「結局、自分の事は自分でしか止められないし、俺も自分の事で精一杯だからな」
町田は、俺の心を見透かしていた。俺は、この魔法耐性という自分の能力を使って、何かがあれば盾になろうと思っていた。それが俺に出来る事だと思っていた。でも、町田はそれを止めた。
自分が無力である。それを自覚した上で何か出来る事は無いか。そう考える事が一番だと町田は言う。それは、今の俺にはとてもありがたい言葉だった。なぜなら、俺はそれでいいのかどうかが自分では分からなかった。だから、何かしないといけないという義務感に押され、前に出る事そのものを目的にしてしまっていた。
「そうか……無理をする必要は無いんだ……」
「ああ、大体が無理から始まってる事なんだ。地獄へ行って戻ってくるなんて、それだけでも上手くいけば十分だ」
そう言った後、町田は俺に掌サイズの一つの包み紙を手渡した。
「先に渡して置くから、いつでも取り出せる所に入れてろ」
「これは?」
「かしこがリザリィから聞いた、魔物が嫌う物。だ。勿論リザリィも嫌いだから、襲われそうになった時まで開けちゃだめだ。俺もかしこも持ってる」
「中身を聞いてもいい?」
「ダメだ。聞けば使いたくなる。でも、ワンチャンスなんだ。だからダメだ」
「分かったよ。とにかく、最後の切り札としてもっとくよ」
「それそれ。最後の切り札、な」
とりあえずは明日着ていく服の家にその包みを置いて、町田には先ほどの話の続きを尋ねた。
「その、持ってきたテントは一応出口に設置するんだよね?」
「ああ、もし中に入らずに済むなら、外で待機する。別に嘘をついた訳じゃないさ」
「そっか。その可能性はあるんだね」
「俺達の本当の敵は、レヴィスト男爵じゃない、と俺は思ってる。だから昨日、あんな風に言った。地獄への旅の最大の目的は男爵との交渉だ。だが相手は悪魔だ。人間の道理が通じるとも思えない」
「相手は力ずくで欲しい物を手に入れればいいんだしね」
「ああ。だから、その為の交渉の駆け引きは考えてある。だから俺とかしこは地獄へ行って帰って来る自信はあるんだ。出来れば誰も傷つく事無く、ね」
「……リザリィがさ、町田さえ引き込めばレヴィスト男爵に勝てるって言ってたけど、今は俺も実感してる」
「レヴィスト男爵に勝つつもりなんて無いよ、男爵は敵じゃないかもしれないんだぜ? もしそうなら、本当の敵は相当に厄介な相手だぞ」
「レヴィスト男爵が敵じゃない?」
「それは、話をしてみないと分からないし、話をするのは縫香さん達だろう。ただ、あの人達は交渉が苦手だろうからな……俺が後ろから余計な事を言うつもりだ」
町田と来島さんはいったいどこでレヴィスト男爵が敵ではないと知ったのだろう? 俺にはさっぱり見当もつかなかった。男爵の部下のカジンという悪魔が鉄砲玉として俺達を襲ってきた時だろうか?
その夜、二人には広すぎる部屋と、妙に固い布団、そして見慣れない天井という環境も手伝って、また俺は殆ど寝れずに朝を迎える事になってしまった。




