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里詩亜ちゃんの平凡な日常


 背中にかかる濃い青色をしたセミロングの髪は、いつもの厳格なイメージとは裏腹に、同年代らしい可愛らしさがあった。普段は常に後ろで髪を纏めて、複数のかんざしを挿して固定していたが、そのスタイルは時代劇を彷彿とさせるおかげで、一つ上という年齢を隠していた。髪を解いてみると、一気に若さが増し、俺と真結と同じぐらいの年齢の女の子になっていた。

 そして何故か黄色にクマ柄のパジャマに身を包んだ里詩亜さんは、心なしか背も低くなっている様に見えた。


「ごめんなさいね。浴衣は今、洗濯してるから、パジャマで我慢してくれる?」


「は、はぁ、ありがとうございます……この寝間着は……」


「浴衣のサイズを見てね、そのぐらいだろうと思って買ってきたんだけど、どんな柄がいいのかわからなくって、それにしたの」


「あ、あの、買われたのなら、代金をお支払いいたします」


「いいのよ気にしないで。下着はある? そこまではやり過ぎかなと思って下着までは用意してないけど」


「かたじけない。下着はありますので、大丈夫です」


 俺の家の風呂場は台所の奥側、左手にあり、風呂に入る時はどうしても台所を通る形になる。台所の奥側右手は室内用の洗濯機置き場と洗面所があり、家族はそこにおいてあるランドリーボックスに衣服を入れていた。

 里詩亜さんとすれ違う時に、目線がほぼ一緒になったので、違和感を感じたが、里詩亜さんは何も言わず、そのまま二階の居候部屋へと登っていった。

 後に食事の準備が出来たと母さんが言い、テーブルに着くと、今日は焼き魚が置かれていた。


「父さんは出張だから、それで我慢してね」


 父さんはどちらかというと魚より肉料理が好きだが、魚が嫌いという訳でも無い。それでも母さんは、なるべく父さんが好きな食べ物を献立として考えている様で、父さんの居ない日の食事は、質素だけど我慢して、と言う。

 俺は質素だなんて思った事は無いのだが。


「いただきます」


 自宅で家族ではない異性と食事をするのは、なんとなく緊張する。隣の頬白家では既に何度もご馳走になっているが、こんな風に家庭的な食事ではなく、あれはホームパーティに近い。

 互いに話をする事も無く、箸と茶碗を持ち、焼いたアジに手をつけようとした時。


「り、里詩亜ちゃん……」


 隣を見ると、里詩亜さんはアジを箸でブッ刺して、丸ごとかじりついていた。


「は、はい? 何か?」


「里詩亜ちゃんの家では、そうやってお魚を食べているの?」


「はぁ……ああ、すみません。お箸で突き刺すのはあまり行儀が良く無いか。串があれば、それでもかまいません」


「か、かじりつくのは、変わらないのね……」


「???」


「里詩亜さん、箸ではこういう風にして食べませんか?」


 俺が慌てて、皿の上の魚に、箸で切れ込みを入れて開き、身をほぐして骨をとって食べると、里詩亜さんはああ、と言って、魚を皿の上に戻した。


「申し訳無い。私の家では魚は丸ごと串焼きにして出されるので、そのような高貴な食べ方をした事が無かった」


「そう言えば、私の田舎でも、子供の頃はまる事食べてたわね。街に出てきてからかしら、テーブルマナーを勉強したのは」


「テーブルマナー……」


 勉強、という言葉を聞いただけで、里詩亜さんはあからさまに嫌な顔をしたが、すぐに表情を取り繕うと、俺に魚の食べ方を聞いてきた。


「身の中央、背骨に沿って箸で切れ目を入れたら、その切れ目から上下に裂いて、あとは尻尾を持って、背骨を引き上げて、取り除くだけです。小骨は食べながらで」


「なるほど、刺身にする要領で裁けばいいのか」


「そうそう。里詩亜ちゃん、魚はさばけるのかしら?」


「はい。マグロ程度なら」


「す、すごいわね……マグロって、大きいわよね」


「カジキとかサメは無理ですが」


「里詩亜ちゃんの故郷って漁港の近く?」


「いえ、かなり山奥ですが、料理の勉強をしていたので魚の裁き方は分かっています」


「お料理作れるの? 今度、作って貰おうかしら」


「はい、お許しがあれば、いつでも作らせていただきます」


 里詩亜さんが料理上手なのは知っていたが、テーブルマナーについては殆ど無知の様だった。確かにエスニック料理とか言ってたし、ナイフとフォークを使って切り分けるか、或いはこういう風に出されたら丸ごと食べる印象がある。

 頭にかんざしを挿したり、鎖帷子の様な服を着たり、レオタードにガーターベルトと網タイツとミドルのブーツとか、和洋折衷なのはファッションだけでは無かった。


(まぁ、もう、チャイナドレスを最初に見てしまっては、あれ以上のインパクトはなかなか無いんだけど……)


「まぁ! 本当に上手なのね! そんなに綺麗に切り拓けるなんて!」


 母さんの驚嘆の声に、里詩亜さんの皿を見ると、見事にアジは綺麗に骨と身に切り拓かれていた。要はやり方を知っていたかどうかだけだったらしい。

 そのアジの身を口に運んで食べた後、里詩亜さんの方から母さんに尋ねる。


「私は、主に民族料理を勉強しましたが、和風料理という物はよく知りません。友人の襟亜は和風料理を勉強していましたが、この味付けはそれとも違う。何が違うのですか?」


「襟亜さんの料理はプロ級よね。いつもお買い物を一緒にさせてもらってるけど、何もかも本格的で、驚いちゃうわ。私の味付けはただの出汁の素を使った手抜き料理で、襟亜さんの料理はきっと本格的に味付けしてるんだと思うわよ」


「出汁の素! そんな便利な物があるんですか! 実は出汁という物について、いったいどんな物なのか、知りたかったんです」


(これはこれで全く会話に入れないな……)




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