ヒーローは誰の心の中にも居る
「すいません。ちょっといいですか?」
店を出た直後だった。店員と警備員の二人が俺達の前に申し訳なさそうに出てくると、簡単な注意を促してきた。
「今日、塗装用の薬品をお買いになられたと思うのですが、何に使うおつもりでしょうか?」
「父親に頼まれて買いました。以前にここで買った材料を使ってパーテーションを作っています。その塗装に使うんだと思います」
「そうですか。失礼しました。非常に危険な薬剤ですので、取り扱いには注意して下さい。廃棄する時は、もし、分からない場合はこちらにお持ち下れば、処分いたします」
「ありがとうございます」
リザリィと真結は驚いてお互いの顔を見合わせていたが、ヒーローモードの来島さんは肩をすくめてやれやれと言った顔をしていて、町田も来島さんの方を見て、小さく舌を出して答えていた。そのやりとりはとても滑稽なのだが、こうまで堂々とされると、帰国子女だと言い張れそうだった。
「一番危険な薬は町田が持ってたんだ?」
「ああ。弓塚と里詩亜さんは薬局で売ってるただの劇薬を買ってもらった。つまり薬局で買った方がいいんだがな」
「どうしてこんな包丁買ってるの……何に使うのこれ……」
来島さんが俺達の買った品物のうち、刺身包丁5本セットを見てそう言った。
「それは里詩亜さんの好みで……」
「ああ、そう……確かに切れ味はとんでもないわよね」
「あと、砥石と、工具用のベルトポーチ……極太の釘……まぁ一貫性がないのが幸いしてるというべきか」
里詩亜さんは駅の入り口で待っていて、俺達の姿を見ても、近づくまで他人のふりをしていた。
「里詩亜さんお待たせ」
真結がそう言うとようやく里詩亜さんは俺達の顔を見て表情を和らげて頷き、共に改札を潜った。
こうして、人間側サイドでの用意は出来た様だった。魔女サイドではそんな事をせずとも、各々の才覚で週末の血路を切り拓くつもりなのだろう。
帰りの電車の中で、町田に尋ねた。
「俺、今、自分達が何をしようとしてるのか、分かってるつもりなんだけど、本当は何も見えてない気もするんだ……町田はどう感じてる?」
「弓塚。ヒーローってのは、誰の心の中にも居る。魔女や悪魔がどうかは分からないけど、人間の心の中には居る。現実的であれ、非現実的であれ」
「町田の言う事は、俺には難し過ぎるよ」
「簡単に言うよ。今週末に起こる事は、大した事じゃ無い。レヴィストという男爵の所に行き、テラヴィスの角を返して貰い、どうしてその力が必要になったかの理由を聞くだけだ」
「話し合いをしに行くだけ?」
「そう。初めてあう人の家に行き、その人の話を聞く。それが人でなく悪魔なだけだ」
「でも、それにしては町田は一杯買い物をしていたけど」
「前線基地を作るだけだ。俺達人間は地獄に入らず外で待つ。その為にキャンプ用品を買い込んだだけだよ」
「ああ、そうだったんだ」
「買った品物のヤバさは里詩亜さんが一番だよ。あれ全部『何かを殺す為の道具』なんだから」
「言われて見ればそうだね」
「弓塚、お前の中にもヒーローは居る。里詩亜さんの火を消したように、お前の中のヒーローがお前が守りたい物を守ろうとする。その力を信じろ。考えるのは一つだけでいいんだ。全てがうまく行きますように。これだけでいい」
「わかった。ありがとう」
電車は御鑑駅に着く頃、日は既に暮れていた。来島さんはそのまま帰ると言って分かれ、俺達はぞろぞろと駅から自宅までの帰路についた。
月が遠く赤く染まっていて不気味だった。リザリィはその月を見て、いい月ねと言った。
「悪魔には、あの月がいい感じに見えるの?」
「人間は、白い大きな月の方が好きなんでしょ? でも、あの月の光は太陽の光だし、煌々と闇を照らす光が好きな闇の令嬢も居ないわね」
「そりゃそうだね」
「ねぇダーリン。守る物があると不安になるのは、その価値とその存在の大きさを知ってるからよ」
「……うん……」
いつもそうだ。このリザリィという悪魔は俺の心の中を見抜いている。俺と真結がキスをした事も多分知っていて、それでいて何も言わないのだろう。
「リザリィ、君は悪魔なのに、どうしてこんなに良くしてくれるんだ?」
「守る物の価値と、その存在の大きさを知ってるからよ」
それはつまり、リザリィも不安だという事だった。俺だけじゃない。真結も里詩亜さんも、町田も来島さんも、皆、不安なんだろう。
(俺だけじゃない……か……)
その日は頬白家に寄る必要も無く、玄関先で真結と別れ、俺と里詩亜さんは自宅に戻った。出迎えた母さんは、俺達が真面目に勉強していると思っている。
風呂を薦められた里詩亜さんは、丁重に礼を言って先に入ると言い、母さんはその里詩亜さんの態度を見て、やっぱり良家のお嬢様は違うわよね。と言っていたが、記憶の改ざん以前に、何か大きな間違いをしていると思う。
確かに礼儀作法はきっちりしているが、口調は男っぽいし、お嬢様という柄ではない気がした。
しかし、そんな俺の印象は、風呂上がりの里詩亜さんを見た時に全て吹き飛んでしまった。




