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お背中お流ししましょうか?


 その後、母さんは出汁の素を見せて説明し、その他にも色々と冷蔵庫や棚にある調味料の事を里詩亜さんに説明していた。


「里詩亜ちゃんも真結ちゃんもうちの子にしたいわぁ」


 などと無責任な言葉を言っていたが、確かに真結と里詩亜さんは家族になってもうまくやって行けそうな気がした。縫香さんと襟亜さんとリザリィよりは……。

 二人が話をしてる間に、俺は夕食を済ませ、一度自室に戻った後、風呂に入る事にした。着替えを持って一階に降りると、料理講座は続いていた。


 衣服を脱いでカゴに入れ、風呂場の中に入ると、入浴剤の良い香りで充満していた。ちなみに我が家では入浴剤を入れる習慣は無い。


(母さんは……里詩亜さんを気に入ったみたいだなぁ……)


 先ほどの様子を見る限り、更に好感度はアップしている様だ。現状、里詩亜さんは受験の為に田舎から出てきたという事になっているが、この一件が終わった後はどうするのだろうか。リザリィの兄からの命を受けて真結と俺を守りに来たと言っていた以上、問題が解決すればまた魔界に戻るのだろう。

 その時には、また記憶は改ざんされて、里詩亜さんは元々居なかったという事になるのだろうか。


(それも、こうなると、なんだか寂しいな……)


 そう思いながら、身体を洗っていた時、いきなり風呂場の扉が開いた。


「う、うおっ!? 里詩亜さん!?」


「ちょ、ちょっと、里詩亜ちゃん!?」


 俺とか母さんがほぼ同時に驚きの声を上げたが、里詩亜さんは平然と俺の後ろまで近づいてきた。


「世話になっていながら、何も出来ぬ故、背中ぐらいは流そう」


「いいのよ、里詩亜ちゃん、本当に気にしなくて!」


「お父様も弓塚殿も良い方だ。衣食住を世話になりながら、私は何も役に立てないというのは、私にとっては辛いんです」


「いやいや、それは、また、次の料理の時に恩返しをして貰うって事で、背中は流さなくても……」


「まぁ、良いではないか、いつも一人で風呂に入っているのなら、たまには背中を洗ってもらうのも悪くないぞ」


 そう言うと、里詩亜さんは俺の手からタオルを取って、背中を擦ってくれた。もちろんこんな風に背中を洗って貰った事は無かったから、とても気持ちが良かった。


「まぁ、本当にごめんなさいね、気を使わせて……お父さんにはしなくてもいいから!」


 そう言うと母さんは風呂場の扉を閉めた。背中を流す、という事が一体どこまでするのか分からなかった俺は、そのまま里詩亜さんに身を任せて、股間以外の身体を一通り洗って貰った。


「ありがとう里詩亜さん、もう十分です」


「そうか。入浴中邪魔して悪かった。また風呂に入る時は呼んでくれれば、いつでも背中を流すぞ」


 里詩亜さんは笑顔でそう言い、風呂場を出て行った。一人になった風呂場はいつもよりも寂しく感じられた。それは、先ほどまで考えていた、いつか里詩亜さんは帰ってしまう、という現実があるからだった。


(いっそ無愛想で、殆ど口をきかないぐらいの方なら、別れも楽なんだろうな)


 例えばテラヴィスやラビエルさんが、この一件が無事に済んでどこかに帰る事になっても、そうなんだとしか感じない。頬白四姉妹については、縫香さんも襟亜さんも硯ちゃんも、居なくなれば寂しい存在だし、今の俺にとって真結は、居なくてはならない必要な存在になっている。リザリィは特殊過ぎるが、それでも二度と会えない事になったら、やはり寂しいと思う。


(その時が、もうすぐそこまで近づいてる……)


 湯船に浸かりながら、レヴィスト男爵についての事を思い返してみるが、頭が良く、狡猾で、町田レベルでないと勝てないという話だった。

 相手は悪魔だ。あのカジンという初老の男性の様に炎を全身に纏い、敵を焼き尽くす様な、本物の殺し合いをする相手だ。

 キツネ人から始まり、ボーダーガードの軍人女、そしてオオサンショウウオの怪物。どれも誰かが死んだり、傷ついていてもおかしくない事件だった。

 週末にはその敵のボス格の居る城に乗り込み、テラヴィスの角を取り戻すと言う。話し合いで済めばいいが、もし戦いになったら、どうなるのか。

 町田と来島さんは地獄に行かずに出入り口で待つと言っていた。しかし俺はそういう訳にはいかない。

 真結が行くなら俺も行く。そして真結は姉妹とラビエルさんが行くなら当然共に行くだろう。戦いなんて何も出来ない、足手まといにしかならない俺が……。


(せめて、足手まといにならなければ……それでいいんだ……)


 気弱になっている自分にそう言い聞かせ、顔を湯船のお湯で洗う。

 本当は嫌なんだ。もし俺が特殊な能力或いは魔法を使えるヒーローなら、皆を助けて戦いに望む所だが、おれはそんなヒーローじゃない。

 町田は、俺の中にもヒーローは居ると言ったが、俺の中の理想のヒーローは非現実的な超人であって、町田や来島さんの様な天才系ではない。だから戦う事なんて出来ず、ただ逃げて殺されるしかない。それが怖くて嫌だった。

 きっと真結は助けてくれる。リザリィも助けてくれる。里詩亜さんも、縫香さんも襟亜さんも硯ちゃんも、もしかしたらテラヴィスも、皆が俺を守ってくれるだろう。でも俺を庇って誰かが傷つくのも嫌だった。


(何か……俺にも出来る事は、何か無いのか……)



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