正しい電車の乗り方
昨日の夜、部屋で真結と二人きりになった後、最初は俺が下で寝るから真結はベッドを使う様に薦めた。
でも、真結はいつも布団で寝ているから、布団でいいと断られた。
その後、真結は俺の部屋のあちこちを見ては、置いてある物について尋ねてきて、想い出のある品について色々と話をした。
真結の興味は、勉強机の上に飾ってあった一つの額に行き着いた。
それは、かのしまファミリーパークでリザリィと真結と共にとった写真だった。
この写真は、昼間の楽しい一時に写真屋さんにとってもらった物で、その後、あの真結の一件があってから、俺の人生の大切な事件の記憶として飾る事にした。
その写真に纏わる話からあの夜の話になり、頬白姉妹が皆で真結を助けようとした事、俺が真結の名前を呼んだから戻って来れた事について真結は改めて礼を言い、そして俺は、真結からのお礼としてキスをしてもらった。
性的なHな気持ちでキスしたんじゃないが、何が違うのかは分からない。例えれば、外人が挨拶や感謝の気持ち、或いは家族への愛情の気持ちをこめて頬にキスをするシーンを映画やテレビで見た事があるが、それに近い気持ちがした。
キスは二回した。最初は恥ずかしい気持ちが大きくて、互いに唇を触れあうだけの軽いキスだった。
でもそれでは足りないという気持ちが心の中に大きくなって、もっと唇を密着させ、手を握りあって、互いに相手が好きだという気持ちを抱きながら、しばらくの間唇を重ねていた。
「ひろくん、おやすみ」
「うん、おやすみ」
キスを交わした後、俺は幸せな気持ちと充実感を得ながら眠りについた。
興奮よりも安心感の方が大きかった。
廃工場ではリザリィにキスされ、頬白家では縫香さんばかりか里詩亜さんにまでキスされ、真結が明らかに不安と不機嫌が混濁した気持ちになっているのが心配だった。それが無くなっただけでも、気持ちが随分楽になった。
その後、週末まで平穏な日々が続いていたが、町田と来島さんは情報収集と分析と推測と作戦についてあれこれと相談を重ねていて、俺と真結とリザリィが話に入る余地は全く無かった。
「朝から晩まであんな感じよ。リザリィのかしこはどこに言っちゃったのかしら」
放課後、いつもの待合場所で合流すると、リザリィは俺の側に来て愚痴を言い、そして真結にはいつも可愛いわねぇ、早く私だけの天使になってと、どこまでがお世辞なのか分からない口説き文句を言う。
里詩亜さんも少し気が抜けたか、或いは今は安全だと確信したのか、御鑑市の駅前の商店街について、あれこれと尋ねてきていた。
「人間界では、やはり戦いの役に立つ物は手に入りにくいな」
「里詩亜だったらDIYストアがいいんじゃない?」
「御鑑市のホームセンターは二年前に潰れちゃいました。三つ隣の駅まで行かないと無いかも」
真結がそういうと、里詩亜さんは俺達の顔を見回して言った。
「駅と言われても、私は電車には乗った事が無いので……」
「リザリィもかしこが居なかったらよく分からなかったわね。でも今は完璧よ。里詩亜、こっちに来て」
リザリィは里詩亜さんを連れて切符売り場まで行き、切符の買い方を教えていた。
正確にはチャージ式のカードを買わせて、それを認証場所にくっつければいい、お金が足りないと言われたら、駅員に聞けというものだったが。
「それ、買ったんですね……」
「あ? ああ……これで電車に乗れるらしい。あとは三つ隣の駅に行けばいいのか?」
「里詩亜さん、今度一緒に皆で行こうよ。そしたら道にも迷わないから」
「いや、あの、出来れば、週末までに欲しいものが……」
「……今からすぐ行けば、十分間に合うかな。町田はどうするか聞いてくる」
来島さんと話をしている町田に、今からホームセンターに行くんだけど、と告げると、すぐに町田は俺も行くと返事した。
「丁度良かったわ。明日にでもお父さんに車を出してもらって、行こうかって話をしてた所だ」
「何が起こるか分からないから、最低限の準備はしておきたい。皆で行くならそれがいい」
「そっか、じゃあ、皆で行こうか」
という事になってその日は制服のまま電車に乗る事になった。駅の改札をリザリィが得意そうにカードを接触面に当てて通過すると、それを見習って里詩亜さんも改札を通る。
「こういう鍵は、魔界とあまり変わらないんだな」
「鍵と言えば確かに鍵ですね。扉を開けるために紋章の書かれた石版をはめるみたいなものです」
「なるほど」
里詩亜さんは興味深そうにカードの表裏を見て、そこに書いてある説明書きを一生懸命読んでいた。多分、玩具や機械などを買ったら、まず説明書を読むタイプらしい。
「かしこ、こっちで良いのか?」
「うん、そっち」
改札を入り、右へ行くと鹿島神社方面に、左へ行くとホームセンターのある山岡駅に行く事が出来る。
この路線は、左が登りで右が下りになっていて、山岡駅をさらに越えて電車に乗り続けると、新梅寺という終点に着く。
そこはビル群の大都市で、地下街や地下鉄があり、地下鉄に乗って新幹線のある駅に行く事も出来る。若者が夜遊びに行くのも新梅寺だった。
電車に乗ると、かしこと町田は扉の側に立ち、リザリィは空いている席に座り、俺と真結はリザリィの前でつり革を持ち、その隣に里詩亜さんがつり革を持って立った。
電車が発車すると、隣の小塚駅のアナウンスがあり、遠くに山裾に立つ小塚丘学園が見えた。
「リザリィは元々、この辺りにお屋敷があったんだろ? 何故わざわざ遠い頬白家に引っ越したんだ?」
「お屋敷は今でも借りてるわよ。でも、あんまり使い勝手の良い所じゃないのよね」
「前は小塚駅から出てる学園バスに乗って来てたんだろ? 今はどうしてるんだ?」
「学園バスに乗る為に30分早起きしてるわよ」
不満に満ちた表情でそう言ったリザリィに、来島さんが飄々と言った。
「なんで? 歩いたら20分ぐらいじゃない。階段を登らないといけないけど」
「えっ……」




